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事件は幼女を伴って

 事件とは、一様にして突然現れる。


 午後の一番眠くなる時間をご存知だろうか。そう、お昼を済ませたすぐの国語だ。それを生き延びることができる勇士は多くない。例えるなら、中盤装備でラスボス攻略をするようなものである。バッファーやアタッカー、ディフェンダーなど相当な戦力が存在するなら突破もできよう。しかし、多くの者がそこで眠りについてしまう。


 かくいう俺は眠りにはついていなかった。珍しいこともあったものだと思ったが、思えば午前中に十分に仮眠を取ることができたからだとわかると、少しだけみんなが不憫に思ってしまう。だが、教室に起こった異変に少しして気がつく。


「教師まで眠るなんて、流石に変だよな……?」


 そう、数多くの生徒が国語で眠りの境地に達そうが、まあわからない話ではない。ときに教師までもが眠りにつくなど、きっと歴史上一度として起きたことがないのではないかと考えられる。だからこそ異変に気がつけたと言えるのだが。

 教師だって眠りたいって思うよネ♪ なんて能天気なことを考えるほど腐りきってはいない。

 変だと思った俺は、教室を抜け出して隣の教室を見てみる。同じく眠りについた生徒と教師を見つけて、とうとう大事件なのではないかと焦り始める。とりあえず、こういうことに得意であろう麻里奈のいる上級生の教室へと向かってみた。

 すると、その途中で走ってやってくる麻里奈と合流することができた。


「麻里奈。無事だったのか」

「まあね。でも、少し気だるいよ」

「大丈夫なのか?」

「問題ないと思う。ただ、これを引き起こしてる元凶を見つけないと。このままだと、少し危ないかも」


 危ないとは一体どういう意味だろうか。

 俺から見れば、ただ眠っているだけのように感じられるが、麻里奈曰く、この現象は生気を吸われていることから起きているようだ。つまり、このまま眠り続ければ最悪の場合、死ぬまで眠り続けるのだとか。


「でも、どうして俺や麻里奈はこうして起きてられるんだ?」

「私はカンナカムイのおかげでなんとか起きてられるけど、結構無理してるよ。きょーちゃんは……ほら、死ねないから」

「あーね……?」

「とにかく、生気を吸ってる核を壊さないと」

「わかった……で、それはどこに?」


 麻里奈はちょっとふらつく足で歩き始める。

 口では大丈夫と言っておきながら、本当に無理をしているようだ。このまま倒れられても困るし、何より倒れでもされたらカンナカムイに殺されそうだ。

 俺は歩き始めた麻里奈の手を掴んで抱き寄せる。


「ふぇ!?」

「おぶるよ。倒れでもしたら危ないだろ?」

「あ、う、うん。ありがと……」


 何をそんなに恥ずかしがっているのだろうか。これも生気を吸われているからか。


 なんとなく麻里奈の様子のおかしさに決着をつけると、俺は麻里奈をおぶった。背中いっぱいに麻里奈のおっぱいの感触を楽しみつつ、俺は麻里奈に言われたとおりに足を進める。そうして、俺達がやってきたのは、ボロボロになった屋上だった。


「それで、核ってのは?」

「待ってね。……これだよ」


 そう言って、麻里奈が手にしたのは土埃のついたウサギのぬいぐるみだった。

 呪いのウサギぬいぐるみのように聞こえて、見れば見るほど不気味さが増すが、果たしてそんなものを誰がこの学校の屋上に設置したのだろうか。

 解呪に専念する麻里奈の横に座り、俺は事件解決までの間になんとなく空を見上げて見た。快晴とは言えないが、屋上は太陽の日差しを浴びて多少暖かかった。その空に黒い点が見える。しかして、その点は徐々に近づいてきて、一分もしないうちに、その点が人だとわかった。


「……麻里奈」

「なぁに? 今ちょっと忙しいんだけど」

「空を飛ぶ幼女は、普通か?」

「…………明らかに異常だよね?」


 ですよね。実は俺もそう思ってたんですよ。

 そもそも、人は単独では空を飛べません!


 つまるところ、非日常が文字通り飛んでやってきたわけだ。

 実に――。


「面倒なことに巻き込まれてるってことで……合ってるよな?」

「まあ……うん」


 解呪が済んだような麻里奈が、ウサギのぬいぐるみを抱きしめるように空に浮かぶ幼女を見上げる。当の幼女は俺たちを見下したまま、少し怒ったような顔になっている。


 多分……ていうか絶対にウサギのぬいぐるみを設置した関係者だろう。当然、邪魔をした俺たちを許しはしないと思われる。逃げるが勝ちか。あるいは……。


「えっと、このぬいぐるみを設置したのは君?」

「……だとしたら?」


 どうやら会話には応じてくれるらしい。麻里奈を俺の後ろに隠すようにして、俺は幼女と会話を試みる。

 もしも話が通じなくなったらすぐさま屋上から麻里奈を抱えて逃げ去ろう。清水寺から飛び降りる覚悟で俺は幼女との話を続ける。


「できればやめてもらいたいんだけど……」

「やめるも何も、そこの子が解呪したじゃない。それとも、新しい核をアタシが設置するって思ってるわけ?」

「……設置しないのか?」

「条件によっては考えてあげてもいいけど?」


 いやぁん。すごい怖いんですが! 条件って……絶対無理難題じゃないですか!


