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錆びた王冠

 身なりが変わった俺の背を見た麻里奈が、思わず言葉を漏らした。


「――きれい」


 翼に手を伸ばそうとする少女の手を取り、俺は触ってはいけないと伝えた。

 なぜ、と。そんな言葉もなく、少女はただ理解したように触ろうとはしなくなった。


 絶対的窮地。狂える神はあまりにも強く、人類最強と弱体した俺では太刀打ちすらできない状況だった。しかし、その中に少女は戻ってきたのだ。おそらく、御門恭子と一緒に逃げたはずなのに、何故に戻ってきたのか。

 考えるまでもない。俺の知る麻里奈なら、戻ってきたはずだ。俺の目標だった彼女は、誰かを置いて自分だけ逃げるという手段は絶対に取らない。

 振り返り、少女と顔を向き合わせて聞く。


「どうして戻ってきたんだ?」

「だ、だって……、お兄さんがいたから……」

「助けようとしたの?」

「う、うん……」


 ほら、やっぱりそうだ。

 俺の知る麻里奈は、やはりこういう子だった。見捨てられないのだ。たった数回顔を合わせただけの化け物ですら、少女は助けようとしてしまうのだ。

 そして、今回も俺はそんな彼女に救われた。今、こうして力が復活したのは、彼女の声があったからだ。


「俺に、死んでほしくなかったの?」

「うん」

「どうして?」

「だ、だって……、悲しそうな顔をしてたから。私を見て、泣きそうな顔をしてたから」

「…………」

「死んでほしくないの。生きていてほしいの。なんでか分からないけど、そう思うの」


 まるで、俺のことを知っているかのよう。

 でも、それはあり得ない。彼女は麻里奈ではあるが、俺の知る麻里奈ではない。過去の世界に生きる麻里奈だ。だから、俺が守りたい麻里奈ではないし、俺が守らなくちゃいけなかった麻里奈にはなれないのだ。

 それでも、姿形が幼くなってしまったとしても、本物ではない麻里奈にそう言われたとしても、報われる気がした。今度は守れたのだと、勘違いしてもいいのだろうか。


 戦いは終わっていない。むしろ、まだ始まってすらいなかった。狂える神は気を抜いた俺の背を貫くように左腕を伸ばす。腕は変質し、鋼の鱗を持つ蛇の尾のようなものへと変わる。そうして、それが俺の腹を抉った。

 咲く鮮血の花。

 少女の悲鳴が響く中で、俺は笑顔で答えた。


「お兄さん!?」

「大丈夫だよ」


 深々と刺さった尾は少女に触れる数センチ手前で停止した。神埼紅覇も俺の負傷に一歩動こうとするほどの一撃。

 しかし、思うように尾が俺の腹を抉らなかったことに、ローズルは疑問符を浮かべる。


「なぜ……?」

「どうして、俺の体がまだくっついているのかって?」

「…………」

避ける必要が(・・・・・・)なかった(・・・・)。ただそれだけだ。この意味が分からない神様じゃないだろ?」

「まさか――」


 ズブズブと。腹から音を上げながら前進する。ローズルの変質した左腕で肉が削られるのを気にせずに前へ歩き、その様子を見たローズルが驚愕する。

 錆の王冠が鈍く光る。滴る血が逆行する。輝きに呼応するように、肉体が再生と破壊を繰り返していた。ローズルの下にたどり着く数歩手前でようやく気が付かれた。


「世界矛盾でもない……、終末論でもない…………!! あぁ……、ああぁぁ!! あああああぁぁぁぁぁははははははは!! そうか! そうかそうかそうかそうかそうかそうかそうかそうか!!!! それが(・・・)! それこそが(・・・・・)!! 終焉の明日を導く指針!! 終末論を砕く銀の弾丸!! 人類史の英雄!! 貴様こそが――――」


 ローズルの目の前に立ち、右拳に力を込める。

 高らかに笑う狂える神に目掛けて、俺は力いっぱい拳を振り下ろした。


「うるせぇよ」


 逆に右拳が砕かれるほどの強度を誇った皮膚だったのに、ローズルの顔面を捉えた俺の右拳は破壊されることなくローズルを地面に叩きつけるほどの威力を出した。

 腹を貫くローズルの左腕は元の青白い手に変わり腹から抜け落ちる。地面に沈むローズルはビクビクと痙攣をしている。血なまぐさい口の中の唾液を吐き捨てて、口周りを袖で拭いた。そして、未だ何が起きたのかわかっていない神埼紅覇に向けて声をかけた。


「助けてもらってばっかりだったし、情けないところしか見せてないけど。ごめん。逃げろ、婆さん」

「何を……小僧一人に――」

「邪魔だから退いてろって言ったんだ。人類最強であろうとも、年老いたあんたにはやっぱり無理だ。ここは俺に任せて、いいからあそこの子供を連れて逃げてくれ」

「…………小僧、名をなんと言う?」


 二度、名乗ったはずだ。いいや、あの目は俺の名乗った名前が偽名だとバレているようだ。

 一瞬戸惑って、俺は小さく頬を上げる。貫かれた腹に触れると、瞬きほどの速さで穴が埋まってしまう。それを見せつけて、こう続けた。


「日和見恭介…………ただの不老不死者だよ」

「…………そうか」


 無理矢理に飲み込んだ、そういう顔だった。

 それ以上は聞かない。ただ、持っていた刀をこちらに投げる。俺は落とさぬように柄を掴む。一体、何をするのだと、神埼紅覇を見るや。


「武器がなければ戦えまい。愛刀を貸し与えよう。しかし心せよ。刃こぼれ一つさせようものなら、今度は小僧を切り捨てる」

「……おっかねぇ。でもまあ、ありがとう」


 礼を告げると、神埼紅覇は手のひらをひらりひらりと数回降って、何も言わずに少女の手を引いて歩いていってしまう。なおも俺を心配そうに見つめる少女に俺は背に生える翼を大きく振るい、辛うじて見えるように手を振り返す。

 遠く。離れていく。

 守れるだろうか。守りたいな。今度は、君の笑顔を守りたい。


「そのためには、お前は邪魔だよ。ローズル」


 立ち上がろうと動き始めていたローズルに向けて、俺は静まる神社でそう告げた。

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