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アンハッピー・キャンサーに慈悲はない。

「世界を殺そうとする貴様は善神あいつを利用した。なら、その逆をしようとする貴様は、俺様を利用しようってか? 考えが甘いぜ」


 契約において、俺がもらうのは力。つまり、名も無き邪神の協力だった。

 対して、俺が差し出せるものは俺自身の命も含めた全て。

 割りに合わない内容だとは理解していた。


「そうか? お前にとっても悪い話じゃないはずだ。でなきゃ、俺をここには呼ばないだろ?」


 そもそも、俺をこの精神世界に呼び出したのはリジル・ドゥーだ。初めから俺を利用しようとしていたに違いない。

 邪神の考えることなどわかるわけもないが、利用しようとしていたのなら、俺も利用させてもらうことにする。ただ、どうして面識のない邪神が俺に目をつけたのかだけは終始わからないままであるが。


「それもそうだ。貴様は幽王なる自分自身の邪魔が出来て、俺様も善神に嫌がらせが出来る。確かに、悪い話じゃない。ただ――――良い話でもない」

「というと?」

「旨味がない。デメリットこそなけれど、最高のメリットも存在しない。これでは面白くない」


 善神への嫌がらせはメリットにはならないのか。

 じゃあ、邪神にとってのメリットっていうのはなんなのだ。

 考えるまでもない。邪神が次に話すことこそがメリットだった。


「結局のところ、俺様はこの世界が終わろうが続こうがどちらでもいい。所詮は退屈な日々の一瞬だ。気まぐれに人間どもの悩みを聞いてやるのもやぶさかではないが、契約ともなれば話は変わる。世界を終わらせられる俺様の力をして、貴様は何をする? 自身を救うために振るわれる力で、貴様はいったい何を成す?」


 邪神は飽いていた。

 平和な世に、ではなく。代わり映えのない世界に、だ。

 もしも、ここで俺が契約という言葉ではなく、助けてくれと頼めば助けてくれただろうか。悩みを打ち明ければ、それに対して回答をくれるだろうか。

 そうではない。邪神が求めていたものはそんな程度の低いものではなかったはずだ。


 であるならば、邪神が望む回答は如何に。

 決まっている。純粋な心から来る嘘偽りない言葉だ。だったら、俺が言えることは……。


「俺自身を救う。そのために、この世界を救おうと思う。だから、力を貸せ」

「あれほど、世界は救わぬと言っていたのに?」

「事情が変わった。世界を救わなきゃ、みんなが死ぬ。みんなが死んだら、俺は死ねば良いのか生きれば良いのかがわからない。自分自身を助けられなくなる。それは……嫌だ」

「――――ふっ。ふっふっふ……くくく」


 お気に召したようだ。

 誰よりも自分勝手だったのは、どうやら俺らしい。


 世界を救わないと言ったのは、誰かが救うと思っていたから。他に充てがわられることが出来るなら、なにも俺がやらなくてもいいと思ったからだ。

 でも、もうそんな時期は過ぎてしまった。結局、世界を救う者は現れた。だが、そいつを俺はことごとく倒してしまった。なぜか……?


 世界は、俺の仲間を排除しようとしやがったから。


 やむを得ずというやつだ。

 世界を守ろうとするやつらには、俺の仲間は邪魔らしい。傷つけられる仲間を見て、俺は無性に戦った。そして、勝利し続けてきた。失ったものもある。ただ、勝ち得たものも確かにあった。

 誰も世界を守らない、救わないのではない。救おうとしてきたやつらの選択をすべて潰してきたのだ、俺が。

 なら、そのけつは俺が拭かなきゃいけないだろう。その力がないなら、邪神だろうが死神だろうが、何にだって力を借りよう。何が起ころうと、俺はどこまで行っても不老不死者だ。滅多なことじゃ死にはしない。

 だからこそ、俺は目の前の邪神に臆さず物を言えるのかもしれなかった。


「初めてだ。初めてだよ、こんな感情は。怒りでもない。呆れでもない。俺様の力は世界を数回終わらせられるものだと理解してなお、自分自身を救うために、だと? まして、自分を救うために世界を救う、だと? はっはっは……はははは。最高だよ、貴様は。最高に馬鹿だ。これほどまでに愉快なやつは、善神にですら居なかった」


 嗤う邪神。よく見ると、少年の姿が崩れてきている。

 正体は表現のしようがない。ありのままを伝えれば。

 無数の触手。液体でも気体でも固体でもない実体。在ると言われれば在るが、無いと言われると無くなる存在。体より大きい瞳に映る俺が、俺でなくなるような感覚。

 出会ったどの神とも違う。名も無き邪神。なぜ、名前が無いのかを今まで考えなかったことに驚いた。

 おそらくは、誰も名前を付けられなかったのだ。その醜悪な在り方に、身の毛も弥立つ全身に、神である以外の情報を与えられなかったのかもしれない。

 だが、何よりも怖いのは……。


「そんなお前を見て、耐えられる俺の方か」


 体が引っ張られる。同時に眠気が襲ってきた。

 この感覚を俺は知っている。これは精神世界から現実世界へと戻されるサインだ。


 まだだ。まだ答えを聞いてない。

 幽王を倒すのに、名も無き邪神の助力は必須だ。天上の窓を閉じることが出来るのは、同じ存在価値である名も無き邪神以外にはできないはず。

 なんとしても、この邪神の力を手に入れなければ……。


「一つ、賭けをしよう」

「……なん……だ……?」

「もうじきこの世界は終わる。その前に、過去の貴様を殺しに一匹の神が迷い込んできたようだ」

「誰の……話だ……」

「その神を打ち倒せ。貴様自身の手で、世界を救ってみせろ。そうすれば、面白そうだから契約をしてやろう。ただし、対価はいただくぞ」


 朧気な視界のまま、その対価とやらについて聞きたかったが、もう体が言うことを聞かない。

 あと一つだけ質問できればいいのに……。


「忘れるな。お前は人工英雄。ただの人間ではなく、ただの英雄でもない。世界を超える王と、世界を終わらせる王妃の息子であり、我が災厄の親友カインが産み落とした世界を救うための――なのだから」


 その言葉を最後に、俺の視界は完全に暗くなる。

 そして、次に目を覚ましたとき、目の前にあったものは……。

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