万象を読み解く力
天國の背後に象二体分ほどの巨大な影ができ、さらにその影には千の腕と四つの頭があり、顔はそれぞれ泣き顔、笑い顔、怒り顔、呆れ顔である。
その影――“焔摩天帝千手曼荼羅”の一本の腕が天國の持つ身の丈に合わない刀へと伸ばされる。
「星を穿つ一撃を、お前さんは食らいきれるかな?」
「ちぃっ……!! これだから神造鍛冶師は面倒なんだ!!」
どうやら、天國はシンゾウカジシと呼ばれているらしい。それが意味することはわからないが、刀を手にした“焔摩天帝千手曼荼羅”の怒り顔が雄叫びを上げる。そうして、刀を抜くや、残りの手も天國の作り出したであろう地面に刺さる武器を手にしていく。
そして、それらを食べ始めた。
むしゃむしゃとまるでバナナやふ菓子を食べるように口の中へと消えていく刀を見て、俺は頬を引きつらせる。
同じく見上げるように伺っていた幽王に、天國は言う。
「一つの魂を喰らえば悪人となり、十の魂を喰らえば悪魔となって、百の魂を喰らえば鬼となる。やがて、千の魂を喰らうこと叶い、人はそれを焔摩天帝と畏れた」
「千の刀を打つことで魂を作り上げることに成功し、その魂を喰らうことで無理矢理に神を創り出すことに到達した男……。さすがは神造鍛冶師ということか」
「オラァ、ただ刀を打ち続けただけさ。折れぬ刀、悪を切る刀、心を切る刀。様々なもんを打ち続けていたら、いつの間にやら神様が出来上がっちまった。何のことはねぇ、ただそれだけの話さ」
シンゾウ……神造……神造鍛冶師って、神様を造る鍛冶師ってことか?!
ようやく、二人の会話に追いつく俺は、目を丸くして天國を見た。もしも、今の話が本当であれば、天國の背後にいるあれは、もしかしなくても神様ということになる。しかも、天國が造り上げた千の魂とやらを食べた神様だ。
生唾を飲み込む。
嫌な予感がする。壮絶なまでの嫌な予感が。
幾度となく言ってきた。俺の嫌な予感は、こういう場合に必ず的中するのだ!!
「御門恭介。死にたくなければ全力で地球を守れ」
「は!? 幽王……お前の口から地球を守れって聞こえたような気がしたんだが!?」
二度はない。幽王はただ目の前の神様を見つめたまま、右手を突き出す。
何をするつもりなのか。右手を突き出したまま、左手で自らの仮面を少しずらす。すると、口元のみが見える形となり、そこから何やらつぶやき出した。
「これはあまり見せたくはなかったんだがな……開眼」
右目が虹に燃える。おそらくは俺の左目と同じ、カインの義眼だ。しかし、左目と右目が同じ能力のはずがない。俺の直感が告げていた。このままでは、地球が割れると。
すかさず俺は両手を地面につけて、力を流す。“顔の無い王”を地球に向けて使用し始める。固定する時間はもちろん壊れる前だ。
最後の一刀を食べ尽くし、“焔摩天帝千手曼荼羅”の腹が割れる。そうして現れたのは白く燃える星だった。
「その御心にて巨悪を討ち滅ぼせ、焔摩天帝千手曼荼羅・白炎天照」
「解読…………削除」
たった一言。幽王がそう告げるだけで、右目の炎は白い炎の星を飲み込み、こともあろうか無力化してしまった。
この光景に俺のみならず、天國ですら驚きを隠せずに立ち尽くした。
幽王はずらした仮面を戻し、俺たちを見つめる。そんなやつに向けて、技を完全に消された天國が問う。
「な、なんでぇ……その右目は……」
「……御門恭介に与えられたカインの左目は万象を見抜いて蒐集を目的としたものだったが、俺の右目は万象を見破って紐解くカインの右目。名前は、言わずとも知っているだろう?」
「原典か……だが、右目は随分と前に……」
無くなっていたのだろう。それがおそらくは幽王のせいであることは明白だ。
しかし、俺に地球を守るために力を使えと言ったはずの幽王。その大本である白炎の星がああもあっけなく消えてしまうのであれば、護るために力を使う必要などなかったはずだ。
一体、幽王は何のために俺に力を使わせたのか……。
天國との会話を済ませた幽王が俺に向く。おもむろに右手でフィンガースナップの形を作って唱えた。
「反転」
静かな公園にフィンガースナップの音が鳴る。
すると、俺の体は紙のように吹き飛ばされ、四肢が吹き飛んだ。最後の瞬間に辛うじて見えた天國の姿も変わらないほどの痛手を負っているようだった。
何をしたのか、などこの際どうでもいい。きっと、かき消した技を反射なりさせたのだ。なぜそう言えるのかだって?
そりゃあ、言葉とともに白い炎が見えたからだよ。
一瞬、地面に大きなクレーターが出来上がりそうになるが、それは俺の“顔の無い王”による時間固定でどうにか破壊されずに済んでいた。もしも、幽王の言うとおりにしていなければ、間違いなく今の一撃で地球が破壊されていただろう。
幽王は初めから天國の一撃を利用して俺を攻撃するつもりだったのだ。
「がはっ……蒐集、したのか……天國の一撃を……」
「さすがの回復力だ。木っ端微塵に消し飛ばしたのに、もうすでに体の再生の七割が済んでいる。驚異的だな」
「答えろ、幽王!!」
俺の体の回復速度に感心する幽王。
俺はそれを遮って怒号を上げた。そうすると、幽王は首を振りながら呆れた様子で語り始める。
「蒐集とは少し違う。お前の左目は終末事象、およびそれに付随するものを見ることで根本を集める。そして、集めたものはデータを取り出すようにして全く同じ終末事象を起こすことを可能とする。だが、俺の右目は終末事象を見ることで、その根本を読み解く。そして、読み解いた根本を元にして改良を行うことができる」
「改良……?」
「例えばそう、さっきのは威力を調整し、被害範囲を大きくしてみた。結果として俺一人を吹き飛ばすはずだった攻撃が、被弾点からわずかに離れていたお前たちを容易に殺してみせたのさ」
などと言っている。
それでは俺の左目の上位互換ではないか。本来の終末を捻じ曲げてしまえるということなのだから、威力調整も細かな調整ですら難しい俺の左目とは大違いだ。
だが、そんな万能そうに見える右目にも俺の左目に劣ることがあるようだ。
「まあ、難点を言えば、好きなタイミングで終末事象を扱える左目と違って、俺の右目は相手が終末事象を扱ってくればければ力を発動することができないという点だな」
「今日はよく喋るじゃないか。機嫌が良さそうだな」
「ああ、いいとも。俺とあいつとの約束が果たされる日が近いんだからな」
立ち上がる。天國は……まだ立てそうになさそうだ。
仕方ない。俺一人では幽王には勝てない。だからといって、このままあいつの良いようになんてさせられない。
ならせめて、悪あがきをしてやろう。そう思う俺を前に、幽王が言う。
「さあ、続けよう。悪いが付き合ってもらうぞ、御門恭介?」
「望むところさ、幽王」
輝く刀身の愛刀を構え、俺は再び幽王に立ち向かう。





