死ねない人間
お昼ご飯を兼ねて、コンビニで適当にあしらった物を持ち、神社で和気あいあいと食していた。
ここは神崎家の管理する神社でもあるから、カンナカムイや御門恭子は難色を示したが、俺は関係ないと彼女のお金で購入したサンドイッチを食べていた。
神に時間という概念は存在しない。時間を司る神であろうとも、線続きの時間軸においては点でしかない。
過去現在未来において、ただそこにあるだけの存在。その一時点にのみ存在する高次元知性体。あるいは、最上位情報媒体。それが、神という人が創り出し、認知してしまったものである。
故に、カンナカムイは語る。
神は全ての時間に於いて、完全無欠な一個の存在である、と。
ありとあらゆる時間軸における経験は、タイムラグ無く全ての時間軸の自分の経験となりうる。
「つまり、今回やって来る神様っていうのは、未来の幽王の仲間の神様そのものってこと?」
「少し違う。未来の知識を持つ、この世界の神だ。…………簡単に言えば、図書館で本を借りるようなものだ。我々神の頭には過去現在未来、パラレルワールドに至る全ての経験が巨大なデータとして収納してある。その収納された情報を引き出して、この世界の神が不老不死者でない貴様を殺しに来るのだろう」
つまり、この時代で襲いに来る神を倒しても、未来でその神はいなくならないということか。
厄介だな。ここを突破しても、また未来で戦うことになるってことだよな。
うぅむ、と。悩んでいる俺の肩を御門恭子が優しく叩いた。何だよと振り向くと、彼女は首を横に振る。
「多分、お兄ちゃんが思っているようなことにはならないと思うよ?」
「……そう言えば、恭子は幽王の仲間だったな。今回やって来るっていう神様に心当たりでもあるのか?」
「心当たりも何も、もう残ってる神様は上にいる善神と、あと一柱だけ。もっとも掴みどころのない狂神――“旅行者”ローズル。襲いに来るって言うなら、きっと彼だね」
ローズル。
そう言えば、随分と昔に颯人が高校の屋上にそんなやつが現れたとか言っていたような気が……。たしか、その時は幽王が現れたり、カオスが現れたりしたせいで有耶無耶になったけど、そいつが今度は俺を襲いにやってきたわけか。
目的はだいたい理解できる。完全に俺の復活を阻止するためだろう。不老不死になる前の俺を殺害すれば、二度と俺が復活する手立てが無くなる。なにせ、不老不死者になる前に死んでしまうのだから。
本当に、頭がいいというか。ずる賢いというか。それが神様のやり方かよと文句の一つでも言ってやりたいくらいだ。
しかし、相手は颯人と神埼紅覇が共闘しても太刀打ちできなかった神様。
はたして、今の俺にどうにか出来るのか……? まして、戦えない俺を守りながら……。
今までのような奇跡も望めない。まして、イヴや奈留、レオなどがいない過去の世界。戦力は以前より随分の下がっている。
不安になる。敗北を知ってしまった今だからこそ、さらに不安なのかもしれない。この戦いで負ければ、本当にお終い。失敗すれば完全に詰む。
知らなかった。負けることが、こんなに怖いことだったなんて。
心做しか手が震える。それを隠すためにポケットにしまい込んだ。だが、隠しきれていなかったようで、御門恭子が俺を抱きしめた。
「寒かったか……?」
「うん」
「…………すまん」
できすぎた妹だ。本当に、俺の妹なのかと疑ってしまうくらいに。
震えが収まるくらいで、彼女はパッと後腐れなく離れていく。名残惜しさなど感じてはいけないとわかっていても、少し手を伸ばしてしまいそうになる。
そんな邪念を捨て去るように頭を振った。
「よし。相手がわかるなら、対応もある程度絞れるはずだ。恭子、ローズルの情報をくれないか?」
「それはいいけど……その前に一つ聞いていい?」
「なに?」
「ちょっと……ほんの一瞬でいいんだけど、世界矛盾を使ってみてくれない?」
「はぁ……? なんで今?」
「いいからいいから」
何を考えているんだろう。今は少しでも時間が惜しいはずなのに。
しかし、何はともあれ情報は必要だ。おそらく、その神様はまだ俺たちの存在に気がついていない。不意を打てるならそれに越したことはない。そのためにどうして俺の世界矛盾を見せる必要があるのかは不明だけど、やれというなら仕方ない。
意識を集中させ、アンダーワールドの知識を引き出す聖句を語る。
しかし――
「矛盾解消――――終焉を超えて輝け、《顔の無い王》」
何も起きない。それどころか、アンダーワールドと接続した感覚がない。
おかしい。こんなことは一度だってなかった。焦る俺を尻目に、こめかみを押さえながら御門恭子はやっぱりとつぶやいた。
「過去の世界に来てしまった。もしかしたらと思ったけど……お兄ちゃん、心して聞いて」
「お、おう?」
「お兄ちゃんは、世界矛盾を理論解消しちゃった。ううん。もっと悪い。理論解消に王手を掛けた状態。つまり……」
一息。
「今のお兄ちゃんは、不老不死者でありながら世界矛盾が使えない。何だったら、回復速度も人並みにまで落ちてしまった、“死ねない人間”だよ」
衝撃の告白を受けて、思わずサンドイッチを落とす。
続けざまに空いた口が閉じないままで。
「うっそぉん……」





