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勝敗の定義

 蕩けて侵食していった体を両腕を除いた上半身だけを残してすべて食べられたロキが仰向けで地面に倒れている。もう、ロキに神としての威厳も、終末論としての威圧も存在しない。あるのは……そう、満足そうな雰囲気を醸す人のような何かである。

 そんなロキに近づき、あえて覗き込むようなことはせずにただ話しかけた。


「満足したか?」

「えぇ……十分に」

「俺は合格か?」

「言うまでも……無いでしょう」


 初めから、こうなることがわかっていた。まるでそう言いたそう。

 実際、ロキは世界を終わらせるために終焉の獣と成り果てた。だが、かの神には確信があったのだ。世界は絶対に終わりはしないという確固たる結論があった。

 故に試した。その確信が、自分の思い違いではないか。もしくは思い過ごしではなかろうかを確かめるために。全てを取るか、失うか。この神はやはり、狡知という名前がふさわしい。


「長い……長い沈黙の日々。時代は人を選び。世界はいつまでも人を信じられず。神はただ傍観を決め込んだ。吾はねぇ……御門恭介殿。貴方が……羨ましくて妬ましい」

「それは……俺が世界を救う器に仕立てられたからか? それとも、俺が正義でお前が悪に仕立てられたからか?」

「どちらも違う。吾は……人間を救いたかったのではない。世界を導きたかったわけではないのだ。ただ……この終わりの見えた世界において、先を目指す子どもたちを永遠に見ていたかった」


 その願いは叶えられたはずだ。少なくとも、世界の敵にならなくちゃいけない理由はどこにもなかった。

 しかし、ロキが成そうとしたことの大まかな全容を左目の結論によって知ってしまった俺には、彼を罵倒することは敵わない。なぜなら、この神は……。


「こうすることしか……できなかったのか? お前は狡知の神だ。もう少しうまくする方法だってあったはずだ。こんな……こんな終わり方を選ぶなんて……」

「狡知…………だからですよ。吾は所詮悪賢いだけの神。どうあっても、吾の目指す世界は、吾では作れない。……故に、吾は狡知であろうとした。狡知であるがための世界の救い方を模索した。そうして……出てしまったのが、この結論、この結果、この行く末。吾自身が愛すべき子どもたちの最大の敵となり、貴方という希望に討たれることで、世界の明日を作り出す」


 ロキは、望んでいた。人類が繁栄せずとも、平穏に生きていける未来を。世界という枠組みの中でもがき苦しまなくても良い道筋を探し続けていた。その結果がこれだった。自らが敵となり、人類の最終兵器と呼べるもので討たれ、人類が世界という大きく狭い枠で潰れてしまわないようにする、ただそれだけのために。


「馬鹿だ。あんたは馬鹿すぎる」

「不器用と……そう言い給え。その言葉は、命を賭した決死の決断を愚弄する」

「なぜ俺を選んだ。俺は、あんたが思うようなやつじゃない。俺は……愚者だ。何度も何度も大切な人を失い続けた、ただのアホなんだ」

「無論……貴殿でなくても良かった。全てに未来を与えてくれるのであれば、誰だって大差なかった。しかし……あぁ……しかしだね、御門恭介くん。吾は、ぜひ君に救ってほしかったのだ。他でもない。君自身……大切な人を守れず、嘆き藻掻きながら苦渋の果に潰れそうになる君に、吾の子どもたちを託したかった」


 失う運命にあると言っても過言ではない俺の人生に、自分の大切なものを託すだって?

 それはおかしい。託すなら、信頼に足る……それこそ、大切なものを絶対に失わないやつに託すべきだ。俺ではなく、もっと他にいるはずなんだ。

 それなのに……。


 顔面にひびが入る。おそらく限界が近いのだ。

 ロキという神格は終末論化を起こし、その終末論を俺の発動した“神殺しの白”が食らい尽くした。すなわち、目の前にいるロキは残骸に過ぎない。“神殺し”とは時列に点で存在する神を、全ての時列において同時に消し去ることにある。

 神格を失い、神殺しの影響にさらされたロキに、残された猶予はもう幾ばくも残されていないはずだ。


「失うかもしれないぞ」

「それでも、善いのです」

「お前の選択は愚かだと言われるかもしれないんだぞ!」

「その時、吾はすでにこの世界には存在し得ない」

「あんたは! 俺に……何を望んでいるんだ……」


 すっと、短く息を吸い込んだかと思えば、ロキは晴れやかな表情で続けた。


「未来を。この終わりの見えた世界が、終わってしまうのなら少しでも最良の未来を。続くのなら、最大限の幸福を。生きとし生ける全てが、およそ苦しみという感情から開放される、そんな未来を。貴方には見守っていてほしいのですよ。常勝の化け物――いいえ、“常勝の英雄(エウヘメリア)”。吾は、貴殿を信じてる(・・・・)


 氷が割れる音がした。同時にロキの姿が小さいガラス片のような、あるいは砂のように崩れ去った。

 自らの命を燃やし、愛したものを自分なりに守ろうとした神……ロキの行動に何も言えなかった。終末論と化してまで、何かを守ろうとしたヤツの一切に、文句を言えるものなど存在しない。いるとすれば、それは……同じことをしようとしているやつだけだ。


「終わったね、お兄ちゃん?」

「……恭子か。今までどこに居た。ちゃんと、麻里奈を守ってくれ。何度か、こっちに戻ってきてたぞ?」

「私、そんなこと約束した覚えないよ? それに、私が彼女を守る義理もないしね」


 白々しい。左目がフル稼働している今の俺なら、言葉にせずとも見えてしまっている。恭子は麻里奈を安全圏まで一旦避難させていた。それを、麻里奈が無理やり戻ってきたのだ。しかも、恭子は麻里奈に被害が及ばないように小細工をいくつもしていた。

 何が守る義理はないだ。めちゃくちゃに守っているじゃないか。


 左目で恭子の行動を観たついでに、ロキとの戦闘に関与しなかった理由を見通した。

 どうやら、元の時代の恭子が瀕死に追いやられているせいで、十分に力が出せなかったようだ。加えて、恭子は俺に自らを……そして未来を託してもいいのかを観察していたらしい。

 息を吐き、恭子に尋ねる。


「俺はお前のお眼鏡に適ったか?」

「……あらら、視られちゃったか」

「不用意に観察されるようなら、わざとだろ。それで、返答は?」

「合格……というか、必要十分を逸脱しすぎてる。予想を遥かに超えてるよ、今のお兄ちゃんは」

「そうか」


 淡白に返す。興味がなかったのもある。けれど、それ以上にこれからやらなきゃいけないことを思い出すと、面倒という言葉がしっくり来る。

 ロキを下し、残るは美咲さん。そして……。


「幽王……お前は……」


 戦いに勝利はした。なのに、虚しさだけが心に残った。

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