「……その条件ってのは?」

「アタシと契約して、全力でアタシを助けて」

「……はい?」


 助けるとは、これ如何に……?


 一体全体、何がどうなっているのかわけがわからない俺に、さらに最悪な展開が訪れる。今日一で会いたくない人物を挙げろと言われたら、速攻で口にする男が一人。再び俺の前にへと舞い戻る。


「これは、どういうことだ。説明してもらおうか、神崎生徒会長?」

「げっ……黒崎颯人!?」


 目の前に現れたのは黒崎颯人だった。加えて黒崎由美も現れて、現場は完全に硬直状態である。特に俺の心が硬直している始末。いきなり契約して助けてくれとか言った幼女と、黒崎姉弟の関係はどういったものなのだろう。兄妹……? まさかな。

 まず間違いなく仲がいい関係ではないだろうと思うが、それに巻き込まれようとしている俺も黒崎颯人とは仲がよろしくない。というか、つい先程殺されかけた身だ。


 黒崎颯人に名指しされた麻里奈が俺の後ろから顔を出して質問に答える。


「私達は学校で生気を吸う核を解呪しに来たらこの子に会っただけだよ」

「……本当だろうな」

「颯人くんに嘘をついても得はないでしょ?」

「確かに……なら信じよう」


 どうやらわかってくれたらしい黒崎颯人から漏れていた俺への殺気が感じられなくなった。これで俺への攻撃は避けられたと思われた。が、次なる殺気の矛先は宙に浮く幼女に向けられた。

 幼女も、自分が狙われているとわかって、俺に近づいてくる。


「じゃあ、そいつを引き渡せ、御門恭介」

「……この子が何をしたっていうんだ?」

「テメェも理由がなくちゃいけないとは言わないだろ? というか、そんな面倒なことを言うなら、お前からコロがすぞ」

「……」


 やだ、まるで話が通じないわん。

 切羽詰ったような会話だ。黒崎颯人が狙うのは幼女の命のようだし、引き渡せば俺の命が助かるのは言葉通りだろう。


 ……だとしても。


 俺にすがるように手を掴む幼女を見つめて、果たして何が正義なのかを問いかける。


「きょーちゃん?」

「すまん麻里奈。でもやっぱり駄目だ。知らない子だけど、理由もわからずに殺す前提のやつに渡したくはない」


 理由は知らない。本当はこの幼女が極悪人だっていう可能性だってある。でも、今の俺は何も知らないんだ。それなのに、簡単に他人に任せるわけにはいかない。何より、俺に助けを求めた幼女の顔が、悲壮に包まれていたんだ。見捨てられるはずがないだろう。


 俺の言葉を聞いた黒崎颯人が、瞬時にして消え去り、次の瞬間には俺の懐へと潜り込んでいた。そこから全体重を移動させて黒崎颯人の拳が向かってくる。かろうじてその攻撃が見えた俺は、右手でその拳を掴み取ってみせた。


「……へぇ? 数時間見ないうちに、強くなったのか」

「なりたくてなったわけじゃない。あんたみたいのが出てくるから、強くならざるを得なかったんだ」


 今朝方の俺だったら、この攻撃は止められなかっただろう。だが、今の俺はカンナカムイの血液を全身に浴びて頑丈さが違う。さらに言えば、今朝と違って、俺の左目の《終末論ディザスター》の未来視を使っていた。万全な体制の俺でも、勝機は遥かに薄い。さすがは養護教諭の望月先生をして、神の加護を得ただけでは敵わないと言わしめたことはある。


 一旦離れた黒崎颯人を視界に入れたまま、俺は小声で幼女に訪ねた。


「そういえば、君の名前は?」

「……本名はまだ言いたくない。でも、アタシを知ってる人は《黒痘こくとうの魔女》って呼ぶわ」

「黒痘……?」


 それって確か、保健室で黒崎颯人がふいに口にした言葉に似ているような……?

 小声の会話ですら聞き分けた黒崎颯人が、離れた位置から聞いてくる。


「黒痘の魔女。お前も話だけは知ってるだろ。そいつはな。かつて世界規模で死者を出した病の元凶だ。例を挙げるなら……そうだな、黒死病あたりだよ」

「この子が、黒死病の元凶……?」

「そうだ。そいつは、世界最悪の大量殺人犯。しかも嫌がらせのように、そのガキは不老不死者だ」


 大量殺人犯で、不老不死……それって、かなり面倒な相手なのでは!?


 俺が見る幼女――黒痘の魔女――は黒崎颯人が言葉を紡ぐたびに、うつむいて力なく俺の制服の裾を掴んでいた。まるで希望の糸を離すまいとするように――。

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