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簒奪した未来

 緋色の空。緑に燃える黒い草と、赤い水面(みなも)に咲くガラスの花。肥大する白い(たてがみ)を持つ黒い獅子。浅黒い海底は波打ち、空には八本足の頭のない両生類。成長する大地がせめぎ合い、甘美な匂いと裏腹に飲み込んだあらゆるを腐食させながら増殖する食虫植物は、分裂する那由多の双頭芋虫と相殺し続ける。

 地獄とは人に罰を与え続ける場所のことをいう。それは人が現世において悪行をしないために作り出された仮想の空間のことを指すが、人が想像する最も醜く強烈な痛みを伴う文字通り人権など存在しようもない世界のことだ。だが、この終焉の前ではその地獄も生ぬるい。

 神崎麻里奈の口にする世界を終わらせるというのは、それほど簡単なことではない。世界人口をフィンガースナップ1つで3分の1にできる神崎麻里奈ならば、およそ2回のフィンガースナップで全人類を抹消することは可能だろう。けれど、それでは世界は終わらせられない。なぜなら、世界とは人類がいて成り立つものではないからだ。


「残り……1時間くらいかな」


 小さく息をつく。やってみればあっけないものだと、神崎麻里奈は嘆息したのだ。理論上――といっても、その理論を構築したのはカインと幽王であるため、信頼度と正確度はそれほど大したことではないだろうが――不可能とされている世界の終焉は、大きすぎる力の前で屈したのだ。それも呆気なく。

 世界を終わらせる方法はたったひとつ。地球という青い星を砕くことだ。なぜ、それが世界を終わらせられる方法なのかは未だにわからない。それが外なる神が決めたルールだと言われれば、それ以上何も言えまい。結局、神崎麻里奈は外なる神の使いでしかない存在だ。それ以上の権限はないはずだったために、それ以上の情報は手に入れようがない。

 残り1時間。たったそれだけで、世界は終わる。神崎麻里奈が作り出した“京の終焉”は観測されうるすべての終焉を幽王が持っていた右目の改変能力で結合、融合、研磨、変異……脳内でのあらゆる試行錯誤で完成完結した究極の終焉事象。生きとし生きるもの惑星までもを喰らい尽くす、英雄たり得た者たちの成れの果て。


「《Kパーツ=モデル:アポ・メカネス/テオス=タイプ:MIKADOシリーズ/エクストラ》――世界が受けるべき罰は7つ。とびっきりに苦しんで、痛がって、後悔しながら終わればいい。私はきょーちゃんを苦しめたことを許さない」


 それは悠久の果てにありし記憶の欠片。幾千もの彼女にとっての唯一無二を葬り去った世界への怨念。神崎麻里奈は忘れはしなかった。数多の時間、あらゆる次元、外見がいくら変わろうとも変わらず愛した唯一無二の存在を。彼女にとっての希望を踏み躙る世界の悪行を。彼女の憧れを汚す世界の蛮行を。

 彼女は願う。今ここに世界の永劫の終焉を。彼女の手によって、唯一無二を救う栄光を手に入れんがために立ち上がる。阻むものは打ち砕こう。立ち塞がるものはそのことごとくを打ち倒そう。それがたとえ、自らが救おうとした存在であったとしても変わらぬ。この大罪こそが彼女にとっての唯一無二――御門恭介を救う方法だと確信しているが故に。

 世界が恐怖する。向かってくるのが終焉だからか。もしくは世界を守るはずだったシステムが反旗を翻したからなのか。もはや世界の守り手は存在しない。全人類を救おうと奮起した片翼の天使は両翼を取り戻し、愛するものと共に消えてしまった。神をも下せる力を有する最強にして最高の人間は終焉という絶望に希望を見出してしまった。卑しくも神の仇敵たる原初の不老不死に造られた吸血鬼は最後の英雄に憧れてしまった。


 そして、世界を守護する最後の英雄は身に余る力を持ってなお、終焉を越えることができなかった。


「さあ、終わりを。彼が愛して、私が愛したこの醜い世界に終焉を。私は、私の愛する人を愛さない世界を――“絶対に”許さない」


 終焉が躍動する。大地が裂ける。海が枯れていく。空には亀裂が走り、空気は(よど)んでいく。生命が吸い上げられ、終焉を冠した怪物たちが闊歩する。その中心で“魔女王”はほくそ笑む。まるで大願ここに果たされりと言わんばかりに。

 幕がゆっくりと閉じていく。世界の鼓動が弱くなりつつある。終わりが近い。終焉の中で、それでも生きながらえているものたちは不安と絶望の中でそう感じていた。しかし、その中で極々一部だけは違った。まだ希望を捨てていなかったのだ。

 暗転していく世界を見上げ、悲しみよりも空虚な感情に支配されそうになりながら。それすらも消し炭にしてしまおうとする“終焉の魔女王”は最後の号令をかけようとする。


 だが――

 だが――――!

