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仲間を守るとは

「救う? 救われたんじゃないのか?」


 申し出を断りはせず、ただ何が起きているのかを聞くことにした。

 心のなかでは動揺が走っている。それを表に出さないようにするだけで手一杯だった。

 だが、すでにお見通しの御門恭子は指を二つ立てた。


「幽王が世界を終わらせる方法に私の心臓が必要なの」


 指が一本折られる。


「そして、このままだと黒崎美咲の目的を達成させてしまうから、私の目的が達成できないの」


 さらにもう一本の指が折られた。

 今の発言はきっと俺が求めた理由だったのだ。

 幽王の思い描く終末には御門恭子の心臓が必要で、幽王に美咲さんが加担した時点で御門恭子の目的である両親を絶望させるという至極親不孝な考えが瓦解してしまった。

 真実は多分もっと深いだろうが、簡単に言ってしまえば死ぬのが怖くなったのだ。

 右手で顔を押さえ、息を少しづつ吐いていく。そうして、俺はそのままの体勢で。


「で、俺に助けてほしいと?」

「そっ。悪い話じゃないでしょ?」


 十二分に悪い話であることがおわかりでない?

 そも、俺は別に世界を救いたいだなんて微塵も考えていない。ただ平穏でいれるならそれでよかったのだ。それを他でもないお前たちが邪魔したんじゃないか。

 それがなんだ。都合が悪くなったから助けてくれって? ふざけんなよ?


 思い出せないことがいくつかあるとしても、少なくとも俺は御門恭子を助けるだなんて手放しで言えるはずがない。むしろ、今すぐにでも断ってやりたいくらいだ。

 だけど、どうしてか体がそれを実行しようとしない。操られているわけではなく、記憶にないことを体が覚えているよう。御門恭子を手放してはいけないと体がもがいているようにも思えた。


「って言っても、絶対助けてくれないだろうから、いくつか利点を教えてあげるよ」

「利点? お前を助けることにメリットが有るのか?」

「むしろ、メリットしか無いよ。現状において終末は始まってしまった。空のあの窓がその証拠。でもね、あれを開けるためにはいくつかの段階を踏まなきゃいけないの。その一つが私の心臓」


 一息。


「星の名を持つ色薔薇の魔女たちの心臓によって、神の窓が象られ、世界最強最古の魔女“絶世の魔女”だけがその窓を開くことができるの。でも、窓を開けるには鍵が必要で、その鍵が私の心臓ってわけ。ちなみに、それ意外の必要パーツはもうパパの手の中だから、お兄ちゃんには私を救う以外に世界を守れる手段はないよ」


 利点とは、俺が世界を救う上で必要なことの情報と方法の提供のことか。

 やはり、こいつらは何もわかってはいなかった。


 勝ち誇るように笑む彼女と、記憶に縛り付けられた威風堂々と立つ幽王の姿。龍の羽をはためかす美咲さんと、俺を試す小野寺誠の振る舞い。

 みんながみんな、俺に向かってこう言うのだ。


 世界を救え。それが出来ないなら関わるな。


 うんざりだ。何度言えばわかるんだ。

 俺は一言だって、世界を救いたいなんて言ったか? そういうのは然るべきやつがすればいいんだ。だってそうだろう。俺が立ち上がったから世界は――――。


 ズキンと、脳の中心が痛む。

 とっさに頭を捻るが、次の瞬間には痛みは消えていて、何が何やらという感じだ。

 ともあれ、俺の妹を名乗る御門恭子にはちゃんと伝えなければならない。俺が、その程度の利点で動くわけがないと。


「はじめに言っておいてやる」

「うん?」

「俺は世界を救いたいなんて思ってない」

「……え?」

「お前たちが何をしようと俺の知ったことじゃない。ただ、お前たちがやろうとしたことで、俺の知り合いが、仲間が、友達が迷惑がってたから振り払っただけだ」

「…………」


 信じられないといったふう。

 本当にわかっていなかったのだと、頭でも抱えたくなったが、すでに頭を抱えていることにハッとなる。

 結局、こいつらは何もかもわかっていない。何かが起きれば、俺が出張ると思い込んでいるんだ。


 俺もコーヒーの最後の一口を飲み立ち上がろうとする。これ以上、話していても埒が明かないと思ったからだ。俺が世界を救わないという言葉で驚きを覚えるようでは話にならない。

 しかし、御門恭子が驚いていたのはどうやらそのことではなかったらしい。


 クスクスと、立ち上がった俺の背後で聞こえる。

 御門恭子が笑っていた。怖い空気を醸し出す笑いではない。自然な……年相応の可愛らしい笑顔。

 その理由は……。


「やっぱり、お兄ちゃんはバカだよ」

「はい?」

「世界を救いたいなんて言っていない。うんそうだね。一言も言ってないし、私も聞いてない。パパも別にお兄ちゃんからその言葉が聞きたいわけじゃない。でも、お兄ちゃんは私達の敵として存在している。なぜ?」

「なぜって……それはお前たちが――」

「そう、私達がお兄ちゃんのお友達を殺すから」


 何が言いたい。そんな簡単な言葉ですら口にできなくなった。

 彼女を取り巻く空気が異様にねじれ曲がる。

 席に腰掛けた彼女は特に何をしたわけでもないのに、どうしてか心がざわつく。ここにいてはいけないと警告がされる。


 一言。

 御門恭子が告げる。


「私が本気を出せば、この街くらいは一瞬で消える」

「……随分と強いことを言うじゃないか。助けてくれないとわかれば脅しでもするのか?」

「脅し……そうだね。じゃあ、こうしよう。助けてくれなきゃこの街を消す。この意味、わかってるよね?」

「勝手にすればいい。俺には関係――」

「ここは過去の世界。お兄ちゃんの世界への一本道。ここで死ねば、お兄ちゃんの世界でもいなくなる。そしてこの街には、お兄ちゃんの最愛の人が――」


 それ以上は言うな。そんな無言の言葉とともに自分でも驚くほどに冷たい視線が向かう。

 あまり怒ったことがないからか、自分の怒りを制御できずに感情の赴くままに睨みつけてしまった。


 ここは過去の世界。幼い俺がいて、幼い麻里奈がいる。

 この街に住まう人たちの中には神埼紅覇や、安心院奈々美、望月静香、黒崎颯人や黒崎由美がいて、俺にとってかけがえのない人たちだ。

 およそ初めてだったのだ。的確に殺意を向けられたのが。故に、激戦を生き抜いてきた体が勝手に反応した。みんなを殺させはしないと。

 だが、この反応を見た御門恭子は確信したように嗤う。


「ほら、やっぱりお兄ちゃんは捨てられない(・・・・・・)


 何を。

 言うまでもない。仲間を。あるいは、みんなが住まうこの世界を。

 

「もう一度言うよ。私を助けて、お兄ちゃん」


 その言葉に反論できるか。否である。

 その言葉に賛同できるか。否である。

 その言葉に的確な答えを出せるか。おそらく否である。


「…………わかった」


 故に、俺は諦めた。

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