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朝日が昇る隨に

 自分が普通ではないという再確認が済んで、俺は保健室から帰宅するために颯人たちと別れていた。麻里奈も今は一緒ではない。というか、麻里奈が俺を避けるようにフラフラとどこかへ行ってしまったのだ。イヴと奈留もタナトスとカンナカムイと共にいつの間にか帰ってしまっているようだ。したがって、現在の俺はクロエと二人で帰路に立つ。

 手をつないで歩いている俺たち、特に俺の方はさっさと家に帰って一眠りしたいと考えていた。何分、深夜三時から激しい戦闘の連続だったため、流石に限界が近い。道中で気絶する前に家へと帰りたいものだ。

 しかしながら、それは叶えられそうにない。というのも、俺の手を引くクロエがそれを許さないように、立ち止まったのだ。


「どした?」

「ねえ。あんた、さ。アタシを救うって言ってたけど……どうするつもり?」

「あぁ、忘れてた。そういや、いい案を思いついたんだよ。まあ、失敗するかもしれないけどな」


 そう言えば、当初の目的であるクロエを助けるという、根本を果たせていなかったことを思い出す。つまり、クロエを抱える制御できない力(・・・・・・・)をどうにかする方法である。

 実は、どうにかする方法に心当たりがあるのだ。まあ、それを思いついたのも颯人の記憶の中をさまよっているときだったが。


 早速それを試すため、俺はなけなしの力を振り絞って、タナトスにも紹介したとっておきの空き地のような公園へと連れて行く。そうして、誰もいないことを確認してからクロエに言う。


「さあ来い。お前の全力を俺にぶつけてくれ」

「……ハァ? ちょ、ちょっと、死ぬ気?」

「あるいはな。まあいいからやってみろって。あ、全力ってあれな。暴走した時の力な。そうじゃないと意味ないからな」

「ほ、本気? 間違いなく死ぬわよ?」


 まあ、ただ受けるなら死ぬだろうな、間違いなく。でも、八割くらいは成功するんじゃないかと思ってる。だって今からやろうとしてること、前に一回成功してるんだもん。

 絶対ではないが、俺の経験が正しければ出来るはずだ。そして、クロエを救うにはこの方法のほか、俺には手がない。


 死んでも復活できるだろうし、やるだけやってみないと損ってやつだな。

 一定距離を離れて、クロエに早速やってくれと叫ぶ。すると、最初は不安がっていたクロエも、吹っ切れたように意識を集中させる。


「死んでもしらないからね!」

「いいさ。さあ、来いよ」


 集中力を最大限まで高めたクロエの周りには、何やら黒いもやが発生している。あれがヨーロッパで二千万人もの死亡者を出したと言われるペストの原因。一体、どんな矛盾を見つければあんなものが発生するのかはわからないが、確かに恐れられるだけの迫力はある。

 雲のように大きな靄は、やがて意志を持って俺へと飛ぶ。そうして、それを合図にして俺はポケットから一枚のメダルを弾いた。加えて唱えるのだ。眼の前の女の子には、お前は少し荷が重すぎるから時が来るまで眠っていてほしい。その思いを込めて。


「――我が魂は願い乞う(ソウル・ディザイア)


 すると、メダルが激しい発光を伴って、俺へと向かってきていた黒い靄を飲み込んでいく。やがて、黒い靄を吸い尽くしたメダルは発光をやめて消え去った。成功だ。少なくとも俺にはそう視えた。

