天輪の守護者
燃える木々は、もう黒く染まり。
戦いは終わり、残ったのは神だったものの残骸と、虚しい勝利者だけ。
だからといって、この戦いに意味があったのかなどと、陳腐な言葉を吐き捨てることはしない。
間違いなくロキは強敵だった。今回も勝利できたのは奇跡だったと言わざるを得ないだろう。しかし、俺にはまだ最大の敵が残されていた。
――――幽王。
世界を終わらせようと画策する別の世界の俺自身。俺はヤツのことをよく識っている。ヤツもおそらく俺のことを詳しく知っている。故に、時間が残されいないことも明白だった。
俺を認めた恭子に、足早に元の世界へ戻る方法を聞き出す。
「どうやって元の世界に戻るつもりなんだ?」
「せっかちだね。いいの? この世界の麻里奈ちゃんにお別れをしなくても」
「幼い麻里奈に別れの挨拶をすれば、未来で麻里奈は戻ってくるのか? ここで強く生きろと言えば……あの時、麻里奈は死なずに済むのか? 答えは初めから出ているじゃないか」
「なんだかつまらない解答だなぁ」
別に面白さを狙った解答なんてしていないのだから当然だろう。
それよりも、時間がないことは恭子自身も理解しているはずだ。なにせ、未来の恭子が生きていないと、俺達は正しい未来に戻ることができないのだから。
俺は未来に戻る方法を知っている。左目の開放により、必要以上に情報を読み取ってしまうがゆえ、知りたいことも知りたくないことも、遍く情報がただ流れ込んでくるのだ。
恭子がなぜ、終末論と戦うことができたのか。なぜ、過去の世界で未来の記憶を保持できているのか。恭子が見つけてしまった世界矛盾とは何なのか。
光輪が咲く。夕焼けよりも濃いオレンジ。鮮やかに白の輝く閃光を放つ炎の輪。それが天使の輪の如く頭上に現れた。
行く気だ。
そう直感して、俺は天命を待つ。
しかして、ハプニングは突然現れた。背後……およそ一五メートルのところから、声が聞こえる。幼い、なのに聞き覚えのある懐かしい声。今、一番聞きたくない人の声だった。
「お兄さん!!」
「…………」
「待ってよ、お兄さん!!」
「どうして……」
戻ってきちゃったんだよ、麻里奈。
振り返る。そこには確かに麻里奈がいた。知っている姿。それでも幼すぎる容姿。過去の遺物のように、俺の視界に飛び込んでくる。失ってしまった大切な人によく似すぎた彼女に、思わず涙がこぼれそうになる。
戻ってきた理由など、他ならぬ俺が知っている。
なぜを聞けないことなんて、昔からそうだった。
彼女は……麻里奈はいつだって勝手がすぎるのだ。いつも俺の前を歩きすぎていたのだ。それは幼い麻里奈であってもそう。俺はいつまで経っても、麻里奈の前はおろか、横にすら立たせてもらえない。そんな彼女だから、俺は目標にした。やがて追いついてみせるのだと、そう過信した。
だから、お別れの言葉など不要なのだ。今、こうして彼女に会えることこそ、いわゆる奇跡なのだから。
「君らしく生きろ」
「え?」
「誰かを大切に思う君が、俺は誰よりも綺麗だと思った。誰かを守ろうとする君が、誰よりも脆いと思ったんだ。麻里奈。どんな生き方でもいい。君が君でいられる、満足のいく生き方をするんだ。絶対に、後悔をすることが無いように」
「お兄さん……? どこかへ行っちゃうの?」
どこへも行かない。ただ、在るべき場所へ戻るだけだ。
そこに今の麻里奈はいない。今ここで、何を言おうと未来は変わらない。なら、この言葉は意味のないものとなる。それでもいい。結局は自己満足の言葉なのだから。
恭子を横目で見る。ニンマリ顔が目に写って、釈然としなかった。だが、どうやらまだ時間はあるらしい。最後に何か……言い残したことはなかろうか。
「……してる」
「な、なに? 聞こえ、ないよ?」
「愛してる。今の君も、別の君も、俺は……神崎麻里奈を愛してる」
「おに――」
時間だ。恭子から放たれる光が強くなる。
見ると、恭子の背には血のように赤い炎が羽のように8つに分かれて羽ばたく。
世界矛盾は遺伝する。
ロキの言ったことは本当だった。時間についての世界矛盾を発見した母親と父親から生まれた俺の世界矛盾は過去へ後悔を持っていくものだった。そして、颯人と美咲さんにはもう一人子供がいたはずだ。
御門恭子。あるいは黒崎恭子。
彼女は俺とは違い、純粋な二人の子供。ならば、その世界矛盾は時間に関するものである予測がつく。さらに言えば、世界矛盾は重複しない。同じ効果を持つ世界矛盾は存在しないのだ。過去現在の世界矛盾は見つけられた。加えて、彼女の世界矛盾で元の時間へ帰ることが出来るとなれば、もう結論は出ている。
「矛盾解消――――流転する天板を壊せ、《天輪の守護者》」
過去現在未来。あらゆる時間を支配する天体。およそその星を知らない生命体は存在しない。究極のエネルギーを内包した炎の星。
御門恭子の世界矛盾は太陽の星霊との契約という、父颯人が成し得なかった所業を単独で成功させたもの。
「これが太陽の守護者の能力……」
「そ。どうどう? 私のいた世界では“最強の世界矛盾”って呼ばれてたんだけど」
「それでも突破できない終末論があったわけか……嫌になるね、まったく」
凄まじい熱量だ。死に至るほどではないが、一般人では到底気を保つことすら困難であろう。麻里奈もこの熱にあてられて気絶してしまっている。すぐに神埼の婆さんもこちらに来ることだろうし、放置していても問題はないはずだ。
それに、神埼の婆さんの刀にヒビどころか、折っちゃったから顔を合わせづらい。
準備が出来たといった顔の恭子に首を縦に振る。
「じゃあ、行くよ。私を守ってね、お兄ちゃん?」
「任せろ。幽王は俺が止める。もう迷うことはない」
更に光が強くなる。視界が白く染まっていく。完全に視界が奪われていく最中、恭子の声が響いた。
「“螺旋時空”」





