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最も優しく最も狂った神

 世界のありとあらゆる終末、あるいはそれについて論述された《終末論》を収拾し、編集し、自らの結論とそこから導き出された那由多の終末についての考察が記された本が、レオナルド・ガーフェンという人類がまだ、人類としてなかった時代に作成されたらしい。

 そして、終末を考察し終えた者なら、当然その逆……救済を記す本があってもいいはず。

 その本というのが、俺の背に浮かぶ金装飾の七冊の本。


――――《アンサーズブック》


 終末という、人類の未来をかけた問いかけに対する回答がゆえに、この名前を彼は付けたらしい。

 本来存在するはずのない本。どうしてそれがここにあるのかというと……。


〈レオナルド・ガーフェンは七二個の名を持つマイスター、《拒絶者》カインの偽名の一つです。故に、その情報を観測することは蒐集に特化した当機であれば当然可能です〉


 というわけだ。

 まったく、初めから最後までカインという名前が出てくる。この左目も、終末論という論述も、全部カインとかいう俺のもうひとりの父親が仕組んでやったことなんじゃないかと疑いたくなる。

 ともあれ、終わらせるばかりでなく、それに対抗しうる道を作ってくれていたことだけは感謝しなければならない。もし、回答がなければ俺はカンニングなしで無勉強で神代終末論であるロキと戦わなければならなかったのだから。


 《アンサーズブック》の一冊“神代における黄昏を踏み越えた終焉シナリオの打開”というタイトルの本を開く。そこには本当ならば読めるはずがない文字。この時代に存在し得ない解読不能な記号列で記されたデータがある。

 幽王の持つ右目なら、この記号列を難なく読み解けるのだろうが、蒐集に主軸をおいた俺の左目では満足に読み解くことは不可能だ。

 しかし、無限とも言える知識を内包した左目であれば? 読み解くのではなく、類推をするのならば時間をかければ俺の左目でも可能なはずだ。


〈類推をするに当たり、未来予知の機能およびその他の支援が解除されます。よろしいですか?〉


「類推に対する完了予測時間は?」


〈およそ五分です〉


「五分間、世界を終わらせなければいいんだな。よし、やれ」


了解アクセプト


 左目が暗転する。視界が一気に不安定になるが、本来の俺の視界はこういうもののはずだ。困るとすれば、これから五分間はロキの攻撃に直感で対応しなければならないという点。

 まあ、怪我をなかったことに出来る今の俺ならば、問題はないだろう。それよりももっと注意しなければならないのは、ロキが本気で世界を終わらせようとしないか、だな。

 この五分間、ロキが終末論を用いて世界を終わらせることになれば、俺に対処することは不可能だ。

 今はなんとしても、ロキの意識を戦いに向けさせなければならない。

 本は開いたまま空中に置き、刀を握り直す。


「世界とは……なにか……? ふ、ふふ……ふふふふふ…………あはははははひゃひゃひゃひゃひゃ!! 生来……否、元来……人は、それに答えを求めすぎた。故に、故に故に故に故に! 文明は破壊と新生を繰り返してきたのだ。それを……それをあんなんた如きがぁ? 答えをぉ? 出すぅぅぅぅぅ!?」


 狼の大顎が開閉を繰り返すたびに地面が、空気が、水が、炎が、あらゆるものが空間とともに丸々と消えていく。口から吐き出される瘴気は森を灰に変え、蛇の毒液が地面を侵食していく。馬の蹄が踏み込まれるにつれて地響きが起き、世界は確実に終末へと歩んでいくよう。

 まさしく化け物。そう表現されるために存在しているようなモノの前で俺は立っている。

 しかしながら、そんなモノを相手取らなければならない。同じ化け物である、俺が。


「もちろん。俺じゃ役不足だってことくらいわかってるさ。でも、それがヤツ……幽王が求めた(・・・・・・)俺の在り方だ」


 幽王は世界を終わらせようとしている。……なぜ?

 今までの俺はそれを考えてこなかった。世界を気まぐれに終わらせようとする人間はいない。人間がベースである不老不死者にだって、世界を終わらせる理由は限られてくる。

 なぜ。世界という有象無象を敵に回してまで、あるいは超自然現象で終わりが見えているというのに、一個人たる幽王が世界を終わらせなければならないのか。


 おそらく、幽王には別の目的がある。

 御門恭子も、神埼美咲も、アジ・ダ・ハークも、カオスも、ロキでさえも、幽王の仲間たちが皆一つの理由で動いていないことを知って、考えざるを得なくなった。

 そして、俺はその理由に気が付きつつある。

 それが、今の俺の姿であり、結果でもある。


「何を……言って……」

「知らなくていい。ヤツがお前に告げていない以上……そして、俺がお前の終末論の答えである以上、これより先、お前が求めるのは採点だけだ。そうだろ、ロキ」


 視界からロキが消える。初め同様に目で追えない移動だ。しかし、同時点で俺の両翼が輝き、世界がゆったりと息をする。

 一秒を繰り返す。その一秒を引き伸ばす。人の一秒という認識を引き伸ばす颯人の世界矛盾では、ロキの動きには追いつけない。地球という星を拐かして一秒を繰り返すだけではロキの一瞬の攻撃を捉えられない。なら、二つを同時にすればどうだろう。


「止まって見えるぜ、神様」


 右手に持つ刀は名刀。最強の人間が持つ、最高峰の刀だ。

 一度は切れなかった。だが、二度目はない。この名刀は使用者がきちんとした剣客なら、切れぬものの無い最強の刃なのだから。俺にはその人の技術を識っている。

 思い出せ、あの無人島での苦渋の時間を。そこで手に入れたかけがえのない技術を。

 刀身が燃える炎の光にあてられて光る。一瞬一閃。ロキの胴体腹部辺りを、何の止まりもなく振り抜いた。


「ヴェグェアァ!?」


 世界は加速する。本来の一秒尺に戻り、何をされたかわからぬままに、ロキは血反吐を吐き出した。

 刀に血の汚れはなく、刃こぼれもない。完璧な一撃だ。

 切断された胴体を無理矢理にくっつけたロキは唸り声を上げて動き出す。


「あぁりえないぃぃぃぃ……なぜ……どぉぉぉぉぉぉじでぇぇぇぇ!?」


 黒煙。ドロリとヘドロが湧き出る。

 ゴポゴポと腹から液体を撒き散らし、右腕、左腕は揮発しながら液状化する。


 刀を地面に立て、開かれている本を手に取る。戦闘を開始してから、およそ五分。ロキも限界だった。すでに、ロキに神としての神格は存在しない。在るとすれば、世界を終わらせるという概念のみ。

 フェンリル、ヨルムンガンド、ヘル、スレイプニルの子どもたちの逸話。さらに、自身の神格をごちゃまぜにして、辛うじて神という存在を確定させていた。故に、少しでも亀裂が入れば、決壊は免れない。

 自身を神の席から追い出し、終末を迎えさせる化け物とし、来るかもわからない英雄に討伐されることで完結するシナリオを組んだ時点で、この結末は見えていたはずだ。


 左目が開かれる。わからなかった言葉が左目を通じて理解に転じる。

 神代終末論の回答を手に、苦しみながら叫ぶロキに目をやる。


「吾は……じなないぃぃぃぃぃ!!」

「いいや、おしまいだ。ここで眠れ、最も優しく最も狂った神……ロキ!!」

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