甘い龍神
家の片付けだと追い出されたカンナカムイは、イヴを連れて街を闊歩していた。
しかし、寒さが目立つ今日このごろは外を散歩するのでさえも億劫になってしまうほどで。寒さに弱いカンナカムイは黒いスーツの上に羽織った黒いコートを深く着込むと、前を走る幼女の姿を観ながら、元気に走るものだとため息が漏れた。
犬のように外の空気を楽しげに吸うイヴは、その実楽しんでいた。遊ぶのに相手を選ばないイヴだからこそ、カンナカムイは余計なことを考えずにその姿を見ていられたのだろう。もし、そんなことを奈留にでも知られれば、また馬鹿にされるだろうとわかっていても、イヴの楽しげな顔は少しだけ和んでしまった。
やがて、イヴが立ち止まってとある場所を見つめたまま動かなくなる。
どうしたものだろうと近づいてみると、イヴの視線は自動販売機に定まったまま停止していた。
「……なにか、欲しいものでもあるのか」
「はい……? あ、えぇっと……」
「別に遠慮することはない。今日は、お前のお守りが俺の仕事らしいからな」
「で、でも……」
「なに。俺も少し温かいものが飲みたいと思っていたところだからな。特別お前だけに施しを与えるわけじゃない」
「……じゃあ、あれを」
そう言って、イヴが指さしたのは温かいココアだった。
カンナカムイはポケットから財布を取り出すと、小銭を取り出して自販機でイヴが指さしたココアを購入した。続いて、甘いものが全般的に苦手なカンナカムイは、温かいブラックコーヒーを購入して、それらを自販機から取り出した。
「立ちながらも芸がない。近くのベンチまで移動するぞ」
「はい!」
言って、二人は近くのベンチまで移動した。
カンナカムイとイヴが二人でベンチに座っているところは、兄弟と言うよりは親子のような絵面に映る。そのため、行き交う人達は二人を見て、仲のいい家族もいたものだと少なからず思っている。
それを知ってか知らずか、二人は行き交う人を見てはあまり気持ちのいいものを感じない。
そうこうしているうちに、イヴは敏感な嗅覚で近くで甘い匂いを感じ取る。
「こ、これは……!」
「どうした?」
「たいやきです!」
「……お、おぉう?」
イヴのテンションに追いつけないカンナカムイは引きつった顔になりながら、幼女の体の一体どこからそんな力が出るのだという強引さで引っ張り回され、ついにはたい焼きの屋台の元にまで連れて行かれた。
そこで、たい焼きを見て目を輝かせるイヴを観てしまったカンナカムイは、小さく息を吐くと財布を取り出して尋ねる。
「どれを食べるんだ」
「はい? ……あずきです!」
「……小豆を一つ」
「あいよ! ……おっ! 嬢ちゃんじゃないか! また来てくれたんだな。ほいよ、今日はおまけでもう一個やるよ! 父ちゃんと一緒に食べな!」
「いや、俺は――はぁ……」
たい焼き一つ分の値段を払って、二人は再び近くのベンチまで向かう。そこで、焼き立てと思われる熱々のたい焼きを手にしたイヴが、はふはふと熱そうにたい焼きを食べる姿を観て、カンナカムイは不意に笑ってしまう。
「それにしても……」
「どうした?」
「いえ、わたしたちがいっしょにいると、まわりにはおやこのようにみえるんですね!」
「……そのようだな」
「でも、カンナカムイさんのようなおとうさんは、きっといいひとだとおもいますよ」
「……なに?」
「だってこども、だいすきですよね?」
人から面倒見がいいと言われた覚えはなく、自分でも子供が好きだとは思っていなかったカンナカムイにはとても信じられない言葉だった。
しかし、考えてみれば、イヴの面倒を見るのは嫌ではなかったと思って、これが子供が好きという証明になるのかとも考えてみたが、やがて考える自分が馬鹿に感じた。
「俺は雷龍神だ。子供が好きだなんて言えるはずがないだろう。……でもまあ、お前の面倒を見るのは悪い気はしない」
「ほら、すきじゃないですか、こども」
「ふんっ」
核心を突かれた気分になったカンナカムイは、おまけで貰ったたい焼きを一口かじる。口に広がる甘ったるい小豆の香りが鼻から抜ける。普段ならこの感じが嫌で甘いものは食べないのだが、どうも今日の自分はおかしいようだと心の中で呟いた。
まさか、甘いたい焼きも悪いものじゃないと思ってしまうとは。





