人類最強の剣巫女
己の道に後悔はあったか?
人の生に誇りは持ったか?
孫の目に輝きを与えたか?
最強と呼ばれ、最強として生き、最強足らんと努力を積み重ねるだけの日々だった。幸せなこともあっただろう。不幸と嘆いた時間もあったに違いない。
しかし、それらの瞬間全てがかけがえのない日々であったことに違いはなく。
神崎紅覇は、あまねく生きとし生けるものに対して胸を張って告げよう。
「私の人生に悔いる時間なんてなかったよ。そのどれもが強い輝きを放つ、極星のような日常だったから」
最強は、大切な人を守るには弱すぎた。
最強では、平和を守れても、家族を守ることはできなかった。
最強ゆえに、神崎紅覇は間違い続け、これからも間違いを犯すのだ。
神崎紅覇にとって、平和を守ることこそが使命で。平和を脅かすものが、たとえ家族であろうとも排除しなければならない。それが、一度失ってしまった最愛の孫娘だったとしても。
長年付き添った刀は孫に贈呈してしまったために手持ちの武装がなかったが、こういう日を見越していたらしい天國が――伝説の刀鍛冶が御門恭介の愛刀を鍛える片手間に、神崎紅覇の新たな愛刀を鍛えていたようだ。
今、神崎紅覇の手に握られた紅色の刀身を輝かせる武装こそ、重さを感じさせぬ紅の雪。神崎紅覇の新たなる愛刀――“紅粉雪”である。
「……」
久しぶりの再会というにも関わらず、麻里奈の姿を模した何かに反応は見られない。というよりも、どうも視界にすら入っていないようだ。視線はずっと、連れ去れられた御門恭介の方へと向けられている。
話をする気がないのは神崎紅覇も同様で、新たな愛刀を構え、腰を低くして完全な死角へと潜り込む。以前の愛刀では到達し得なかった速度。新たな愛刀“紅粉雪”と長きにわたる戦闘の経験が合わさってようやく至った境地にて。
紅色の閃光がうねる。最強と謳われた神崎紅覇の目にも止まらぬ一撃が不老不死者の急所たる首を断ち切らんと駆けた。
鈍重。確かに感じた手応えは、およそ神崎紅覇が思い描いた感覚とは程遠い。驚愕に染まる表情にて、人類最強は目の前の強敵に感嘆しせる。
その一撃は首に到達することはなかった。
「なっ……」
麻里奈の姿を模した何かの視線は依然として神崎紅覇に向かっていない。確実に切り伏せるはずだった一撃は、なんと人差し指、中指、親指の3本で刀身を挟むように掴まれて、びくともしない。
押せど引けど動かない刀身に驚いている神崎紅覇は、一瞬だけ敵から視線を外してしまう。自分の過ちに気がつき再度視線を敵に戻した。あれほど無視を決め込んでいたように思えた麻里奈の姿をした何かの視線が、真っ直ぐに神崎紅覇を見下ろすように視界に捉えていた。
ゾクッと、神崎紅覇の背筋が凍った。
恐怖だ。幾重も強敵と戦い抜いた神崎紅覇だったが、これほどの恐怖を感じたことはない。
まるで勝ち目がない。感じられない。死にそうになったことなんて数えられないほどあったというのに、これほどまでに圧倒的に勝てないと感じたのは生涯なかった。
しかし、勝てぬからと逃げ出していい理由にはならない。
御門恭介を逃した理由はこの戦いに勝つため。
もとより勝てる戦いだとは思っていなかった。神崎紅覇が任されたのは時間稼ぎ……御門恭介が戻ってくるそれまでの僅かな時間を間に合わせるためだ。
「人類最強を――容易に殺せると思わぬ方が身のためだ、我が孫よ」
「……“一の閃断”」
針。御門恭介が右腕を犠牲にした炸裂する攻撃。
神崎紅覇は不老不死ではない。恭介と同じ防ぎ方はできるわけがない。あの針に触れれば一巻の終わりだ。だから、神崎紅覇は右足を地面に埋め、勢いよく打ち上げた。
巻き散らかる粉塵が、飛び出した針に触れて破裂した。
破裂の勢いを利用して、麻里奈の姿を模した何かから距離を取る。なぜか、掴まれていた刀身も離されていたため一緒に飛ぶことができたが、完全に敵対の意志を汲み取られてしまった。
これからは生半可な攻撃では視界から消えることはできないだろう。
「これほどまでか……我が孫ながら強すぎるじゃない」
「神崎……紅覇……人類最強の剣巫女……情報をダウンロード……完了」
「……まるで機械だね」
麻里奈の姿をした何かのおよそ初めての会話だ。キャッチボールができているのかは不明だが。
明らかに神崎紅覇のことを認識した麻里奈の姿をした何かが、右手を挙げる。
そうして、何かを呟いた。
「歪曲矛盾――――我が願望にて彼の首を断て《天魔剣帝千手曼荼羅》」
銀の巨像。千の腕。満天に輝く剣の星。
「これは……まさか……」
一度だけみた、伝説の刀鍛冶――天國の世界矛盾に似た、しかしまるで違うもの。
銀の巨像が一層の輝きを見せる。まずいと思った次の瞬間。
「我が願望にて星を撃て――天魔剣帝千手曼荼羅・破世天津甕星」
目を眩ませるほどの極光。
避けることは叶わないと、悔しさよりも清々しさすら感じる一撃に、神崎紅覇は思わず微笑んだ。
(持っていけ。我が命の一つや二つ、君の死に比べれば……悲しさなど――もうないよ)
遠くに存在を感じる。
時間稼ぎは十分か。やはり、満足だ。
最期に孫を守ることができたと、神崎紅覇は目を閉じる。あとは任せたと思いを馳せて、人類最強は極光に飲み込まれた。





