蛮勇の理想像
楽しんでいただけると幸いです。
意識が白く塗りつぶされ、最後の断片ですらも飲み込まれそうになった瞬間。その僅かな隙を突いて、俺の意識は体の外へと弾き出された。
体が浮遊する感覚と共に、久方ぶりの体感を思い出しつつ。
俺はこんなことができるやつを思い浮かべて、本人を見つめた。
「遅かったじゃないか」
「君を助けるべきではないと、そう思っていたはずなんだけれどね」
俺を間一髪のところで助け出したのはタナトス――もとい、カインだった。
こいつは幽王の味方であり、世界が破滅しようが生還しようとも興味がないようなやつだ。目的と言えることといえば、この戦いの終始を見物することくらい。自身で作った悪と正義のどちらが強いかの背比べを見たいのだ。
そんな奴が俺を助けるなんてあり得ない。無論、何か意味があってのことだろうけれど、俺に肩入れをすることになる行動をこいつがするハズがないと思っていた。
しかし、心のどこかで俺はこいつのことを信用していたのかもしれない。だって、そうでなければ、こうして遅かったじゃないかなんて言葉がパッと出てくるはずがないから。
天邪鬼で、何を考えているのか全く理解できないようなやつだ。きっと今助けたのだって、何かしらの打算があったからに違いない。否、そうであってほしい。こんなやつに善意とかいうものがあると考えること自体が笑えてきてしまう。
それでも、初めて出会った林の中のように、意識だけとなった俺と、俺を利用しようとしているあいつの関係はずっと変わらなかった。敵でもなく、味方でもなく、ただ純粋な利益だけの存在。振り返ればそこにいることが当たり前のような在り方を形容する言葉を俺は一つしか知らない。
「じゃあ、どうしてだよ」
「さあ……」
「お前は俺の敵なんだろ?」
「そう……とも……僕は君の敵だ。君に試練を与える悪魔だ」
「「そうあれかしと、望んだはずだった」……?」
言葉が重なる。カインの言葉を、俺が疑問で重複させる。嫌な顔はされなかった。ただ、不思議そうにカインは俺を見つめている。
なぜわかるのだと。そう言いたげなのは明白だ。答えを言ってしまうのは簡単だが、ここまで俺の人生を狂わせたやつに伝えるべきなのか。少しだけ悩んだ。
しかし、次の瞬間には俺の口は動いていた。
俺とあいつの関係を簡潔に伝える最大の言葉。
俺が思い描いた唯一の関係。
お前が俺を助けたその理由。
「長い付き合いだろ?」
長い。そう。長い付き合いだ。
不老不死の者たちから見れば一瞬のような時間の流れかもしれない。けれど、俺にとってはもう何十年も経っているような気分だ。
不完全な不老不死として生き返り、幾たびの戦いを経て醜い勝利を積み重ね。最後には大切な人さえもわからなくなりかけてしまうほどに長い時間だった。
「短いさ。死なぬ者たちからすればね。ただ……そうか。あるいはそうとも言えるのか。後悔する者は神々と同じ時間を共有できる……唯一の不老不死者だから」
俺の体は封印された。万年を超える強力な塩柱によって。
そこから抜け出す方法はおそらくはない。なぜならあれは、人類を殺すもの……生物を破滅させる究極の理だから。
であれば、俺は抵抗すらできないのだろうか。本当にここでお終いになってしまうのか。…………それは、嫌だな。
左を見る。右を見る。前を見つめて、天を仰ぐ。
世界はどうしても美しかった。等しく死を経験したであろう人たちも、俺の能力の副次効果で復活を果たしてしまっている。憎むべき存在である麻里奈でさえも、俺の目から見ればきれいという言葉以外口に出せそうにない。
そんな中で魂だけとなった俺は、後悔している。
「お前は、どこまでわかっているんだ?」
「何がだい?」
ニヤリと、カインの口が動いた。いつもの三日月だ。この顔を見て、何もわかっていないなどもう言えない。こいつは俺に後悔して欲しかったんだ。きっと、これがカインの目的だったんだ。
後悔を、後悔として受け取れない。それが俺……それが俺の本質だ。
恨むぞ、カイン。このことを理解できるのは、絶対にお前だけだから。
多分、カインは後悔している。俺を作ってしまったことか。幽王を作ってしまったことか。あるいは、自らが生まれてきてしまったことか。何にせよ、カインは後悔をし続けている。
だからカインは強引でも不老不死者を作る研究を進めたに違いない。未完成で、未成熟な不老不死者にある願いを込めたのだろう。
他でもないカインこそが、この世界を終わらせたいのだ。その方法が破滅か恒久的な平和かの違いがあるだけで。
世界が閉じていく。まるで開かれた絵本を閉じるように。
天使の輪っかが加速する。光が溢れ、世界に満ちる。
俺は後悔を先にする者。俺は……敗北に後悔をしている。
「お前の望みはわかってる。そして、それを俺が叶えなくちゃいけないことも」
父が子に期待を持つ。それはごく自然なことで、当たり前なことだというのはわかっている。
けれど、カインが抱いた期待は並々ならぬ願望だった。
ああ、わかるさ。わかるとも。お前は俺の父親で、俺はお前の子供だ。家族なんだから、お前の願いはわかっているさ。あんたは自らの手で物語を締めくくりたいんだろう。自らが作り出した、終末論を使って。
「そうか……では後ほど会おう。何度目かの過去でもう一度」
「矛盾・完全解消――――俺は可能性を手放したりはしない、“其は勝利を貪る獣なり”」
俺が望んだように、お前の願いを叶えてやるよ。
何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも。俺が気に入った幕引きが訪れるまで、永遠に。繰り返しに繰り返しを重ねていったその先にある、最高の終焉を掴み取ってやる。
暗転する世界で、むかつくにやけ顔を最後に見ながら、俺は目を瞑る。次に目を開けると、そこには少し前の麻里奈の顔が目の前にあった。
「さあ、第二ラウンドだ」
「…………?」





