誰もが見る夢
長い夢を見続けている。
大切な人を失う悪夢を。
世界が溶けていく夢を。
数多の終わりを見てきた。
天使のラッパが響く。そのたびに、大切な人が消えていく。何度も、何度でも。
それを嫌だと叫んだ。失いたくないと願った。
しかし、世界がそんな言葉を聞くわけもなく。
リセットボタンを押すように、簡単に人は消えていく。
立ち向かうことすらアホらしく思えるほどに。単純に。
「どうして、と。きっとてめぇは言うんだろ?」
卑しい神は嗤いながら尋ねる。
まるで、その先の言葉すらも知っているかのよう。腹立たしい。けれど、文句は言えない。言う口を持っていないから。
これは夢だ。自分にはなんら影響のない、ただの夢。ただし、どこかの世界であった、正夢。
何十、何百、何千、何万、何億、何兆、何京もの終わりを見るうち――大切な人を失ううち、心はゆっくりと、しかし確実に死んでいった。
そうして、また目を覚ます。けれど、夢は覚めない。悪夢は世界を変えて、終わり方を変えて続いていく。
嫌になることなど、もう忘れた。目をそらすことなど、もうできない。
ただあったことを記録していく。あがくことすらかなわない地獄の中で、救済はなく。
日々は終わり、始まりを繰り返す。
「諦めな。お前じゃ世界は救えない」
嗤う。
嗤い続ける。
悪魔のような神は、絶望のみを伝え、心を蝕んでいく。
やがて、何も感じなくなった。
人が死のうとも涙を流さなくなった。
世界が終わることに感情が動かなくなった。
変化はそれだけではない。嗤い続けた神の姿が、いつの日からか見えなくなった。
口も開けるようになった。言葉が発せるようになった。
思い通りに移動することができるようになった。
そうして、再び記録は続いていく。多くの絶望を、悲愴を溜め込むようになる。
しかし……
唯一。
たった一つだけ、変わらないことがあった。
大切な人の最期だけは必ず見る。見てしまう。気になって仕方なかった。引きずられるように見ていた。
血反吐を吐きながら、それでもあがく姿はこの絶望だけの世界での、ただひとつの救いだったのかもしれない。
それも最後には失ってしまうとわかっていてもなお、希望を持たざるを得なかったのだろう。
それが……。
「それがてめぇの罪だぜ」
背後にやつがいる。長らく合わなかったようにも思えるが、姿形は変わっていない。
腹立たしいにやけ面もご健在だった。
今までどこにいた、などと興味のないことは言うわけがない。
そばにいてほしいわけでもなかったし、消えるなら最後まで消えていてほしいとさえ思っていたから。
ならばなぜ、この期に及んで現れたのか。――答えはわかっている。その時が来たのだ。
ケラケラと嗤う神に、最後の感情が動く。
「人間たちには絶望が必要だった。適切かつ適度でマイルドな絶望がな。だが、馬鹿な奴らだ。自分たちには幸せになる権利があると、絶望を拒んだ。あまつさえ消し去ろうとさえした。そんなこと、できるはずがないのになぁ? わかるかぁ? わかるよなぁ? なにせてめぇは――」
人々は人々の罪によって裁かれる。自らの過ちにより滅ぼされる。
高望みの希望は、ただの毒に過ぎず。じわりじわりと体を蝕んでいく。
その時がきたのだ。
後回しにした絶望が精算される、その時が。
「最後を受け入れられなかった馬鹿な人間が生み出した忌み子。原初神(俺たち)にとっての希望の子。絶望を運ぶ希望の子供。お前は――」
「うるさい」
針が刺さる。
瞬間にして体が崩れていく神は、なおも嗤う。
けらけらと。ケラケラと。
「世界を殺せ。時を止めろ。てめぇの愛する人の最後は揺るがない。ならば――ならば!! すべてを終わらせることこそが救いだ。てめぇにはその力がある。希望を振りまけ。希望という毒で、星を砕け!!」
けらけら
けらけらけらけら
けらけらけらけらけらけらけらけらけらけらけら――――――――――――――
「言われなくてもわかってる。それが、私が生まれた意味。今度こそ、私が彼を救う」
少女は進む。
大切な人を終わらせるために。
愛する人を幸せにするために。





