英雄の決断
土の焦げる匂いが足を進めるほど強く香る。俺の知る景色はもうない。世界は破滅と再生を繰り返した。他ならぬ俺自身の手によって。
それ自体に後悔はない。懺悔などする必要はない。
なぜなら、この期に及んでまで、俺はこの選択を正しいと思っているのだから。
「後戻りはできない。巻き込んだ上で言えた立場ではないけれどね」
「ホントだな。こうなる前に教えてほしかったぜ。お前はいつか化け物になるんだぜってな」
「言われれば、君はそれを信じたかい?」
「「いいや、何様だコノヤロウって言うだろう(ね)(な)」」
互いの顔を見合わせ、吹き出す。クスリと笑う。決して長くはない。けれど、短くもない関係で……父と子という関係で、ここまで両者のことを理解しているのも少しだけ気持ちがいい。
きっと、幽王にもこういう気持ちがある。あったはずだ。少なくとも、全てに絶望してしまう前まではあったのだろう。どうして捨ててしまったのか。これほどまでに大切なものを、何もかも。
必要な犠牲だった。あいつはそういうんだろう。無表情で、無感情に、冷たい仮面の下で悲しげな声で。
世界を救う。俺には大きすぎる役目だと、わかっていたはずなのにな。どうしてこうなったのだろう。
その原因を見つめる。そいつは首を傾げて、ほのかに微笑んだが、真意はわからない。
何も考えていないんだろうと、呆れて息を吐く。ともあれと、俺は由美さんとの会話を思い出した。
『逃げてもいい。見捨ててもいい。諦めてもいい。投げ出したって構わない。どんな選択をしても、誰も君を責めない。そのうえで一つだけ答えてほしいの。君は…………運命に食い尽くされる覚悟があるの?』
小野寺誠は事実を伝えたあと、何も言いはしなかった。ただ、煙草の煙を吐きながら崩壊の音色にたそがれていた。おそらく、俺の選択にすべてを託すと決め込んだのだろう。
しかし、黒崎由美だけはそれができなかった。すべてを俺の選択に託すことができなかったのだろう。
俺に託すとは聞こえはいいが、要は全責任を俺に押し付ける口実を作っているに過ぎない。
黒崎由美にはそれができなかった。
かわいい孫だから、愛おしい人の子供だからではない。
終末の結論に反旗を翻した者の末路を知っているからだ。黒崎颯人という存在の結末を見てしまったからだ。
だからこそ、黒崎由美は聞かねばならなかった。
世界を救うために作り出された……運命を捻じ曲げられた少年の、決意と決断の言葉と選択は如何なるものであるのかを。
狂う前に、失ってしまう前に、正しさとは何かを問うために、彼女の神経は俺へと向けられた。
『俺が俺であるために、て。今日まで走ってきた。俺は死ぬべきなのか、生きるべきなのか……ただ、それを知りたかっただけなのにな。なあ、由美さん。あなたなら、その答えを俺にくれるか? 俺が納得して受け入れられるような答えをあなたなら出せるか?』
『考えなくていいよ。わかってる。こんな答えを出せるやつは、この世のどこにもいないってことくらい。その答えを出せるのは、死んだ瞬間の自分だけだって。だから、俺は戦うよ。俺が俺を許せるように。――それに』
『麻里奈を迎えに行かなくちゃいけないだろ?』
不安そうな表情はやめてくれ。そうは言い出せなかったけど、俺は歩み出した。
中身がそうであろうとなかろうと、俺の知る麻里奈の姿をしたあいつを止めなくちゃいけないのは、きっと俺だから。
幽王が憎んだ俺が、御門恭介が滅ぼそうとした世界を救うのは、同じ御門恭介じゃないといけないと思うから。
「君の決断は正しいかい?」
カインは問う。
目を向けることはしない。目を伏せることもない。
正しいか、正しくないか。それは俺が決めることじゃないと思う。でも、あえて、俺が選んでいいというのなら、それはたぶん。
「正しいんじゃないか?」
「なぜ?」
「好きな女を迎えに行くことが、間違いなはずがないだろ?」
それがたとえ、世界を破滅させる終末の魔女であっても。
俺にとっては、朝に弱い俺を起こしてくれて朝食を作ってくれる、完璧美少女の幼馴染だ。
誰がなんと言おうと、これだけは言える。俺は、神埼麻里奈を好きだった。その気持ちはきっと……。
「そうだろ、麻里奈。いつものように笑えよ。お前はそんな顔より、笑顔のほうが何倍も可愛いんだぜ?」





