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異なった救済論

〈ロキの終末論化を確認。未来予知自動開始(オートスタート)。敵対象の攻撃、頭上着弾まであと3――〉


 カウントダウンが入るとともに前方へ駆ける。

 鈍い音が背後から聞こえたが、それに対して振り返ることはせず、この場を把握している《救済論》に聞いた。すると、一瞬のラグを経て、《救済論》が答えを提示する。


〈ロキの終末論化、右腕《神殺しの牙》による一定空間の消失と推測〉


 あの狼の頭みたいなやつの攻撃を受けたらしい。

 というか、空間の消失ってなに? もしかして食らったらまずいやつ?


〈単純表現すれば、復活不可になります〉


 なるほどそいつは凶悪だ。

 即死級の技を持っているとわかれば、難易度は数段階に跳ね上がったわけだ。現状、俺はどうあっても近接での攻撃しかできないし……。


 ロキに向かい走りながら、右手に握っている刀を握り直す。得られる援助など存在しない中、俺はこのよく切れるだけの刀で、あんな化け物と戦わなければならない。

 無謀だと思うが、神埼の婆さんに幼女麻里奈を預けた以上、俺がどうにかしないと……。

 考えはない。とりあえず、あの神様に一太刀浴びせることを目標に刀を振り上げた。


「良い判断、ですねぇ?」


 振り下ろす刀に合わせて、ロキは変質した左腕で受ける。名のある名刀でも蛇の鱗を断ち切ることは出来ずとも、しかしかすり傷程度の負傷を与えることは出来た。

 そこまでは良かったのだが……。


〈左腕《大いなる精霊》の攻撃が来ます。一歩後ろへ〉


 言われるがままに一歩後ろへと下がると、蛇の頭が一瞬前に俺がいた場所を通り過ぎる。だが……。


「甘い」


 《救済論》でも予測できなかった行動。避けたはずの左腕が蛇の柔軟さを得たがゆえに、本来であれば曲がりようもない角度で旋回し、蛇特有の毒を吐き出すという攻撃が俺の左半身を襲った。

 《救済論》の未来予知は次に起こる事象を全て計算し、その中で最も確率が高い行動を見せるものだ。しかし、その未来予知を颯人が突破したことから考えても、確率が限りなく低い行動を選択される、あるいはゼロに等しい行動を取られると未来予知はその強みを失ってしまう。

 今回のロキの行動はおそらくゼロに等しい行動だったのだろう。


〈腐食の毒液による体内侵食率38%を突破。マスターの肉体修復速度を凌駕しています〉


「……っ!?」


 ドロリと左肩の肉が剥がれ落ちる。とっさに左腕で顔を隠したから顔面に毒液はかけられていないのが幸いした。もしも、あれをまともに顔面で受けていれば今もこうして立っていられるとは限らなかっただろう。

 だが、左腕、左腹部は完全に溶け出している。しかも、俺の回復速度よりも早いと結論付けられた。


 最近、こういう不死者を殺せる攻撃が多くて嫌だね、どうも。


 意識を集中させる。目的はもちろん、左半身の回復だ。錆の王冠が輝き、左半身の時間逆行が始まった。溶け出した肉は毒を受ける前にまで遡り、負った傷はみるみるうちに消えていく。

 俺のこれが回復ではないと、そろそろロキも気がついているころだろう。そもそも、あいつは俺のこの能力を知っていたフシがあるからな。


 俺の修復を待っていたかのように、醜い化け物となった神――ロキはニヤついたように語り出す。


「いつか、君でない貴方に聞いたことがある。世界矛盾は遺伝する(・・・・)と。知っての通り、不老不死者は子を成せない。しかし、現に貴様はそこに在る。父親は時間という概念を人間の意識と同化させて引き伸ばす。母親は時間というものを点として捉えて繰り返す。では、もしもその二人の不老不死者の間に生まれた子供は、一体どんな世界矛盾を手に入れる?」


 一息。


「その答えが貴殿だ。時間を戻す。逆行する。遡る。あなたのそれは、今の後悔を持って過去へ戻る。すなわち、後悔を先にするという世界矛盾。よぉぉぉぉやく、お目覚めになったようですね。完全な不老不死者になった気分はいかがですか?」


 長々とした演説の最後に問われた文言に、俺は右手に握られた刀を地面に突き刺して、空いた右手を握る。そして、再び錆の王冠が輝くと、俺の体は一瞬に満たない時間でロキの目の前へ。さらに、握られた拳を振りかぶっており。


「お前の推測は概ね正しいよ。でも、肝心なところは少し違う」


 強く握られた右拳をロキの左頬に叩きつけた。不意の攻撃に対応できなかったロキは無防備に攻撃を食らって後方へ飛んだ。

 錆の王冠の能力は修復じゃない。それは本質を見誤っている。

 錆の王冠の本来の能力はロキの語ったとおり、時間の逆行だ。であれば、数分前に俺がいたこの場所に戻る(・・・・・・・)ことだって当然出来る。ロキはそこまでは考えていなかったようだが、それは仕方ないとすれば仕方がない。

 なぜなら、あいつは俺という化け物の本質を見誤っているのだから。


「んぅ~……いったい、何が……」

「お前は俺を不老不死者と言った。そうだな?」

「そ、そうでしょうとも。死なぬ化け物を総じて、不老不死者とそう呼ぶもの! 不完全だった以前の貴方は今こうしてようやく……よう……やく…………いや、まさか、《救済論》は複数の世界矛盾を終末論で相殺するシステムのはず。故に、終末論を砕くことが出来る、そうであるはずなのです!! だが、だがだがだがだがだが、だがががががががが!?」


 思っていたものと違う。ロキはそう言いたそうだった。

 けれど、俺があいつに答えを与えるはずもなく。さらに、俺があいつの思った通りの進化を遂げるとも言った覚えはない。

 おののくロキに、錆の王冠を輝かせて右手に刀を呼び戻し、その切っ先を向ける。

 もはや両腕が変質したせいで、どれを指として捉えればいいかわからないが、あえて言うならば狼の鼻先を俺に向けて、ロキは叫んだ。


「お、おおおお、おま、おまままま、お前……お前ぇぇぇぇ!? 那由多の世界矛盾の回答を持って、不可思議の終末論を砕くはずのシステムに、い、いいいい、いったい、何をしたたったたああああああ!?」


 そんな予想を立てていたのか。悪いな。どうも俺は人を裏切ることだけは得意なようだ。もっとも、今回は人ではなかったようだけれど。

 背中に生えた純白の両翼をはためかせ、左手に七冊の本のうち一冊を手に取る。震えるロキを見て、二言だけ返事をした。


「出すんだよ。世界とは何か、というどうしようもなく下らない矛盾の回答を」

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