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夫婦喧嘩

 自らの死を行えなくなった幽王は、しばし立ち尽くしていた。それこそ、怒りを見せてはいるものの、戦う意志が著しく弱まってしまうほどに。

 対する俺は、戦う覚悟を決め、戦う意思を見せつけていた。自分自身が生きると決めた世界を守るために、何より大切な仲間たちが生きているこの世界を救わんとするために、だ。

 このまま戦いが始まれば、勝敗はすぐに着かずとも、わずかながらに勝機は俺に傾いていたはずだ。


 しかし、それは他でもない神埼美咲によって阻まれた。

 具体的には、幽王の前に立ち。我が子を守るように両手を伸ばした神埼美咲の行動によってだ。


「やらせないよ。今度こそ、私がこの子を……私の子供の願いを叶える番なんだから」


 決心は硬い。ゆらぎようもなく、決して曲がらない。

 実を言うと、神埼美咲は俺にとってまだまだ未知の存在だ。

 黒崎颯人の嫁にして、世界最後の姫の役目を押し付けられた悲劇の美女。1秒を繰り返す世界矛盾を持ち、概念である神すらも燃やし尽くす永劫の炎を灯す世界矛盾すらも持っている。


 加えて言うなら、神埼美咲は黒崎颯人と同じく、他に3つ……計5つの世界矛盾を持っている。

 残りの3つの世界矛盾を、俺は知らない。知っているのはおそらく――。


「まあ、妥当だろうな」


 一歩。

 俺の横から前に出て、少年は告げた。

 仕方がなさそうに首を振り、しかして顔は絶対にそうは思っていない笑みを浮かべている。神埼美咲の夫……俺の父親である黒崎颯人は、最愛の妻を前にして、戦う意志を見せていた。


 内心、おそらく颯人は美咲さんと戦いたいと思っていたのだろう。戦いたいと言えば語弊になるのかもしれないから、どちらが上かを決めたかったのかもしれないと訂正をしておいたほうがいいかもしれない。

 ともかく、俺の父親はどうしようもなく負けず嫌いなのだ。子供のような笑みからにじみ出る大人顔負けの迫力は、絶対にそうであると思わせるほどのものであった。


「颯人……」

「なんだよ。俺が相手で日和ったか? いいんだぜ。逃げ出してもよ」

「わかってるの? 幽王は――」

「俺達の子供だ。だが、御門恭介はもう一人いる。どちらか片方だけを優遇するのはおかしいことだろ? お前がそっちにつくなら、俺はこっちにつく。これでようやくフェアってものだ」


 フェア。颯人が好きな言葉トップ5にランクインするであろう言葉だな、と思った。

 不平等を嫌い、平等を勝ち取ってきた颯人は、きっとその程度の理由ではないだろうが、この場において最も自分らしい理由を口にしていた。

 だからだろう。俺は少しだけ誇らしく感じてしまったのだ。やっと、俺の知る黒崎颯人が帰ってきたのだと感じられたから。


「お前を止められるのは俺だけだ。お前を見捨てられなかった俺を置いて他にはいない。だから、お前を倒すのは俺であるべきだ。違うか、美咲?」

「運命に巻き込まれたのは私じゃないよ。私が颯人を運命に巻き込んだの。だから、この輪廻を終わらせる必要がある。私の……私達の手で終わらせなきゃダメなの」


 炎が咲いた。純白の炎の片翼と、五色の炎の片翼が互い違いに広がった。

 颯人は一度死んでいる。再度この世に蘇った際に、世界矛盾も変化したのだろう。おそらくは、最後に俺と戦ったときと同じ出力を出し続けられるようになっているのかもしれない。

 美咲さんも本気を見るのは初めてだけれど、やはり颯人の嫁というだけあって出力は負けず劣らずだ。


 違いを言うのであれば、矛盾の完全解消を行ってその域に達している美咲さんに対して、颯人は完全解消を行っていないという点に限る。

 決着はどうとは言えないものの、余裕を残している颯人に軍配が上がるのは自然の理だろう。


「ここは任せな。その代わり、幽王との決着は必ず着けろ。敗北だろうが、勝利だろうが構いやしないが、俺が知ってるお前は“常勝”の英雄だ。この意味が、わかるよな?」


 期待、されているのだろう。他でもない黒崎颯人に。血の繋がった父親に、生まれてはじめて期待されている。高ぶらないわけがない。それを必死に隠すことに必死で、言葉は出てこなかった。


「本気になった私を、颯人一人で止められると本当に思ってるの?」

「誰が一人で戦うって言った?」


 復活した大地。生い茂る草原の緑が揺れた。現れたのは、俺の祖母にして叔母の美女、黒崎由美だ。

 何故かこの場にいないことに不思議は感じなかったが、思い返してみれば妹の恭子の姿が見えない。おそらく、今の颯人の世界矛盾を真似たであろう能力で安全な場所まで移動させたに違いない。

 まったく、油断もすきもない人だ。本当に敵でなくてよかったと思える。


 突如現れた由美さんが、可愛らしくウィンクするや久しぶりに再開したであろう美咲さんに対して、強気の態度を見せている。


「おまたせ。とりあえず、あの子は安全な場所まで連れて行ったけど、やっぱり美咲ちゃんと戦うんだね?」

「どうやらそのようだぜ。あいつはやる気みたいだしな」

「いいだね?」


 美咲さんへの問ではない。由美さんの一言は颯人に向けて、美咲さんを殺してしまってもいいんだよねという意味を持っていた。

 由美さんならやりかねない。なぜか、そんな不安がよぎる。

 この戦いには勝たなければならないし、勝つためには美咲さんを止める必要がある。しかし、殺してしまう必要はないはずだ。なにより、母親の死を俺は見たいとは思っていない。


 やははと笑う声が聞こえた。誰かなど言うまでもないだろう。颯人は、由美さんの問いかけに嘲笑して、恐ろしいことを言い放つ。


「これは夫婦喧嘩――もとい家庭内の喧嘩だぜ? 誰かが死ぬなんてありえないだろうがよ」

「…………はぁ。これだからハヤちゃんは。まあ、私も今の問いかけに二言返事で了承されたらひっぱたいてたけど」


 どうやら。いや、案の定というべきか。俺が不安に思っていた未来は訪れないみたいである。

 二人は美咲さんを殺す気はなさそうだ。


「私抜きで話を進めないでくれない?」

「よーいどんで始まる夫婦げんかはないんだぜ?」

「というわけだから、きょーちゃんくんも早く行ったほうがいいよ。大丈夫、ここは私達が止めるから。安心して幽王を倒してきてね」


 あ、俺が幽王を倒すことは決定事項なんですね?

 颯人よりも無茶ぶりがすぎる由美さんに、大きな返事をして駆け出した。向かうは幽王、もうひとりの自分だった。

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