RE;スタート
燃える燃える。風景が瓦解する。
地面は歪に呼吸し、天は五つに割れて醜悪な存在が顔を見せる。
辛うじて生き残った人間が思う。世界の終わりがやってきたのだと。
この騒動に組みしている者、食い止めようとする者、希望を待ち望む者たちは片隅で覚えていた。この終わりにはまだ、足りないものが存在すると。
世界はまだ終わってなどいなかった。真に最後となるパーツが存在してたから。空にて胎動する汚れた善神は、放たれてなどいないのだ。
御門恭子。
幽王が手にした最初のパーツにして、逃げ出された最後のパーツ。彼女の心臓を持って、世界の終わりは歩みを始める。しかしながら、彼女を守る者はこの時代にはまだいない。あと少し、ほんの数分で間に合うはず。
逃げ出した彼女の目の前には焉燚の劔をもつ幽王が刃を向ける。
「希望は失われた。四人の魔女の心臓は手に入った。最大の障害だった御門恭介の心を折り、殺害した。お前を助けるヤツなんてどこにもいやしない。これが現実だ恭子。結局、この世界はお前を幸せにしない」
「そんなこと……ないよ……パパ」
九二四七回の死。惨殺、斬殺、撲殺、絞殺、刺殺、欧殺、毒殺、薬殺、扼殺、轢殺、爆殺、鏖殺、圧殺、焼殺、抉殺、誅殺、溺殺、射殺、銃殺。あらゆる方法、技術で全身余すこと無く殺し尽くされた。
さしもの不老不死者でもこれほどの死を三日三晩休むこと無く受け続けて気力を途切れさせることなくいられることは奇跡に近い。
無論、立てるほどの精神力は残っていない。瞳は濁り、生気を失いかけている。いったい、あと何度の死に耐えられるだろうか。幽王にとって、彼女の魂に価値はさほどない。必要なのは世界を終わらせるための鍵となる心臓のみだ。魂が死んでいようが構わない。
幽王が持つ劔が振り上げられる。慣れた死が歩みを寄せてきた。再び死ぬのだと、そう覚悟した恭子の前に影が現れる。
「俺の娘に何してやがんだ、クソガキ」
瞬間移動。例えるなら、そのような現象が起こった。恭子にとって聞きたくもない人の声。だが、心のどこかで安堵に浸れる、そんな声。
濁った瞳に生気が戻る。目に写ったのは、自らを生み出した片割れ……本当の父親である黒崎颯人だった。
「どうしてお前が……終末論により世界というシステムが破綻した場所で、この世界の矛盾に縛られているお前は生きていられないはず……」
「さぁてな。テメェの頭で考えてみな。概ね、すぐに答えは出るだろうさ」
終末論とは、世界というシステムを破綻させるバグのようなもの。終末論の発動によって修正不可能なまでに傷つけられた世界はエラーコードの積み重ねにより破綻する。世界が破綻すれば、世界の保持機能で生きながらえている不老不死者たちは削除、あるいは不死性を失うことになる。影響がないのは、この世界の住人ではない幽王と御門恭子だけだ。
未完とはいえ、終末論の重ねがけを行って世界のシステムを破綻させたのだから、不老不死者である颯人がここにいるわけがないのだ。
けれど、颯人はここにいる。娘である恭子を守るように前に立っている。
なぜ? ここにいるべきでないものは現れる理由はなんだ。
「…………っ!」
左目が痛むのか、幽王は手を当てる。苦悶の声を押し殺しながら、一つの結論にたどり着いた。
笑いがこみ上げる。死にぞこないの妹と、転生した父親を前に、幽王は大きな笑いを起こした。
逃げ出した御門恭子が、死の恐怖から逃れようとしたのではなく、希望を見出したのだとすれば?
世界の破綻を受けて、いないはずの者の理由が、世界が破綻していなかったのだとすれば?
ありえない話ではない。考えうる一つの仮説を、実証できる人物を幽王は知っている。
死んでなどいなかった。殺してなどいなかったのだ。そういう奇跡にも満たない僅かな可能性を掴み取る者を、幽王は一人だけ知っていた。
「まさか……まさか、生きていたとはな。世界の破綻を戻せるのは、過去に後悔を持っていける俺自身。つまり、御門恭介……お前だけだった」
「だから、お前は俺の心を折る必要があった。あの時はそこまでたどり着いていなかったにしろ、いつかたどり着く場所だったから」
「そうだ。だから心を折ったはずだった。しかし失念していたよ。いや、考えもしなかった。恭子が、自分の父親を助けるように動くなんて」
紅の炎に包まれて、死んだはずの男がやってきた。
その歩みを持って世界を再生する事ができる、唯一の男が。
「まだ終わっちゃいないぜ、幽王。俺がお前を止める」
「なぜ?」
「麻里奈が、この世界を愛していたように。どうやら、俺もこの世界を嫌いじゃなかったんだよ」
帰ってきた御門恭介が右手を天に掲げる。幽王は直感で、何をしようとしているのか勘付いた。だのに、止めようとはしない。
故に、恭介は障害なく実行した。
「戻れ、在るべき姿へ。誰もが望んだ、あの眩い情景を……もう一度」
溢れた水を戻すように、世界が逆転する。
天は一つに、地は青々と、汚される遥か前に後退する。
その様子は、まさしく奇跡を超えたものだった。
元通りになった世界に、恭介の背後には彼の仲間が。目を向けられる幽王は不敵な笑い声を出す。
「幽王。お前との決着をつけよう。お前に、この世界は終わらせやしない」
「あぁ。御門恭介。お前では、この世界は救えない」
向き合う両者。最後の戦いは目前にまで迫っていた。





