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敗北の定義

 ただ死ねないだけの人間。

 そう聞くと世の中二病な男子には喜ばれるかもしれないが、実際は困る事態に陥る。


 死ねない、なんて普通ではない。普通ではないやつが、普通の生活をしているわけがあるまい。死ねないやつは、死ぬことが前提の生活をしているに違いない。事実、俺がそうであるよう。

 終末に立ち向かい、強大な敵と戦い、勝利しなければならない運命があるからこそ、“死ねない”という能力があるのだ。

 そして、ただ死ねないだけでは、俺の運命は超えられない。

 終焉を超えるには、死ねないだけでは不十分だった。


 そもそも、俺の能力が使えなくなった理由は、過去の世界に来ている理由と合致する。

 俺の世界矛盾である《顔の無い王》は対象としたものの時間を一時点でループさせるというもの。それは過去現在未来に限らずだ。

 その理論解消は一体どうなる?

 例えば、世界をその対象としてしまったら……?


 俺はそれを行った。この世界を誰もが平均的な平和の中で過ごせていた時間。

 つまろうがつまるまいが、化け物()という不老不死者が生まれる直前で幼い俺がいる世界にループされるような世界。かつ、御門恭介・・・・を唯一殺害出来る世界だった。

 それがタイムスリップの正体で、俺が今こうして能力の弱体を受けている理由でもある。


「俺が俺を殺しに来たはずなのに、気がついたら俺が俺を守らなきゃいけなくなってて、さらには世界矛盾が使い物にならなくて……? え、なにこれ。詰み? 弱くてニューゲーム?」


 思わず頭を抱えたくなるが、そんな時間はないと代わりに頭を振った。


 あれから夜を迎えて、仕方なく再び同じホテルに泊まるハメになったのだが、俺はベッドの上でもんもんと今後の課題を考えていた。部屋に俺一人の状況になっている。

 ……いや、正確に言えば御門恭子もちゃんと部屋にはいる。ただシャワーを浴びているというだけで。

 シャワーの音が耳を撫でる。同時に御門恭子のことを考えそうになって、余計に悶々とする。兄妹とはいえ、さほど一緒にいたことがない可愛らしい女の子と一つ屋根の下……一つの部屋で二晩も過ごせと言われるとこうもなる。

 しかし、ここの代金も、さらにはあらゆる場面での金額を御門恭子が出しているため、部屋を二つにしようとか、ホテルを変えようとか言えないのが現状である。

 ともかく、問題は山積みであることに変わりない。


「でもなぁ……」

「私の裸でも想像して悶々としたって話?」

「……………………せめて服を着てからバスルームを出てくれませんか、恭子さん?」

「下着はつけてるし、タオルは巻いてるよ?」


 違う、そうじゃない。

 俺と彼女は三分の二は同じ血が流れている。大枠で見れば兄妹、あるいは姉弟と言えるだろう。他に姉弟を知らないため、こういう状況が正しいのか、あるいは普通であるのかは計り知れないが、少なくともラブが付くホテルで、片方が下着を付けてタオルを巻いている状態はおかしいことはわかる。

 俺だって男だということを失念しているようだ。いやまあ、襲うなど絶対にしないのだが。


 それにしたって、肌色が多すぎやしないか……?


 髪から滴る雫が鎖骨に垂れて艷やかに流れていく。バスタオルを巻くと、服と違って彼女のスレンダーな体躯が色っぽく見せられる。火照った体は適所がほんのり赤くなっており、部屋が少し冷えていたこともあって湯けむりが伺える。

 ゴクリと生唾を飲んだ。それを見逃さない彼女は妖艶に微笑んで。


「お兄ちゃんまたえっちなことを考えてたね?」

「ちが……はぁ、また俺で遊ぼうとするのはやめてくれ。それよりも早く服を着ろって。風邪引くぞ」

「はぁーい」


 彼女がシャワーを出て今度は着替えるようなので、代わりにシャワーを浴びようとバスルームへ足を進める。だが、俺の手を彼女が掴んだ。

 振り向いた俺に、彼女は言う。


「考えすぎは良くないよ。考えなさすぎもダメだけどね」

「……聞いてたのか」

「聞こえたの。すんごい声で唸ってたし」


 どうも邪念を飛ばすための唸りがバスルームにまで響いていたらしい。お恥ずかしい限りだ。もちろん、その唸りの理由の一つに彼女がシャワーを浴びていたからというのはバレていないだろうけれど。

 力がなくなった。この状態で迫ってくる神を倒さなければならない。考えなければならないはずなのに、彼女は言うに事欠いて考え過ぎはよくないなどと。

 テキトウとでもいえばいいか。だけど、彼女の表情はどこまでも真面目で。まるで、俺の考えていることはすべて無駄だとでも言いたげで。

 力が抜ける気がする。働いていた頭が一斉に仕事をやめたような気分だ。

 小さく息を吐く俺を見て、彼女は言う。


「頭に血が登ってどうしようもないでしょ。ここは過去の世界。負けたお兄ちゃんはこの世界にはいない。なら、今私が手を握っているお兄ちゃんは何?」

「…………」

「負けていないお兄ちゃんを、人はなんて言うと思う? 少なくとも、私はそれを《常勝》と呼ぶよ。負けを知らないお兄ちゃんが、負けるかもしれないなんて考えるだけ無駄でしょ?」


 負けたのは未来の俺。ここは過去の世界で、俺が負けた相手は未来にいるから、その敗北はノーカンと。彼女は無理やりな理論をぶつけてくる。

 なんというか、颯人みたいなやつだな。さすがは颯人の娘というべきか。

 わかったよ、と。安心させるためにも言葉にしようとした最中。地震のような衝撃がホテル全体を襲った。


 タオルが落ちて下着姿になった御門恭子が急いでカーテンを開いた。俺も釣られてゆっくりと窓の外を覗き込む。


「嘘……だろ……」


 窓の外、そう遠くない場所。御門恭子とカンナカムイとともに昼食を取った少なからず記憶にある思い出の地。

 神埼家が所有する神社が燃えていた。

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