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星を照らす極光を

 愛刀と呼べるほどにまで体に馴染んだ“天國守夜鴉”を上段から振り下ろす。幽王はそれを防ごうともせず、代わりに背後の幼女、おそらくは“暁光の焉燚”の擬人化体であろうが、その子が鋭利な刃物を片手で掴むように防いでしまう。

 大振りだったため、大きな隙きができてしまい、そこを幽王に狙われる形で腹部に強烈な蹴りが突き刺さる。反動で後ろへと飛ばされ、倒れそうになる体をどうにかバランスを取って耐えてみせた。

 鉄の味がする口から唾液とともに血を吐き捨てると、余裕を見せ続ける幽王の隣の幼女に聞き覚えのあることを言われた。


「私を切りたければ、聖剣でも手に入れてきてから出直してどうぞ」


 はつらつとした表情でなければ、昔のイヴのようにろれつが回っていないような話し方でもないが、この子もまた一つの剣であるプライドがあるようだ。

 しかし、俺が持つこの剣も、聖剣とまでは行かずとも名刀ではあるのだが。

 やはり、真なる伝説の剣ともなれば、名刀などガラクタと大差ないのだろうか。

 一歩、いや十歩ほど足りない幽王との差に憎しみを噛み締めながら睨む。けれど、幽王もそれをわかっているようで、依然として態度を変えようとはしなかった。


 その時だ。

 俺の背後から一人の少年の言葉が聞こえたのは。


「違ぇよ。刀は乱暴に振るうもんじゃない。何でもかんでも知識で埋めようなんざ、ド素人でもやりゃしないぜ」


 その声に引っ張られるように視線が向く。

 少年は身丈に合わない大振りの太刀を肩に掛け、一升瓶を傾けながらまるで水でも飲むかのように酒をかき込んでいく。

 その様子を見て、幽王はつぶやいた。


「これは珍しい。お前の仕事はカインを殺すことじゃなかったのか? それともこいつに感化されたか。どちらにせよ、今はお前の出番じゃないぜ、天國」

「オレの名前を知ってるたァ……やっぱりなァ。そうじゃねぇかとは思ってたけれど、つくづく第壱席の血筋は揃ってバケモンってことかい。だがまあ、あれだ。御門恭介そいつを殺されるのはよろしくない。非常に、よろしくない」


 なぜ、天國がここにいるのか。

 なぜ、天國がこの戦いに干渉するのか。

 なぜ、天國はあんなことを言ったのか。


 尽きぬ疑問は、次の言葉で埋められた。


「そいつはオレの娘の夫になる男だ。そして、オレの愛娘を振るう男でもある。……眠てぇことしてんじゃねぇぞ、小僧!! オラァ、腑抜けたテメェに愛娘を渡したわけじゃねぇ!! やるならきちんと覚悟を決めて振るえ!!」


 天國の怒号が俺の体を貫いていく。愛娘――俺が振るう愛刀を指した言葉は、まさしく名工の言葉である。天國がなぜ、この場に現れたのか。

 簡単だ。

 見ていられなかったのだ。


 天國が語る、覚悟を決めろという言葉に心が震えた。

 そう言われて、何の覚悟であるのかを理解したのだ。


 刀を握り力が強くなる。胸を打つ鼓動は大きく、早くなっていく。

 この刀は、誰かを殺すためのものではない。

 最強の人間が振るい続けた愛刀を溶かし、星の息吹を施し、原初の不老不死者の骨を組み込み、最愛のヒトの血が練り込まれ、それらを分裂させることなく名工が打ち抜いた名実ともに最高傑作だ。


 これは名刀などではない。そんな言葉では押し込めない。

 この刀は、人が、人の想いが形作った一振り。聖剣を超える、神刀のはずだ。


 なら、この刀が“暁光の焉燚”を切れないはずがない。切れないのであればそう……それは振るう人間のせい。つまり、俺の心がいけなかった。

 左目を多用して、知識ばかりを詰め込んだ。武器を武器としか扱わなかった。それではダメだ。ダメなんだ。この刀を振るうには武器として扱っては足りなかった。


「刀は想い。お前は……ずっと待っていたのか」


 愛刀を見つめつぶやいた。

 初めてこの刀を手にした時、夜闇が極光に塗りつぶされた。今ではその片鱗すら見られない。

 もしも、この刀が無機物ではなく、本当に想いを形にしたものであれば、あるいは想いを基礎に作られたものであるのなら、きっと俺の怒りに、憎しみに反応して力を封印していたのかもしれない。


 人を殺すためでなく、仲間を護るために与えられた力を、幽王を殺すために振るった。そうではないと刀がつぶやいた気がする。もしくはその言葉は、天國の怒号の残り香のようなものだったかもしれないが。

 刀を鞘に戻し、深呼吸を繰り返す。

 幽王が憎い。麻里奈を殺されたことに怒っている。何度、吹っ切れた姿を見せようと、愛していた人を失った気持ちが落ち着くはずなど無い。颯人がそうであったではないか。颯人の血を引く俺が、簡単に諦められるわけがない。

 あの日。

 麻里奈を失った日に誓った。置いていくのではない。背負っていくと。

 幽王を怒りや憎しみで倒せば、その言葉は嘘になってしまう。あの言葉を、あの宣誓を、麻里奈という亡き憧れを俺は自らの手で汚してしまうところだった。


 ありがとう。お前のおかげで、まだ間に合う事ができそうだ。


 柄を撫でて、今度こそ覚悟を決めて刀を抜く。

 するとどうだろう。刀身は周囲の光を食べるように薄く青白い光を放ち、みるみるうちに空気が澄んでいく。周りの変化を感じ取った幽王が幼女を片手で護るように伸ばした。


「その刀は……」

「なんでぇ。お前さんは持ってないのかい。そりゃあ残念だ」


 俺の隣に天國が立ち、肩を並べた。

 天國は俺に一瞥し、ニッと嗤う。そして、一瞬にして針塚のように大小様々な刀が地面に生まれた。

 おそらくはこれが天國の世界矛盾の一片なのだろう。よく見れば、地面に刺さる刀は全て、“天國守夜鴉”と同等程度の刀――要するに、神刀であった。

 神刀を一瞬で百数本も生成する世界矛盾があるなんて、できれば敵に回したくない手合だ。天國が仲間でよかったと胸をなでおろし、愛刀の切っ先を幽王へ向ける。


「天國。お前がどういう立場なのかは知らないけど、幽王を倒すには俺一人じゃ無理だ。だから、手を貸してくれ」

「おうとも。オラァ、カインの野郎をたたっ斬る以外に力を使っちゃいけねぇんだが、幽王はつまるところお前さんだろう? カインの傑作なら、オレが戦う理由になるだろうよ。ほんとはすぐにでもクロエのところに行きたいんだが…………仕方ねぇ、クロエの夫の頼みとあっちゃ断るこたできねぇよなぁ」


 とは言うものの、内心で幽王と戦いたそうに思っている天國を見て、仕方ない爺さんだと息を吐く。

 そうして、遥かなる高みを見て、俺と天國は言葉を紡いだ。


矛盾解消ハロー・アンダーワールド――――終焉を越えて輝け《顔の無い王》!!」

矛盾解消ハロー・アンダーワールド――――その御心にて星を撃て《焔魔天帝えんまてんてい千手曼荼羅せんじゅまんだら》!!」

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