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三種の神器

 時を戻す世界矛盾を投げ捨て、勝利を放棄したと思われるかもしれない。だが、世界矛盾などなくとも、俺には神様にもらった三種の神器があるじゃないか。終末論を蒐集し救済論として昇華する左目、万物を封印する硬貨、生と死の境目で魂を固定化する擬似的な不死の体。カインがなぜ、そんなものを俺に渡したのかが今ならわかる。

 必須条件だったんだ。この三つがなければ俺はここまで辿り着けなかった。この景色を目にすることすらできなかったはずだ。逆に言えば、幽王はこの三つを持っていなかったから、最悪の未来に辿り着いてしまったのだろう。

 一般人として生きてきた者からすれば、そんな特殊なものは受け取り難いだろう。怪しさが臭うものだから拒否するに決まっている。故に必要な条件を簡単に受け取らせるため、あえてわかりやすい言葉に換えたに過ぎない。神様から渡される道具が3つあるから“三種の神器”――あまりにも耳障りのいい聞こえだから、誰も初めから疑うようなことはない。だから騙された。


「初めから……初めからだったのか。俺が失敗すれば、また条件を変えて別の時間の俺に同じことを試行させるつもりだったんだな。“終焉の魔女王”――そりゃあ左目でわかるわけがない。だってそんなものは、この()()()()()()()()()()んだから‼︎」


 救済論が引っ張ってきた論述は、幽王とカインの計画の全てが記されていた。生憎と解決策は記されてはいなかったが、“終焉の魔女王”について事細かく書かれたそれを読み、ある程度の行動が予測可能だった。しかしそれは、同時に幽王とカインが何を考えていたかを詳細に判明してしまうということで、それを知ったからこそ、俺は全てのことに辻褄が合っていくのを感じた。

 全ては“終焉の魔女王”を作り出し討伐することを目的とした英雄作成の手順書だ。

 英雄の本体となる御門恭介を作成し、必ず心から信頼し家族よりも硬い絆で結ばれる親しい人物を側に置く。現状で討伐が困難ではあるが不可能ではない程度の敵を作成し打倒させる。そして最後は、その親しい人物を“終焉の魔女王”へと変質させて御門恭介と相対させる。つまり、“終焉の魔女王”とは、英雄を作り出すための必要な犠牲である。


「お前らが望んで作った終焉か。対“御門恭介”用終末論……皮は誰もいいわけだ。()が愛した誰かであれば、外面は関係なかったってことかよ‼︎ なんとか言ってみろ、幽王‼︎」


 もちろん、返事など来るはずもない。何せあれは正真正銘、神崎麻里奈の魂と皮を利用した兵器そのものなのだから、今のあれの脳内では俺が言っていることの意味すら理解できないはずだ。幽王だったもの、麻里奈に似せたもの、あるいはそのどちらでもない醜悪な計画の末に生み出されてしまった終焉の怪物があれだと言うのか。それしかなかったと言うのか。

 答えは得られない。だって、それを知っているものはここにいないのだから。

 自分を滅ぼすことでしか、自分を超えることはできないと決定づけてしまったあのバカは、長い眠りの代償に世界を終わらせようとしている。


「それでも止まれなかったんだよ、()()()()()()


 その声は――

 その話し方は――

 その眼差しは――


 紛れもなく麻里奈、そのものだった。

 震える指先は驚きを隠せそうにない。今にも泣き出してしまいそうな姿を目の前の終焉には見せるわけにはいかない。

 でも、心を震わさずにはいられない。聞かずにはいられない。言わずにはいられなかった。


「麻里奈……なのか?」

「うん――そう。この体がこの世界と馴染むまで、少しの間“原典(リベラル)”――幽王が持つ右目に体の操作をお願いしていたけど、ようやく馴染んだの。これで面と向かって話すことができるよ、きょーちゃん」


