世界の新芽
時間軸から切り離された世界の終わりを、元に戻す方法はない。過去へ後悔を持って帰る俺の世界矛盾では、この世界の終わりは踏破できない。
けれど、俺にはもう一つ、世界を狂わせる矛盾の因子があるはずだ。
カイン。
人の身にて、神を震撼させた名工。
ヒトにも、神にも扱うことができない特別なアーティファクトを作り出し、後世へ残した偉人。
ヒト以上、神様以下の存在へと成り果てた不老不死者のみが、カインが残した遺産を扱うことができる。
そして、俺はヒトでもなければ、神でもない。不老不死者になるべくして、ならされた人型の化け物……それが、御門恭介だ。
俺の中には3つの因子が眠っていた。
1つ目は、時間という概念。
2つ目は、過去への執着心。
3つ目は、死生観の曖昧さ。
俺は初め、世界矛盾を見つけずとも不老不死者になった。正確には、タナトスにより元々存在した因子をつなぎ合わせ、死ぬ1秒前の状態を繰り返していたに過ぎないが。
それもこれも、3つの因子がなければ成立しないものだった。
「これは…………」
「俺には――俺たちは普通の人間としての人生はありえない。世界を救うため、あるいは完全に壊すために神崎美咲、黒崎颯人、カインの3人がそれぞれに遺伝子を提供して作り出した化け物だからだ」
1度目のトリガーは死生観の曖昧さだった。
死にたくはない。けれど、生きていたくもない。決められないから、決めてもらうまでは生と死の間で揺蕩っていたいという思いがそれだ。
「だから、俺は世界の破滅を選び、お前は世界を救うことを選んだ。何も間違ってはいないだろう?」
「間違ってるさ。お前は知らないけど、俺は世界を救おうとは思わないよ。そもそも、俺が――御門恭介が、他人の引いたレールの上を歩ける人材に見えるのか」
2度目のトリガーは麻里奈の死。
過去の眩しかった情景を取り戻そうとした。過去へ渡り、あの頃の麻里奈に会おうとしたんだ。
「いいか、幽王。俺は英雄じゃないよ。御門恭介は英雄に憧れるだけの、ただの化け物だ。これだけは、どれだけ時間が経とうとも、変わらない事実なんだ」
2つの因子が活性化した俺は、すでに不老不死者すらも超えた化け物だ。
けれど、同じ自分を前にすれば、それは微塵も意味を持たないものへと変わる。なにせ、全く同じ力を持ったやつが相手なんだ。加えて、相手は俺よりも力の使い方がわかっている。
相手にならないだろう。普通は。
「希望だの、絶望だの、そこらへんの高校生のガキにみんな口を揃えて言いやがる。うんざりだ。あーもう、うんざりだよ。俺は普通に生きていたかっただけなのに、どうしてもみんな――まして、自分自身にまで、お前は“特別”だって言われなきゃいけないんだ」
3度目のトリガーは、おそらくカインとの直接的な会合だ。
あのとき、タナトス――に化けていたカインは、俺にトリガーを踏ませたに違いない。俺の左目には、どうすればいいのかの方法が確立している。これも全て、3つすべてのトリガーを踏み、全ての因子を活性化させたおかげだ。
行き先と思い返す過去のない世界。
全ての時間軸から孤立させられた、終末世界。
それを、俺は――。
「まさか、ありえない……世界の記憶を――過去も未来もない、行き止まりの世界に不死性を与えるつもりか!?」
「知ったこっちゃねーよ。俺は世界を救いたくない。大切な仲間を守るために、世界を救わなくちゃいけないっていうから、仕方ない。心底やる気にはならないけど、俺が全部救ってやるよ!!」
世界五分前仮説というものを、知っているだろうか。
実は、世界は五分前に作られたという仮説なのだが、詳しいことは俺もよくわかっていない。
とにかくあれだろ? 頭のいい学者が思いついた、世界の概念の解き明かし方なんだろ?
過去も未来もない世界だって? えぇ?
なら、俺がそれを与えれば、この終末論は止められるはずだよな!?
「聞いてんだろ、くそったれ!! 死にかけの蒼い星!! 俺はお前に産み落とされたわけじゃないけどな。お前が脈々と受け継がせた子どもたちが悲鳴を上げてんだよ! 少しはふんばれ、クソ野郎!!」
過去がなければ、俺の知る世界のあり方を付け加えてやればいい。
未来がないなら、パラレルワールドから引っ張ってくればいい。
俺になら、それができる。カインによって活性化された因子は、時の概念。世界で初めての不老不死者、カインが見つけた世界矛盾は、死してなお行き続ける人の心の物質化だ。
不老不死の恩恵は、決して世界が与えた贈り物ではなかった。何もかも、全てはカインが見つけ出し、あたかも世界からの贈り物だとしてしまったことにあった。
そして、その能力を俺は今、扱うことができる。
「起これ、世界の新芽!! 過去も未来もくれてやる!!」
崩壊が止まった。右手から発せられていた光が止み、急速に世界は再生を始める。
「惑星の不老不死化……俺の夢が、砕けていく……」
戻る。戻っていく。
人も、緑も、動物も。蒼い星は、やはり覚えていた。
唖然とする幽王は、俺とともに崩壊以前の地球に飲み込まれていく。
やがて、俺の周りには見たことのあるやつが立っていた。
白が混じった黒髪の子供、生まれ変わった黒崎颯人が、憎たらしい笑顔でそこにいる。
「立てるか?」
やははと笑いながら、手を伸ばしてくるのを見て、初めて自分が腰を抜かして倒れていることを知った。
伸ばされた手を掴むことはなかったが、俺を取り囲む捨てられなかった仲間たちを目の当たりにして、自然と笑みが出た。
一方、幽王の側にも人はいる。世界の崩壊とともにいなくなっていた幽王の仲間たちだ。といっても、初めの頃とは違い、人数は大幅に減っている。
「やはり、お前を最初に始末しておくべきだった。俺としたことが、とんだ過ちを犯したものだ」
「まだ、そんなことを言ってるのか」
「諦めきれるものか。俺という存在以外、あらゆるものを失った無力の王が、死ぬことすらも許されないなんて言う事実、信じられるものか!!」
仮面の上からでもわかる強烈な怒気は、かつての俺を震え上がらせるものだった。けれど、今の俺にはどうにも効き目はあまりなさそうだ。
何かが変わったのだろう。その変化を、俺はわからないでいる。
一歩前へ。視線は幽王に向けたまま、俺は今度こそ覚悟を持って口にする。
「幽王。ここは俺の世界だ」
「違うな。ここは終点だ」
本当の意味で、最後の戦いが始まろうとしていた。





