百の塩柱
銀翼の羽根がダイヤモンドダストのように揺蕩う。世界を終わらせるに等しい麻里奈の一撃は、俺が生み出した羽根によって防がれた。
そのことに怒りを持ったのか、あるいは他にも怒りを覚えるようなことがあったのかは不明だが、機械のように無表情だった麻里奈の顔は、微かに眉を動かし、怒りを感じさせた。
しかし、ここまでで俺がやれたのは麻里奈の攻撃を数回止めただけ。そもそも本気でなければ、一瞬で粉微塵と化すだろう。祈るなら、先ほどの攻撃が麻里奈の全力であれ。
「終末の終末論……忌々しい、災厄の権化」
「あ、怒りの矛先は、俺がこの力を解放したからですか、そうですか」
「災厄の英雄、エウヘメリア。そちらがそう来るのであれば……“十の星弾”」
俺の願いは無に帰した。やっぱり、本気じゃないよね。
遥か上空、天高くに現れた赤い飛来物。あれの名前は聞いたことがある。見たことはなくとも、予想が出来てしまう。
あれは、“隕石”だ。しかも1つや2つではない。10の隕石が降ってくる。
いやほんと、勘弁してほしい。麻里奈のやつ、あれすらも本気を出しているようには見えないぞ……。
未だ本気を伺えない麻里奈に対し、俺はというと目の前の問題を解決するために銀翼を動かしていた。
あれも麻里奈の生み出した攻撃であるというのなら、おそらく普通の隕石ではないのだろう。また、触れただけで存在を消滅させられるようなものだろうか。それとも、他の能力が付与されたものであろうか。
「やってみなくちゃ、何も始まらないか」
麻里奈を一瞥。じっと見つめてくる彼女に、俺は愛想笑いを見せて飛び出した。
一瞬にして麻里奈の姿が米粒ほどの大きさになるまで上昇する。そこで滞空。降ってくる隕石を睨みながら、解決策を左目に打診する。
しかして回答は……。
《解析――完了
該当攻撃を終末論“竜種の終焉”を別観点から読み解いた新たな終末論と推定。
新たなる終末論として収拾――完了
新たなる終末論“文明の焼却”を紐解きます――不可
該当終末論は第三者によって隠蔽されているため紐解くことが出来ません》
第三者が《救済論》の邪魔をしているのか。読み解くことに特化したイーヴァンゲリオンを妨害できるやつなんているのか……いや、幽王か。
思い当たる節は幽王以外にない。絶世の魔女と共に泥と化して麻里奈を構成しているはずの幽王だが、意識があって邪魔をしている。もしくは、これすらも麻里奈の手によるものだろう。
本当に厄介な力を持ったものだと、俺は感嘆の息を漏らす。無策で激突するにはあまりにも怖い名前の技だ。できれば事前知識を持って向かいたいところではあったが……。
「仕方ない」
空中でさらに上昇しようと体をしならせ、翼に力を込める。
やるしかないのだ。それで俺が死ねば、どのみちこの星を守れる傑物なんているわけがない。なればこそ、と。腹を括ってバネのように体を弾く。向かうは未知数の隕石。対処法や解決策など知ったことではない。
これは俺と麻里奈の喧嘩である前に、世界の行く末を決めるための戦いだ。麻里奈との喧嘩を楽しむ以前に、俺は仲間との約束を守らなければならないだろうよ。
世界を救う。
それが俺と恭子との約束であり、黒崎双子との契約であり、カインとの訣別だ。それすら守れないのであれば、いっそ俺など死んでしまえばいい。
さらに上昇を重ねて、隕石との距離が縮まる。ありえないほどの熱気を感じながら、俺は右手を――正確には右手に握られた拳銃の銃口を――隕石へと差し向けた。
「さて、神様の武器は文明に含まれるのかな?」
鳴雷。カンナカムイが扱っていた神様の技。それを武具化したものがこの拳銃だ。
聞いた話では、あの隕石は文明を焼却するものらしい。ならば、ミサイルや核爆弾ではおそらく効果がないのだろう。けれど、神様の技ならどうだ。神に文明は存在しない。文明とは人が作り出した歴史の産物だからだ。
とまあ、こじつけてみたけれど。これで破壊できなければ、時間的にも俺に余裕は無くなってしまうわけだが。
効いてほしいと願いを込めて、俺は引き金に力を込める。
射出された雷は上空へと落ちる。やがてそれは隕石へと到達し、炸裂した。
よく見ると、10個あった隕石が9個に減っていた。
「よし、いけるぞ!」
破壊できるとわかるや、次々と隕石を撃ち落としていく。あの隕石がどのような能力で、どのような弊害を生むかなど考えもしないし、考えたくもない。そも、撃ち落とすことで隕石の能力が完全に消失するとも限らないわけだが、とりあえず無力化できるのであればそれに越したことはないだろう。
というか、先のことを考える余裕なんて今の俺には毛頭存在しないわけだしな。
10個全てを打ち落とし、一応世界を破滅を防ぐことができた。一仕事終えた俺が安堵の一息入れた直後、胸に激痛が走る。
「あれも防ぐんだね」
耳のすぐ横から声が聞こえる。麻里奈の声だ。
だが、いつもの優しさのある声色ではない。恨むような、悲しんでいるような声。それが俺の耳を撫でていった。
視線が自らの胸へ落ちる。そこには、白い棒のようなものが突き抜けていた。
それが槍であることを知るのに少しも必要なかった。なぜなら、俺はその槍に似たものを見たことがあったから。
終末の塩。それは、塩でできた白い槍。貫かれたものを塩へと変化させる災厄そのものだ。
なぜ、それを麻里奈が持っているのかなど、思考を巡らさなくとも思い当たる。麻里奈は世界を終わらせることが目的だ。だから、麻里奈が扱う技は終末論を模したものなのだ。ならば、黒崎颯人が収拾した塩の槍なんてものは持っていて当たり前だろう。
「君は殺さない。私が殺すのは世界だけ。少しの間、眠ってて……ね?」
計算外だったことは、麻里奈が終末論を改変できる能力を持っているということ。そして、塩の槍ですらも改変を行っていて、俺の知っている塩の槍とはまるで違うものへと変化させてしまっていたということだろう。
俺を殺すつもりがないという言葉は嘘ではないようだ。塩の円柱が皮膚を内側から貫いていく。1つや2つではない。20や30といった塩の柱がさらに増加しつつ、俺を内側から破壊していく。本来の塩の槍の能力であれば、貫いた物体を例外なく塩へと変化させる。その能力と比べればこの槍の能力はかけ離れた変化だと言える。
けれど、身動きは確実に取れなくなっていっている。もうすでに上半身は身動きがしずらい。眼球を動かしてようやく見えた銀翼にさえも塩の柱が生えている。飛べなくなるのも時間の問題ということか。
「ふ……ざけ……」
「“百の塩柱”……おやすみなさい、最新の英雄。私の……理想像」





