誰もが幸せに笑い会える世界の作り方
「やはり、俺様の契約者足り得るのはあの娘を於いてお前以外にはいなかったというわけか」
目を覚ます。見たことのある景色だった。
月に数回通った場所。
縛神高校生徒会役員室。しかし様子がおかしい。
見たことのある景色なのに悪寒がする。
来たことのある場所なのに吐気がする。
なにより、目の前で俺を見下ろす少年の雰囲気が人のように思えない。
ここは一体、どこなんだ?
「ここはどこだと言いたげだな。無理もない。ここは俺様と貴様の共通認識から起こる意識世界だからな。それに、貴様はタナトスやカオスとかいう愚神と面識があるようだしな」
タナトスとカオスを知る人物。
見た目は小6、あるいは中学1年生ほどだが、態度は一人前。
少しして、目の前の少年が放つ雰囲気の正体がわかる。なんてことはない。今まで数多に受けてきた神の醸す風格、それそのものだ。
驚くべきは少年が言った共通認識という概念上で、この生徒会室が映し出されたことと、少年が腰掛けているものだった。
「生徒会長の椅子に座るなんて、ここの長とでも言いたいのか?」
「座り慣れているだけだ。なに簡単な話、この情景が認識されたのは呪いのせいでもある」
「呪い……?」
まるでわけがわからなかった。
そもそも、どうして俺がこのような場所にいるのかさえ思い出せない。たしか俺は……。
「思い出すべきはそれじゃない」
「は?」
「もっと他に、思い出さなければならないことがあったはずだ」
「何言ってるんだ。それに、お前は一体誰なんだ!?」
この少年と俺との間に面識はあったか? いいやない。
ではどうして相手は俺のことを知っている? わからない。
だというのに、少年の言った他に思い出すことという言葉が喉元に突っかかる何かを押し出そうとしていた。
椅子から立ち上がり、足軽に俺へと歩む少年。
やがて、俺の前に立ち。
「俺様に名はない。ある者はリジル・ドゥーと呼び、ある者はアンハッピー・キャンサーと呼び……そして、ある者は“名無しの邪神”と俺様を呼ぶ」
「“名も無き邪神”……どこかで……」
そうだ。確か、空に浮かんだ窓の先にいる神を、“名も無き善神”と呼んでいたはずだ。
あれと同じ類の神なのか。あるいは……。
「…………一つだけ答えろ」
「いいだろう」
「お前は、幽王の仲間か?」
「いいや、違うとも。やつは善神についた。であれば、善神を目の敵にする俺様は間接的にやつの敵とならなければならない。難しい話じゃないだろう」
邪神と善神は敵同士。
幽王は善神を利用しようとしているから、もしかしたら入れ知恵でもしたのかと思ったがそうではないらしい。
とりあえず、敵でないことがわかっただけでも重畳だ。さて、残った問題は……。
ピキリと頭が先程から痛み続けていた。
何かを思い出しかけたときに生じた痛みによく似ている。やっぱり、何かを忘れている。いいや、忘れようとしているのだ。
また、頭痛で手がかりを失ってしまう。そう思った瞬間だった。
名も無き邪神が不敵に笑いながらこう言った。
「手を貸してやろう」
「なに……を……」
かざされる手から黒い触手のような影が伸びる。それらが俺に触れようとする最中、俺の左目からまばゆい光が辺りを照らす。影はそれに阻まれるように拮抗していた。
だがしかし、光を見た名も無き邪神は続けざまにこう告げる。
「逆行の理か。だが、始まったばかりの終末論でどうにか出来るほど、俺様は優しくはないぞ?」
一気に影が増えた。まもなく俺の全身を包むように触手が巻き付き、とうとう左目の光は消失する。
そうして、忘れていた記憶が一斉にぶり返した。
麻里奈の死に悲しまない親族。
暗い家庭。
幽王の正体。
白犬の敗北。
天上の神窓。
そして、この世界に来てしまった理由。
「俺……は……」
「思い出したか。案外容易いな、“常勝の化け物”」
「行かなきゃ…………みんなを救うために」
この世界に来た理由。この世界に来た方法。その目的を果たすための最適解。
俺は知っていた。たどり着いてしまったのだ。
誰もが幸せに笑い会える世界の作り方を。
「愚かだなぁ、貴様は。常勝せずして自身を救えず。敗北を期して誰も救えぬ、愚鈍なる英雄よ。そこまで堕ちてなお、誰一人も恨むことすら出来ぬとは」
誰も彼もを救う方法。
たった一つ、ただ一度だけの機会を巡った。
何も救えなかった英雄を殺す。すなわち――――御門恭介を殺す。
そのために、俺は時間を巻き戻したのだから。