 念の為、クロエに具合はどうかと訪ねようとするが、視線をやったさきでクロエが尻もちをついて呆然としていた。


「お、おい。大丈夫か?」

「え? あ、う、うん。だい……じょうぶ?」

「いや、疑問系で返されてもわからないんだけどな。力のほうはどうだ? まだ残ってたりするか?」

「……ううん。ない。アタシの力、微塵も残ってない!」


 そっか。こりゃ成功したってことで間違いないな。


 腰が抜けているわけではないクロエに手を貸して起こしてやる。そして、お尻についた土を払い落とすと、クロエは思い出したように俺の裾を引っ張った。


「そういえば、契約。アタシを助けてくれたから、アタシも魔法を見せなきゃね」

「え? でも、力は微塵も残ってないんだろ?」

「まあね。でもね、最後に一つ、魔法を起こせるだけの力は残ってるわよ」

「そうなのか? そりゃあいいや。絶望的な戦いの後だしな、すんごい魔法の一つでも見なきゃ割に合わないか」


 そう言って、俺はその魔法とやらを見るために腰を下ろした。

 一体、どんな魔法を見せてくれるのか。芸術か、技術か。どちらにせよ、魔法なんてものは高校生の目で見れば大体が素晴らしいもので収まってしまうだろう。

 果たして、クロエをこれから行う魔法の説明に入る。


「知ってる? すごすぎる魔法はね、常人の目では違うものに見えるの」


 言いながら、俺に近づいてくるクロエ。心なしか頬が朱に見える。


「人はそれを奇跡って呼ぶの。きょーすけ。アタシが起こせる最初で最後の最大の奇跡を見せたげる」


 そして、俺の唇に柔らかい感触が訪れる。

 一瞬、何が起きたのかわからなかった。ただわかるとすれば、俺から離れていくクロエの表情が子供ではなく、大人びているということだけ。その瞬間、俺はクロエとの年の差を思い出した。

 とんでもない合法ロリからのキス。そこまで思考が追いついてもなお、やはり俺は理解が追いついてはいけなかった。


 そうして、離れたクロエは訪ねる。


「どう? 奇跡はちゃんと起きた?」

「へ? ……え?」

「ふふっ、失敗しちゃったみたい。アタシもまだまだね」


 妙に嬉しそうに言うクロエはやっぱり大人っぽくて。一瞬にして手玉に取られた俺は、どうしてか頬が熱くてたまらなかった。

 俺から視線を外したクロエが、ぱっと明るい声を上げた。


「わぁ。朝日って、こんなにきれいなものだったのね、きょーすけ」

「え? あ、あぁ、そう言えばもうこんな時間なのか」


 気がつけば早朝六時。人々が動き出す時間。世界は白い朝を迎え、太陽が顔を出す。今日という日の出。黒崎颯人という絶望を乗り越え、疲れ果てた体で見たこの景色は実に素晴らしいものだった。

 いつの間にか俺の背後を取ったクロエが背中に抱きつくように手を回す。そして、耳に近い口でささやくのだ。甘い、とても甘い一言で。


「好きよ、きょーすけ。こんなアタシだけど、そばにいてもいい?」

「……もちろん。日巫女も言ってたろ? 好きに生きろってさ。お前を苦しめるものは、出来る限り俺がどうにかしてやるから、安心しろって」

「ん……ありがと。ホントに、ありがと」


 あぁ、そっか。今この瞬間、こうやってクロエにこう言われていること自体がもう奇跡なんだ。

 絶望と評する颯人を倒し、クロエの能力だけを封じ、何もかもを丸く収めたこの今こそが、俺が望んだハッピーエンド。ならもうこれは奇跡と呼ばずしてなんと呼ぼう。誰がなんと言おうとも、これこそが奇跡だ。


 手を回すクロエの手に触れて言う。


「なあ、クロエ」

「ん、どうしたの?」

「今すぐ家に帰って、誰か呼んできてくれないか? もう……限界……」


 ドサッと地面に伏し、重いまぶたが落ちそうになる。

 限界が来たのだ。疲労、緊張、ストレス、空腹。何よりも耐え難い眠気。加えて、背中に抱きついたクロエの体温がちょうどよく温かい。奇跡の代償がこれとは、少しズルいんじゃないだろうか。これでは……。


「ちょ、ちょっときょーすけ!? うそ……寝てる……? も、もう……びっくりするじゃない」


 眠れと、そう言ってるようなものだ。あぁ、ホント。奇跡なんて碌なもんじゃない。クロエの軟さを除けばな。

 麻里奈の抱きつき癖でも移ったか、倒れ込んだ俺に駆け寄ったクロエをほとんど無意識に抱き寄せた俺はそのまま寝息を立てて意識を失った。


 春と足音はまだ聞こえない。しかし、俺は確かに聞いたのだ。ある青年と少女が歩き出す、その足音を。

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