 だが――――――‼︎


「……………………………………………………そんなまさか」


 “終焉の魔女王”の御前。消し去ったはずの砂塵が(うごめ)く。初めは旋風(つむじかぜ)に巻き上げられた砂のように。続けて小さな砂の山を作るように。さらに続けて手が、腕が、肩が――崩壊、形成、崩壊を繰り返して、蠢く砂塵は微かに人の姿を(かたど)っていく。

 その姿は未だ(いびつ)ではあるものの神崎麻里奈が愛した御門恭介に近い。

 化け物のように動く砂塵の口と思しき場所が声を発する。


「マ…………だ…………」


 化け物は腕を自らの体内へ伸ばす。何かを探しているようだが、麻里奈にはそれが何かわからない。ただ、その化け物を見て、確かな恐怖を感じていた。これは彼女が望んだ状況ではない。彼女が憧れた存在ではない。あれは、“終焉の魔女王”の目からしても醜悪で、近づいてはならない存在であると直感的に察してしまう。

 やがて、化け物は探し物を見つけたようで体内から腕を引き抜き、握られた拳を前へと突き出す。けれど、その拳には見るからに何かを持っているようには見えない。武装を取り出すと予想していたのだが、そうではない。だったら、なんだ。化け物は何を取り出した。

 その答えはすぐにわかる。


「お…………レノ…………のぞ……ミ…………は……………………‼︎」


 砂塵で形成された拳が開かれる。

 見えてくるのは一枚の黄金のメダル。ありとあらゆるものを収納可能な御門恭介に与えられし三種の神器のひとつ。

 その名前を、神崎麻里奈は知っている。


「それは――“簒奪のメダル”…………まさか‼︎」


 一歩、駆け出そうとする麻里奈は出遅れたことを薄々勘付いていた。

 麻里奈と恭介と思しき化け物の距離はそれほど離れてはいない。およそ3秒もあれば麻里奈は化け物へとたどり着けるだろう。しかし、“簒奪のメダル”はすでに砂塵に()()()()()。その名を知り、能力を知り、それの悪用方法を知っている麻里奈は予想できる未来を防げなかったことに後悔する。

 程なくして化け物は祝詞を捧げた。


「――我が魂は(ソウル)……願い乞う(ディザイア)


 あと一歩。ほんの1秒でもあれば、麻里奈はそれを阻止できただろう。けれど間に合わなかった。メダルの能力発現による衝撃波で麻里奈の体は後方へ押しやられ、初めの距離よりも離れてしまう。その間にも祝詞に反応した黄金のメダルが砂塵を吸収、再構成していく。

 外見は20歳前後の青年。どこにでもいそうな普通の青年の姿だ。

 いいや違う。この世界の人々ではわかるはずもない。ただし、あらゆる時間、次元の御門恭介を見てきた麻里奈にはわかる。目の前にいる御門恭介の姿は、この世界の御門恭介の成長した姿ではない。


「奪ったの……? あったかもしれない未来――机上の空論であるべきはずの“勝者”としての御門恭介の姿を……その本質を?」

「そうだよ、麻里奈。そして、メダルの能力を知っているならわかるだろ? この姿が本来のものでないことは」

「……やめて、きょーちゃん。私は君を救いたいだけなの‼︎」


 そのことを理解しているからこそ、御門恭介は止まることができなかったのだ。

 救うべきは人か、世界かではない。人も世界もなのだ。どちらが欠けても御門恭介はその存在を維持できない。なぜなら、どちらかが欠ければもう片方が自滅してしまうからだ。だからこそ、御門恭介は両方を救う他に進むべき道はない。

 故に、彼は英雄足り得て、英雄になるべくして、英雄へと昇華される。


〈使用権限解除。コードネームド《ハイスペックゾンビ》をインストール――完了〉

〈続いて《ハイスペックゾンビ》の起源解析を開始――完了〉

〈続いて《ハイスペックゾンビ》の存在証明を開始――完了〉

〈続いて《ハイスペックゾンビ》の肉体着床を開始――完了〉

〈全てのタスクの終了を確認。武装化認証コードを開示――以上〉


「終末が降り掛かっても世界は終わらない。終焉が蔓延しても人類史は終われない。この俺がいる限り、俺の望まない終わりは訪れない。打ち震えろ。那由多の終焉が来ようとも俺が全てを払拭する。それが俺のたったひとつの願いだ――我が魂は願い乞う(ソウル・ディザイア)――」

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