探し人は俺ですか
私を置いていった両親を絶望させること。
そう語った御門恭子を見つめ、俺は唖然とした。
当初、俺は御門恭子を俺の後に生み出された人工英雄だと認識していた。最近になって自分が創り出された存在だと知ったのだ。当然、俺の妹を名乗る彼女も同じだと考えるだろう。
しかし、それでは今の発言と食い違う点が出てくる。
俺は一度だって親に――――美咲さんと颯人に育てられた記憶がないのだ。
御門恭子だけが二人に育てられたのか?
いいや、そうだったなら颯人が真っ先に俺の存在に気がつくはずだ。何より、二人が敵同士になる必要がなくなる。だって二人は、未来に希望を持てないから苦悩を繰り返していたのだから。
だったらなんだ、この違和感は。
俺は何か大きな勘違いをしているような……。
思考がまとまらない俺を見て微笑む御門恭子は頬杖を立てて告げる。
「私の両親は黒崎美咲と黒崎颯人。それだけ」
「何を当たり前な……こと……を……?」
「気がついた?」
両親が美咲さんと颯人だけ。当然だ。人間は基本的には二つの遺伝子で出来ているのだから――通常は。
けれど、俺は違う。いいや、俺と彼女は違うはずだった。
俺の両親――つまるところ遺伝子は二つだけではない。黒崎由美の息子、カインの血も流れている。俺は父親を二人持つ人工英雄だったはずなのだ。
では、両親が二人だけと言った御門恭子はどういう解釈をすればいい。
前提が違ったのか。
御門恭子が俺より後に生まれたのではなく、俺よりも先…………正確に言えば、美咲さんと颯人が結婚をし、子供が成せた世界の娘。
俺とは違う、一点の濁りもない正統後継者。
見た目と言葉に騙された。御門恭子は俺の妹などではない。俺よりもずっと長く生きている不老不死者――つまりは姉だったのだ。
「待て。待て待て、チョット待ってくれ。なんだ、どこからが嘘だ? はじめからか?」
「嘘じゃないよ。私が生まれるのはずっと先なんだから。まあ、この世界じゃ生まれないけど」
やはり、御門恭子は俺の姉のような存在らしい。
どういうわけか……いや、おそらくは幽王のせいだろうが、別の世界にいる彼女がこの世界にやってきた。その理由は私を置いていった両親を絶望させること。
そりゃあ、そうだ。世界の終末を遺して、別の世界に旅立たれてしまったら、どうしようもない。会おうにも会えない。それに怒りを覚えるのは当然のことだろう。
でも、だからって……。
定まらない感情を言葉にできず、もごもごとしている俺を前にして、御門恭子はホットコーヒーで舌を湿らせて窓を見ながらつぶやいた。
「この世界は平和だね」
「……は?」
「隕石も降らない。壊滅的な地震も起きない。火山は不活化されてて、海もある。きれいな世界」
「変わるのか。お前がいた世界は、もっと残酷だったのか?」
「んーん。ことごとくをパパが解決したから。ただ、周りには誰もいなかったなぁ。みんないなくなった」
言葉だけではわからない。何かの終末とでもいうのか。
けれど、俺はその世界を見たことがない。颯人の記憶にない終末世界。
まさか、あるのか? 颯人がすべての終末を乗り越えた世界が?
「颯人は……終末を超えられたのか?」
「ん? あぁ、あの人はムリ。私が言ったパパっていうのは、幽王のことだよ」
幽王。つまりは御門恭介。
やつが御門恭子を救った? なぜ?
湧き上がる疑問は次の言葉で解決される。
「幽王には私が必要だったの。そして、私には私を救ってくれる人が必要だった。利害の一致。それが私がパパと一緒にいる理由。そして、パパと一緒にいれば、黒崎美咲も黒崎颯人も、間違いなく絶望する。だってそうでしょ? 最愛の娘……かどうかはわからないけど、自分の娘に幸せを邪魔されるんだもん」
ニコッと、ふとすれば美咲さんが微笑んだ表情によく似た笑みを向けられる。
その有様に静かな怒りすら感じる。ピリピリと肌を指すような圧を浴びせられているような感覚。
御門恭子は怒っている。両親に? いいや、おそらくは俺に。
幸せの中に生きていた俺に対して、御門恭子は怒っているのかもしれない。同じ立場なら、俺だって怒るのだから、きっとそうだ。
しかしながら、その怒りに答えられるはずもなく。代わりに俺は再び最初の質問に戻った。
「結局、なんで俺のところに来たんだ。話を聞いてれば、幽王の味方のような言い方だし、俺を殺しにきたようにも見えない。一体何が目的なんだよ」
「目的は変わらないよ。黒崎美咲と黒崎颯人を絶望させたい。ただ、状況が変わっただけ」
「状況……?」
終末は始まっている。
おそらくは俺が幽王に負けたのだ。記憶が曖昧だから、なんで俺が過去の世界にいるのかは知らないけれど、これもきっと幽王の仕掛けたものだろう。
万事進んでいる。万全を期して目的達成を迎えようとしている。なのに、状況が変わったとは?
コーヒーの最後の一口を飲み、御門恭子は机に乗り出してこう言った。
「私を救って、お兄ちゃん」
それはあまりにも唐突な申し出だった。





