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一の閃断


 透き通ったような純白の肌。長くしなやかな黒い髪。

 表情や目つき、記憶にあるその人からは想像もできない衣服ではあるものの、その風貌……その姿は少しだけ大人びたとしてもなお、その変化に違和感を覚えさせない美しさを誇るその人は。

 正しく、俺がかつて目指した理想そのものであることに変わりはない。


 満天が輝く星空の夜。失ってしまった俺という存在の要を忘れた日はない。

 どれほど悔いたことか。どれほど嘆いたことか。

 諦めきれなかった気持ちが。拭い去れなかった思いが。どれだけの虚しさが胸を刺したことだろうか。


 震える手は、恐怖から来るものか。それとも驚愕から現れた武者震いか。

 どちらにせよ。俺の目の前ではあり得ないこと……あってはならないことが起こってしまった。


「ま……りな……?」


 ついにその名を口にした。これが幻覚だと言われたなら、喜んでその夢に飛びつこう。

 しかし、世界の終わりを乗り越えた最後の戦いの最中に、このような再会を……再来を目にしてしまうとやはり。どれだけの不思議を体験した俺といえども体は現象を信じられない。

 失ってしまった光を、目が正しく捉えることは難しいのだ。


 あの日の夜。失ってしまった希望は、絶望に変わることすら許されず。

 彼女を失った思いは、憎しみに変えることが認められなかった。

 俺は、その極光を目の前にした。その今際に、ただただ――


――――彼女を殺さなければならない。


 そう、思ってしまった。


「おはよう。きょーちゃん」


 違う。

 全身が。神経が。血流が。思いが。俺という個人を形成するありとあらゆる記憶たちが告げる。彼女(これ)は違う。()()は俺が求めた人ではない。

 咄嗟に一歩退く。なぜという疑問に答えを与えずに、全てが叩き出した答えに盲目に従った。


 それを見ていた麻里奈はさぞ悲しかろうという顔をする。けれども、そこに感情は感じられない。

 あるいは俺が考えている悲しいの対象が異なるのかもしれない。退かれて悲しいではなく、例えば……。


「そして、さようなら――()()


 右手が上がる。視線はつられ、その先には一本の針。

 人を殺すにはか細い。まして、世界を殺すなど到底できない代物が、麻里奈に見える何かの右手の先で空を舞う。

 だが、その針に俺は……俺だけは背筋を凍らせた。何かなどわからない。なのに、それがとてつもなく危険であることだけはわかってしまった。


 瞬間、俺の足は駆け出す。どうすればいいかなど考える間もなく、暇もなく、必要もなく。ただただそうするべきだという直感がそうさせた。

 そうして、麻里奈に見える何かが右手を振り下ろそうとする間際。

 それはそれは、壮絶な絶望を描き出す。


「“一の閃断”」


 瞬く間に光となって飛ぶ針を、俺の右手が捕らえた。

 人差し指の第一関節に着弾。――停止。――――閃光。

 ――――――炸裂。


「ぐっ……!」


 歯を食いしばる。しかし、それは終わらない。炸裂が持続する。

 咄嗟に右腕ごと千切るように切り落とし、全身の炸裂を避けた。右肩からバッサリと切り落としてしまったために、滝のように血が流れるが、不老不死の超再生を持っている俺からすれば負傷など健康と相違無い。

 やがて、地に落ちた右腕が細胞の一欠片も残さずに炸裂したところを目の当たりにする。もしも、先ほどの針が地面に刺さっていれば……。そう考えると悪寒は背筋を駆け巡る。


 死すらも乗り越えた俺に冷や汗を噴き出させた麻里奈を凝視する。違和感の正体がようやくわかった。

 麻里奈の目が虚ろなのだ。かつて、希望に満ち溢れていた彼女の目が、今ではその面影すら感じさせないほどに絶望の色に染まりきっている。幽王と絶世の魔女がそうしたのか。それとも、何かが原因でそうなっているのかは判断できないが、俺の知る麻里奈では無いことだけは確かなようだ。


「お前……誰だ?」


 回復しつつある右腕をそのままに、麻里奈の姿をしたものに問いかける。返事は期待していなかったが、攻撃が繰り返されることなく彼女の口が開かれた。


「私は――」


 その返事を聞くよりも前に、俺の体を何かが抱える。

 浮遊感。直後、麻里奈が俺の視線から遠くなる。視線を左に落とすと、そこにいたのは小野寺誠だった。


「なっ……離せ! 俺には――」

「今、お前を失うわけにはいかないんだ。あれを……完全に破壊するためには、な」


 破壊? まるであの姿の麻里奈がなんであるのかを知っているかのような口ぶりに、ジタバタしていた体を止める。

 小野寺誠の言葉を理解するための質問を土返しで視線を、遠くなった麻里奈へと戻す。

 俺の目に映ったのは、あまりにも綺麗で、苛烈な演武だった。


 紅色の閃光が走っている。思えば俺は、彼女の戦いを一度としてまともに見たことがなかった。最強と謳われた彼女の、最盛期の全身全霊を観たことがなかったのだ。

 颯人をして人類最強と言わしめる彼女の強さを、よもやこんな時に拝見することになろうとは……。


「やめろ……婆さん……」


 俺の右腕を容易に吹き飛ばしたあまりにも無慈悲すぎる力を持った麻里奈の姿をした何かは、俺が相手であったからこそあの程度で済んだのだ。あれがどのような使命を持って動いているかなど知らない。ただ、幽王と絶世の魔女が混ざり合ってできたものであるならば、その根底にあるものなど知れている。


――世界を終わらせることだ。


 であるのなれば、そのような力を持つものと対峙できるのは、そうあれかしと造られた俺以外には荷が重すぎる。

 たとえ、人類最強と呼ばれた神崎紅覇であろうとも。


「紅覇ちゃんが死ぬ気になれば、僅かに時間は稼げる。その間に、俺はお前に真実を伝えよう。御門恭介。お前は選択を()()()

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