破滅と再生
俺の答えを聞いて満足したかのように目の前から消えていったカインを後目に、俺は何度目かの対面となる麻里奈と向き合った。
反応はない。正確には何かを考えているようではあるものの、それは俺との再開の挨拶を考えているふうには見えなかった。
俺の幼なじみはこんなにも物静かなやつだっただろうか。いいや、思い返す中の麻里奈はもっと騒がしかった。眠っている俺を叩き起こすほどには、うるさかったのだ。
では、目の前の麻里奈は偽物だろうか。否だ。それは先程カインが否定していったではないか。
あいつを全部信じる訳では無いが、一定の範囲では信じている。そんなあいつが、目の前の麻里奈は本物の麻里奈であると言って去っていったからには、この麻里奈がどれだけ俺の記憶の中の麻里奈とかけ離れていようとも本物なのだろう。
だから、俺が考えなければならないことは別にある。これが麻里奈なのかという問よりも、なぜこうなってしまったのかを考えなければならない。
「かといって、それを考えさせてくれるかどうか……」
今は見合ったまま、何をするわけでもない。しかし、つい先程の麻里奈は俺の細胞を一つ一つ連鎖的に爆発させていくという見たこともない技を見せた。
あの攻撃が再び放たれないとも限らない。俺の意識は否が応でも麻里奈の行動の一挙手一投足に割かれて考えるスキを奪っていく。
本当に厄介だと思っていると、麻里奈の指が動いた。
「“一の閃弾”」
星を爆ぜる一撃が冷ややかな声とともに繰り出された。爪楊枝ほどの針が空を切る。
俺の行動も早かった。地面への着弾を少しとした技を、あえて自分の手で受け、すぐさまその手を切断し、空中へと蹴り上げる。その甲斐あって、切断された手ははるか空中で爆ぜていった。
「……なぜ」
「……止めるの?」
「この世界は、救う価値すらないのに?」
救う価値がないとは、言ってくれるものだ。別に世界が俺のだとは言わないし、俺だって救いたくて救っているわけでもないから、反論は筋違いだろうけれど。それでも、麻里奈がそれを言ってしまうとは思わなかった。
だって、この世界は麻里奈が守ろうとしていたものだ。俺は麻里奈が守ろうとしていたものを守ろうとしているだけで、それ以上は望んでいない。だから、麻里奈がこの世界を欲しないというのなら、俺にはもうこの世界を守る理由は……
そこまで考えて首を振る。
確かに、俺がこの世界を守ろうと考えたのはついさっきの決断だ。そこに麻里奈の意思が関与していたことは否めない。
それでも、守りたいと思ったのは麻里奈の意思だけではないのだ。
そこにはたしかな……明確な理由があったのだ。
「俺にとってこの世界は別に重要なものじゃない。それは認めるよ」
「……なら」
「けどな、麻里奈。この世界には俺の大切な仲間が生きているんだ。この世界を諦めるっていうことは、その仲間たちを諦めるってことなんだよ」
俺にとって世界の価値なんて無いも等しいだろう。毎日が退屈な日々だった。ありふれた幸せを幸せだと感じ取れなかった俺にとって、あってもなくても同じだったに違いない。
手放してしまえば楽になれることだって分かっている。あるいはそれが正しい判断だっていうことも考えた。
俺は馬鹿だから、きっとこんな方法しか思いつかないのだ。そう諦めてしまえば、俺が悩んでいたことなんて一発で消え去ってしまうのだ。
「俺だけが苦しめば……なんてことは言わないさ。麻里奈、お前がどんな決断をしたのかなんて知らない。でも、これだけは言わせてもらうぞ。……もう俺からは何も奪わせはしない。たとえ、それが生き返ったお前であってもだ」
失う辛さを知った。それが大切な人であればあるほどに辛いということも知れた。だからこそ、失わないようにするにはどうすればいいのかを考えた。
その結果がこれだ。こうする他に俺は答えを知らない。向かってくる敵を倒すという方法以外には。
喝采が聞こえる。あらゆる生命の喝采が。俺に進めと鼓舞する。それはやがて光となって、あたりは太陽の明るさを凌駕した。
「お前が俺から何もかもを奪っていくつもりなら、覚悟しろ。お前の知る俺とは遥かに違うぞ。お前が死んでから、俺はもっともっと強くなった。だから――奪えるものなら、奪ってみせろ。その自信があるのならかかってこい。俺は本気でお前を倒すぞ、麻里奈」
俺の売り文句に反応した麻里奈は、両の手を広げる。
そうして現れたのは先程の攻撃を十倍に増やしたものだった。数を増やせば俺に対処することは不可能だと考えたのだろう。そりゃそうだ。あんな当たれば必殺の攻撃を十発も放たれれば一撃は地球に命中してしまうに違いない。
麻里奈も本気を出してきたと判断して、俺も全力を出さなければならないだろう。
「我は終末を超える者――」
瞬間にして銀の羽根が舞う。それらが麻里奈と地球との視線を切って邪魔をする。
ほぼ同時に放たれた必殺の針は、俺が発動した銀翼の羽根に命中し。効力を失っていった。
再び、麻里奈の視線が俺へと向かう。ただし、その目には明らかな怒りが見て取れた。
そんなに怒るなよ。俺がこうすることは初めからわかっていたことだろ?
俺は生まれて初めて、麻里奈と真っ向から喧嘩をすることに、少しだけワクワクしていた。





