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神の夢

 「英雄」とは、危険や困難に立ち向かい、勇敢で統率力のあるヒーローのことだ。


 その少年は英雄と呼ばれた。

 その少年は英雄に憧れた。


 まばゆい極光は人々をひきつけ、自らの目をくらました。

 増大する悪は常に己の中にこそあることを、彼は知らなかった。


 守るものは同じ。


 たった一人の少女の、『願い』であったにも関わらず。


 世界が終わる。世界を終わる。世界は終わる。

 回る輪廻を断ち切って、少年はかつての約束を奪い返す。


 失ったものはたった一つ。

 生きていい赦し、あるいは、生きろという声。


 世界とはなにか――

 この矛盾の答えこそ、少年が守らなければならなかったものに違いない。






 思えば遠いところまで来てしまった。

 右手には天國守夜鴉。左手には美少女な妹。隣には転生した父親。前には哀愁漂う自分自身。

 何がどうなればこうなるのだよ、なんて言葉はもう口からでそうにない。行き場のない言葉は飲み込んで、消化するしかなさそうだ。


 疲れ果てている妹の顔を覗き込む。

 やっぱりかわいい。ムカつくが、美形の両親を持つだけあって可愛らしい。

 でも抱いた感じ、ひどく軽いものだから、ちゃんと食べてる? とか兄貴風を吹かせたくなっちゃうのが不思議なものだ。


「すまん、遅れた」

「後で死んでくれれば許したげる」

「え、それはちょっと……」


 冗談が冗談に聞こえないよ、マイシスター? 冗談だよね?


 一旦の終わりを迎えた世界が、みるみるうちに復活していく。まさしく圧巻と言わざるを得ない光景だが、見惚れるには状況が劣悪すぎる。

 過去から現代に戻ったタイミングで腰に名刀が携えられており、それをとっさに抜いて切っ先を向けている次第だ。けれど、幽王には効果は薄そうだな。


「不老不死者を脅すには、名刀じゃ不足か?」

「お前はこめかみに拳銃を突きつけられてビビるのか?」


 ごめん、それは普通にビビる。


「魔女の心臓を揃えた俺に怖いものはない。チェスで言うチェックだよ。お前は逃げるか、一発逆転を狙うほかない。それがわかっていれば、死など恐怖の対象には成り得ない」

「どういう人生を歩んだら、そこまで根暗になれるの、俺……」


 今でも十分根暗な人生に思えるが、幽王ほど暗くはないと思う。むしろ、こんな事件に巻き込まれていなければ、実質ハーレム状態で遊んで暮らしてたからね。

 そう。幽王がいなければ、俺は不老不死者になんてならなかっただろうし、関係は違えど麻里奈とも仲良くやっていたはずだ。何より、麻里奈が死ぬようなことはなかった。


 すべて、こいつがいなければよかった。そう。そうだ。

 なのに、俺はもうこいつを憎めない。


「お前は麻里奈を殺した」

「そうだ」

「お前は俺から大切なものを盗んでいく」

「当たり前だ」

「お前は最後に残ったこの世界すらも終わらせていこうとする」

「それがせめてもの償いだ」


「それでも、お前は俺だ。俺は……お前なんだ」

「一緒にするな!!」


 いいや、一緒だ。何一つ変わりはしない。


 大きすぎる力は何かを守るために。

 鉄の仮面は決意を曲げないために。

 仰々しい格好は虚勢を張るために。


 お前はまだ、俺より一ミリも成長なんてしちゃいないよ。弱っちいままだ。

 弱いのに、何かを守りたいと願ってしまった俺から成長していない。


「御門恭介は弱い。眩しい幼馴染の背を英雄と見間違えて、英雄に憧れてしまった。お前は、英雄になれたのか?」

「…………黙れ」

「大切なものは増えたか。そいつらを守れたか。お前は、お前の在り方に満足できたのか?」

「黙れ…………英雄に……英雄になれたのなら、俺はこんなところで絶望などしていない!!」


 虹の炎が幽王の右目から滾っている。怒りの感情が、まるで炎になったように強く脈打っている。

 颯人たちが警戒するが、俺は一歩前に出る。

 虚勢だとわかっていたから。幽王の動きなど、手にとるようにわかってしまう。なにせ、俺自身なのだから。


「英雄になれなかったから、間違いを正すんだ。俺という不出来な英雄を生み出さないように、過去に後悔を連れて無限のパラレルワールドを旅してきた。ここが終着駅だ」

「文字通り、ここが最後の世界ってわけか」


 予想もできないほど、たくさんの旅をしてきたのだろう。

 自分自身を殺し続ける旅路だ。どれほど精神をすり減らしたかわかるものか。かつて、大切だと思っていた人が、自分ではない自分と仲良くする姿を見せつけられる人生だったのだ。


 俺なら、とか。軽々しく口にできない。

 幽王の行いは、きっと間違いではない。ただ、正しくはなかった。


「ここで死ね。御門恭介。お前がいると、世界が不憫だ」

「嫌だね。世界が不憫だとか関係ない。俺は俺だ。俺みたいな弱いやつにどうこうされる世界が間違ってるだろ、普通!」


 幽王が右手を挙げた。目の炎が立ち上がり、扉を形成する。解錠し、どこかで見た無数の目がこちらを睨んでいた。

 身の毛もよだつとはきっとこのようなことを言うのだろう。全身の鳥肌が立ち上がり、嫌な予感が脳裏をよぎる。


 程なくして、その目が天上の窓の向こうにあった善神の目であることを思い出す。

 どうやら、善神の出入り口は天上の窓だけではなかったようだ。


「話は終わりだ。最後の終末論を紐解こう。神々の夢は今に果てる」


 幽王の手には一冊の手帳がある。それを俺の左目がすぐに解析して、情報を直接脳内に刻み込んでいく。

 レオナルド・ガーフェンの最後の手記だ。内容は……。


「神々による。創造主の創造――」

「〈アポ・メカネス/テオス〉。外なる宇宙の創生者……これなら、この宇宙を一つの世界として不死性を与えられた俺たちを消滅させることだってできる」


 これが幽王の切り札ってわけだ。

 不老不死者を殺す方法は二つ。一つは再起不能になるまで精神を殺すこと。もう一つは、存在を消し去ること。

 幽王は後者を選び取ったということになる。


 しかし、幽王に切り札があるように、俺だってちゃんと持っている。とびきりのジョーカーをな。

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