幽王
彼女――御門恭子は夢を見た。
おおよそ、念願の兄に会えて、優しさと弱さに触れたせいだろう。
古くカビ臭い昔が巡っていく。
彼女は知っていた。
この世界の終わり方も、幽王の目論見も、御門恭介の在り方も、己の存在意義も。
話されずとも、見ているだけで大方の検討はつく。近くでずっと見ていればなおさらに。
幽王は語らないが、世界を殺す以外にも目的がありそうだ。それをいちいち知ろうとは思わないけれど、妹である――まして、世界を終わらせるためだけに連れ回してきた鍵には教えてくれてもいいじゃないかとは幾度か考えたことはある。
でも、きっとそれを聞いてしまったら、御門恭子は対立しなければならなくなると思っている。
なぜなら、彼女もまた世界の守護者の一人に選ばれた存在なのだから。
はるか昔の記憶。
幽王もおらず、御門恭介もおらず、父と母は続きを諦めてしまった世界。
残された力なき者たちの先頭に、彼女はいた。
遍く災害を押し返し、数多の終末を還してきた。およそ、父親にでさえ出来はしなかった所業を若干十四の少女が踏破したのだ。
結論から言えば、彼女は敗北することになる。
終末に終わりはない。人の数だけ終わり方が存在する。人が創造したもので人類史は終わりを迎える。
いくつの終末を越えようと、終わりのない戦いには必ず敗北が訪れる。負けてはならない命がけの勝負であろうとも。
故に、彼女は敗北した。
父親が超えられなかった終末の多くを乗り越えつつも、完膚なきまでに傷つき、そして嗚咽を吐きながら世界の終わる寸前を目にする。
「黒崎と神埼の血を引くなら諦めるな」
そう言って、仮面の青年は一薙で誰も敵わなかった終末をかき消した。
清々しいほどに強く、年端も行かない少女に対して随分と厳しい物言いだった。
しかし、彼女にとってはそれがちょうどよかった。
優しくされたいわけじゃない。
持て囃されたいわけじゃない。
裏でコソコソ噂になりたいわけじゃない。
真正面から一方的に。
真っ直ぐ目を見て。
どういう言い訳も許さないほどに。
――――叱られたかった。
優しさは残酷だ。誰も御門恭子を見ようとしないから。
神輿に挙げられるのはうんざりだ。誰もが御門恭子を英雄や神様に仕立て上げたがるから。
彼女は彼女に向けられた彼女だけの言葉が欲しかった。両親がいない今、彼女を超える力を持つものがいない現状において、御門恭子を真に評価するものなど居はしない。
故に、彼女は延々叱られる存在を待ち続けた。自分のせいで誰かが死ぬ重圧から開放される日を待ち続けたのだ。
それが幽王だった。
仮面を着け、燕尾服に身を包み、さっそうと現れたその人は。
あろうことか彼女を持て囃す人々に向けてこう言った。
「お前たちの女神は預かった。返してほしくば、この終末をお前たちの力だけで乗り越えてみせろ」
大きな剣が降った。
槍が降った。
塩の柱が立ち上がり。
地面は乖離し。
海は割れ。
山は沈む。
世界は暗転し。
黒い太陽と赤い月が顔を出す。
銅の薔薇が人を吸い。
海には巨人が立ち上がる。
圧倒的だった。
終末という終末が一斉に歴史を食い荒らしていく。
幽王の表情は見えない。が、息遣いでわかる。
飲まれていく歴史、消えていく魂の火を見ながら嘆息していた。
「行こう。もう、お前を縛る枷はない」
差し伸べられた手は、優しかった。
冷え切った手には涙が出るほどに温かく、思わず目をこする。
幽王は決して御門恭子を助けに来たのではないと知りつつも、彼女は彼の手をとった。
そして、その日から彼女は御門を名乗ることにした。
絶対に敗北してはならない称号。
大切な人を溢れ落としてはいけない運命の一端を背負うことを決めたのだ。
御門恭子の英雄は、英雄とは程遠い魔王のそれだった。





