ふたりぼっちのクリスマス・イヴ
麻里奈は真っ暗な部屋で目が覚めた。体を起こすことすら億劫になってしまうほどに疲弊した体を以て、自分が風邪を引いていることに気がつくまで数分かかった。
頭を触ると、自分の手のひらの冷たさが気持ちよくて、あぁ風邪を引いたんだなと小さく呟いた。
しかし、こうして風邪を引いた身でのひとりぼっちというのは非常に心細いものだ。
とかく、体がだるいときは近くに誰かいてほしいと思ってしまう。ぬくぬくと温かい布団の中で不意に寒くなってきた足をこすり合わせながら息を吐く。
部屋が暗いため、近くにある時計もうまく見られない。けれど、一つだけわかったことがある。自分が、実家ではなく、神々の世界にある祖母の家でもなく、他ならぬ御門恭介のベッドで眠っていたのだ。これが夢でなければ、幼馴染に多大な被害を及ぼしたのだろうということが知れる。
かといって、追い出されても困るので、声を出して誰かを呼んだりはしないのだが……。
「起きてるか?」
「……」
「起きてんだろ? 布団が動いたぞ」
「きょーちゃん……」
ふいに聞こえた幼馴染の声にびっくりして布団を被って隠れたのを見られたらしく、意外に見ている幼馴染に気が付かれた。
顔を出して、多少の羞恥を持って見ると、そこにはお盆を持った恭介の姿があった。
「待たせてゴメンな。休日だっていうのに、学校に呼び出されたんだよ」
「……? 何かあったの?」
「あー……成績がちょっとな。まあ、気にすることじゃないよ」
「……そっか。それで、そのお盆に乗ってるのは……」
「これか? おじやだよ」
そう言って、麻里奈の近くに座った恭介がお盆に乗っている土鍋の蓋を開けると、白い湯気を上げながら、仄かな卵の匂いがするおじやがお顔を見せた。
恭介は、慣れた手付きで小皿に分けると、スプーンで一口取って息を吹きかける。
「そ、そこまでしてくれなくても……」
「だるそうにしてるくせに、何言ってるんだよ」
「うぅ……なんかゴメンね」
「別にいいさ。今日はクリスマスの前夜。男が女の子にいい顔をするにはちょうどいい日だろ?」
言って、自虐的に微笑んだ恭介は、冷ました一口を麻里奈へと渡す。
それを咥えると、麻里奈は口の中に広がるおじやの優しい風味に酔う。生姜と卵、醤油の昔ながらの風味は、体を解していくようだ。
ただ一口をもらっただけだが、なぜか心の底から温かくなっていく気がする。もちろん、風邪が治ったわけでもあるまい。でも、麻里奈はそう感じたのだ。
「じゃあ、明日は女の子が男の子にいい顔をしなくちゃね」
「そういうわけでもないだろ……」
「サンタの全裸コスっていうのはどうかな?」
「それは…………中々斬新なコスチュームだ、な?」
「まあ、冗談だけどね」
「そうしてくれると助かるよ……」
本心でホッとしたような顔をする恭介に、麻里奈は微笑む。
いつもの風景。優しい幼馴染は聖夜の前日であったとしても、ありのままだった。
感情が高ぶった麻里奈は恭介に抱きつく。火照った体が、恭介の体の熱と溶け合うようだ。
「急に抱きつくなよ。小皿を落としたら大変だろ?」
「うん!」
「ほんとにわかってんのかよ、麻里奈……」
まるで、幼馴染を困らせる特権を持っているかのごとく、麻里奈は今日も幸せのひと時を謳歌する。