 嘘だと言って欲しかった。だって、麻里奈が心から俺の敵になろうなんて思うはずがないって想っていたから。麻里奈が救いたいと言っていた世界を、麻里奈自身が壊そうとするはずがないって考えていたから。

 全ては幽王が――俺の不甲斐なさが原因で、麻里奈はただ選ばれてしまっただけのかわいそうな子だと信じたかったんだ。

 そんな理想の中の麻里奈が、俺の敵になる。なら、俺が戦う理由はなんだ。――いや。


「変わらない。俺は……君が愛したこの世界を守る」

「颯人くんみたいに?」

「違う。俺は――」

「何も違わないよ。何かを覚悟しても、それはただの言い訳。誰かを守りたいと願うのも、きょーちゃんのわがまま。そして、そのあり方は父親である黒崎颯人のそれとなんら変わらない。力ある英雄が世界を救う……そんな英雄譚は五万とある。それじゃあ、この世界を救えない。最後の英雄が君であるこの世界は絶対に救うことができない」


 確信めいた発言――いいや、確信しているのだろう。麻里奈は俺の知らない何かを知っている。それはおそらく幽王に関する何か……つまりは、俺の知らない俺の何かということになる。力ではこの世界は救えない。でも、力が無ければ麻里奈を止めることはできない。麻里奈を止めることができなければ、どの道この世界は終わってしまう。

 しかし、麻里奈は力を求めようとする俺を止めたいと願っている。なぜか……。

 そういえば前に――。


「きょーちゃんは頑張ったよ。私の“千の愚兵”を止められた。もうそれでいいじゃん。これ以上傷つくことなんてないよ。終わらせようよ。君だけが傷つく世界なんて、きっと必要なかったんだよ」


 甘美だ。愛していた女に、諦めろと言われることがこれほど挫けてしまうものなんて知らなかった。そうさ、知らなかったんだ。だって麻里奈は諦めるなんてことをしてこなかったやつなんだから。知るわけがない。彼女だけを目標に生きてきた俺が、諦めるなんて言葉を知っているわけがない。

 最悪の力を手に入れて、世界を終わらせられる能力を持ち出して、かつて誓った自らの願望を捨て去って、ただ俺を守ろうとする麻里奈の姿はとても悪には見えなかった。

 だからだろう。俺はそんな麻里奈の言葉を受け入れることができなかった。


 かつて、俺のようにはなるなと颯人は言った。

 その後、世界を導けと黒崎双子に言われた。

 ある夜、全てを救える力を持てと小野寺誠に脅された。


 敗北後、私を救えとクロエは涙ながらに訴えた。

 過去で、人を救えぬ神を許せとカンナカムイに謝罪された。

 現代で、俺こそが世界を終わらせるのだと幽王は怒鳴った。


 そして、俺の歩んできた道は間違いではないと麻里奈は優しく抱きしめた。

 俺は答えを知っている。自らの命の価値を、与えられた宿命を、俺が今なさねばならぬことを。ああ、諦めるのは簡単さ。ずいぶんとラクで楽しいことだろう。それでも、俺は諦められない。俺の不甲斐なさで、麻里奈に諦めさせてしまった後悔だけは諦めても残ってしまうから。

 錆びた王冠が輝きを取り戻す。左目の虹の炎が奮起する。覚悟は定まった。俺は――


「結局、俺は麻里奈のことが好きだったんだ。だから隣に立っていていいって言われたかったし、隣で君の笑顔を見ていたかった。でも、それは恋じゃない。愛情はあったし、そういうこともしたかった。だけど違うんだ。これは恋じゃない――憧れだ。だからできないんだよ、麻里奈。この世界を終わらせることだけはできないんだ。憧れてしまった人が望んだ、最後の輝きを俺は諦めることができない」

「だったら?」

「力ある英雄が世界を救うのは飽き飽きなんだろ? だったら安心してくれ。力を無理やり与えられた英雄が世界を救う物語は聞いたことがないだろうから」


 俺は――()()()()()()()()

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