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希望の光

 何度、夢見た情景だっただろう。おそらく、この世界を殺すと決めてから永久とも思える時間を、ただひたすらに思い描いた景色だったに違いない。

 御門恭介……幽王は、夢にまで見た燦々たる結果を目にして、あろうことか感嘆していた。

 大地の割れる音を聞き、空の裂ける様子を目にし、生きるものが丸ごと死滅していく地獄絵図を目の当たりにして、彼はただ、悲しそうに息を吐く。


「お前がやったことに、お前が後悔をするんじゃねぇよ」


 少なくとも、この場において聞こえるはずのない言葉を聞いたにも関わらず、幽王は驚かない。

 むしろ、あって然るべき声であると、さも当然のように声の主を見た。

 純白の翼と白銀の龍翼を背に、乳白の龍麟からなる鎧を身につけ、あらゆる終末の回答を記した七冊の本を漂わしながら、頭には幽王がかぶることを許されなかった錆びついた王冠が載っている。


 御門恭介だ。

 幽王ではない、最後の世界の番人たる少年が、そこにはいた。


「お前が来たところでもう遅い。この終末論は解答のない終末だ。お前にどうこうできるものでは……」

「やっぱ、勘違いしてるよ」

「?」


 勘違いをするほど、短慮なわけではない。

 事実、終末を打破できるものは世界の番人以外にはおらず、この終末は世界の番人でさえも淘汰することが敵わない本当の終わりそのものである。自らを終わらせるには、世界というそれ自体を終わらせる必要があった。

 ゆえに、御門恭介にもどうにもできない状況を作り出す必要があったのだから。


「世界がどうの、誰これがどうのと、洒落臭い。要はテメェ一人じゃ死ぬことすらできないから、みんなを道連れにしようってことだろうが。俺だって右往左往して、優柔不断なままに生きてきたけどさ。お前ほど狂っちゃいなかったぜ?」

「なんと言われようと、すでに終わった話だ。お前にこの終末は止められない。善悪が逆転した世界はもう元には戻せない」


 この瞬間に、人間が生き残っているのならば、現状を終末だと言うだろうか。それとも、別の言葉を充てがうだろうか。

 しかし、この惨状を目にできるのは、およそこの事件に関係しているものだけだ。そして、この悲惨な結末を見られるものたちは、まだ諦めてはいなかった。

 その筆頭とも言える過去の自分、あるいはあり得たかもしれない自分は、高らかに……分不相応にも右手を天へと掲げた。


 それが意味することを、幽王は予感できる。

 黒い鉄仮面の下に隠された自らの顔が、両の目を義眼へと換え、目的を遂行しきったと思いこんでいたがゆえにその予感は予想外のものだった。


「俺に世界は救えないって? よくわかってるじゃないか。俺に世界は救えない。だから、俺は世界を救わない。ただ――」


 御門恭介の右手から光が散る。よく見れば、その光は右手から現れたものではない。カインが作り出した究極の義眼の一つ。知識を吸収し続ける左目、もしくは遍く知識をもって世界を救世する左目だ。

 幽王が最も欲し、最も恐れたオーバーテクノロジーの産物が、この土壇場で力を見せ始めていた。

 幽王の手が震える。武者震いではない。恐怖でもない。言葉では表すことが難しい感情が、ただそうさせた。


 御門恭介の左目はすでに本来の姿ではない。

 幽王が摘出し、御門恭介の左目として復活を果たした時点で規格外のものへと変わり果てていた。

 幽王はその理由を、御門恭介がカインの作りだした人間であることと、御門恭介の世界矛盾が自己の体の時間を巻き戻した事による副産物であると考えていたが、この状況を見て考えを改めざるを得なかった。


「お前が気に入らない。これから先の未来で一体何がどうなれば、そんな中二病臭い考えに巻き戻るんだよ。なんでもかんでも戻してたら中二まで戻っちまったのか?」


 皮肉を言ったつもりだろうが、幽王には響かない。

 それをわかっている御門恭介は別に今の言葉で行動を考え直してほしいとは思ってはいなかった。ただ。自分がどれほど幽王を嫌いであるのかを認識させたかったに過ぎないのだ。

 では、それを認識させた上で、御門恭介が何をしているのかについて、幽王は考えた。


 退廃、荒廃、衰退と崩壊の限りを尽くした過去も未来もない世界。幽王の積年の結晶である現状は、まさしく思い描いた通りの世界それそのものだった。

 過去にも未来にも行けない世界こそが、世界の守護者を殺す唯一無二の手段だ。つまり、幽王……御門恭介を殺す手段は、この方法を除いて他にはない。

 人類ないしは御門恭介にとってこれ以上にない劣勢である今に対して、どのようなアプローチがあるというのだろう。


 伸びる光球の粒子の柱は、やがて天窓になる。

 浸透していく光は、少なくとも終末世界には似つかないものだ。

 だからこそ、幽王はこの世界に似つかない言葉を思い浮かべてしまった。


「…………希望の光」


 聞いたことはあっても見たことはない。大方の人間はおそらく見ることもなく死ぬのが当たり前の幻想の名前を口にした。

 他意はない。ただ直感がそう言葉にした。

 思いがけない言葉を発したことにハッとなり、幽王は口を手で押さえてしまう。信じられないという眼差しは、それでもあり得たかもしれないという不可思議を内包して、静かにことの顛末を追う。


「俺は子供だからさ。世界なんてものに興味はないんだよ。ただ、俺に優しい誰かが周りにいてくれれば、それだけで良かったんだ。そうだろ?」

「それを……許せなくなる日が来るんだ」

「だから世界を終わらせるのか。なあ、それはワガママが通らない子供のそれだよ」


 わかっていたはずの現実の刃を向けられて、幽王は言い返すことが叶わなかった。気がついていて、目を背けていたものを叩きつけられた衝撃が、久しく心臓の鼓動を感じさせる。

 御門恭介は大人になったわけではない。子供のまま、大人になりきれていない自分を見つめることで、察してしまったのだろう。

 こうなったのは幽王の策略か。それともカインか。あるいは、御門恭介の別の人生なのか。


 事実に原因をこじつけることはできても、断定はできない。

 しかし、たった一つだけ。

 御門恭介が幽王に向けて……不甲斐ない、あり得たかもしれない自分の鏡像を目に捉えて、輝く右手を握りしめる。


「お前のワガママに付き合うのはもうやめた。これからは俺のワガママに付き合ってもらうぞ、幽王!」


 世界が咲いた。光は世界を、青い惑星を包み込み、新たな可能性を掴み取った。

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