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沈みゆく夕日を眺めつつ

 夕日が沈みゆく。それに伴って、ただでさえ人がいない公園内が閑散としてきた。その中心から随分とずれた公園の端、儚い夕日を眺められる絶景スポットで、俺とタナトスは待ち合わせをしていた。

 どうやら、俺が来る数分前に来たばかりのタナトスに遅れた旨を告げ、俺達は夕日を見ながら隣り合う。

 何から話そうか。結局、俺の聞きたいことを全て答えてくれるわけもないから、どれから話そうが構いやしないのだが、それでも今日ばかりはタナトスとの話の切り出し方がわからなかった。

 しばらくして、タナトスが口を開く。


「我が親友、御門恭介。君はもう気がついているだろうね。僕は幽王の旧い知人であり、幽王は僕にとっての唯一無二の親友だ」

「…………でも、裏切っていたわけじゃないんだろ? だったらいいさ」

「許すのかい? いいや、許せるのかな。君の平穏を奪い、あまつさえ戦いの日々に変えたのは僕だ。必要なことだったとしても、それは到底許されるべきことじゃない。君の気が済むのなら――」

「済んでるよ、ずっと前から」


 予感はあった。

 タナトスがただのお人好しな神様だとは思えなかったし、裏があることくらい本当は心のどこかで感じていた。それでもいいと、後回しにしていたのは俺だし。この結末は、タナトスではなく俺が望んだものだ。

 だから、気は済んでいる。これ以上でも、これ以下でもなく、ただこの程度のことだった。


 タナトスはわけがわからないくらい狂っている。それを看過した俺も、あるいは同じくらい狂っているのかもしれない。

 故に、この話はここまで。

 俺は別に、タナトスにそんなことを聞きたくて会う約束をしたわけではない。


「タナトス。お前の目的はなんだ?」


 答えてくれるだろう? と。そういう眼差しを向ける。

 タナトスはそれから逃れようとせず、ただ黙々と心の内を吐き出した。


「君の選択を――神々が選定し、大罪人たるカインの計画で作られてしまった人工英雄の行く末を見届けたかった。できることなら、これ以上無い幸せを――――幸福な人生を送らせてあげたかった」


 嘘ではない。本心と見て間違いない。

 なぜか。

 タナトスの表情から笑みが消えたからだ。

 夕日のせいで顔に影がかかる。それは少しずつ色濃くなっていく。


 返事はしない。受け入れられていなかった。

 そんな言葉を吐き出すなんて思いもしなかったから、どう返せば良いのかさえわからなかったのだ。けれど、ふと思いついた言葉が漏れ出る。


「どうして……俺なんだ」


 人工英雄は、おそらく俺しか出来上がらなかった。その点で言えば、きっとこの質問は意味を成さなかっただろう。けれど、そもそもタナトスが俺をそこまで気にかける理由がない。

 だって、タナトスは俺を生み出したわけでも、俺を殺したわけでもないのだから。


 前提がおかしいのだ。タナトスと俺との間にできた関係性は一体いつからの話なんだ。


 そう思わせるほどに、タナトスの俺への入れ込みは異常なものだ。

 考える時間もなく、すぐにタナトスは答えた。


「君が、僕の親友だからさ」

「答えになってねぇぞ。俺は――」

「いいや、答えになっている。この答えに辿り着けないのはおそらく、未だその目が浸透しきっていないからだろう。無論、大分浸透しているようだけれどね」


 目。つまるところ、左目のカインの魔義眼のことを指しているのだろう。

 俺の左目は先の戦いで幽王に抜き取られた。何に使うのかは不明だが、きっと世界を破壊するのに利用されるのだろう。しかし、今の俺にはきちんと左目が存在している。と言っても、《簒奪のメダル》によって封印したため、今は俺の部屋でなにか作業をしている最中だろうが。


 浸透しきっていない。

 確か、カインの魔義眼について、神々は知らないはずだ。タナトスも知らないようなことを初めてこの左目を装着したときに言われた記憶がある。


 あれは……嘘だったんだな。


 当然といえば当然か。そういえば、タナトスは時たまこの目についての助言をしてくれていたような気もする。

 全てを見通す目。かつてそう語ったタナトスの言葉を真に受けるなら、きっとこの目は言葉の裏をも見通すのだろう。現に義眼を自らの体の一部だと認識して回復したあとからは、人がなにかを言わずとも考えを見通すことで答えを先回りすることができるようになってしまった。

 そのせいで、クロエには人が変わったようだと注意されたこともあるほどに。


「お前の言葉の裏を見るのは骨が折れそうだ」

「そうでもないさ。君の目はもう隠し事ができないほどに成長している。時間の問題だろうね」


 そうは言うが、さほど心配していなさそうに見える。

 まあ、この際だから知られても関係ないと割り切っているのかもしれないが。


「お前はいつもそんな調子だな」


 呆れるように、けれどそれがタナトスらしいと笑い、俺は三つ目の質問をする。


「お前は誰の味方なんだ?」


 その質問にタナトスは確かに驚いた。 

 そうして、クスリと嗤うやこう告げる。


「彼にも――黒崎颯人にも同じ質問をされたことがある。君と彼が正義の有無を決めるために戦った後の保健室でね。あのときはこう答えた。『もちろん、御門恭介さ』とね」

「今は違うのか?」

「いいや、今も変わらず、僕はいつだって御門恭介の味方――彼風に言うなら、正義の味方だよ」


 そう、タナトスは御門恭介の味方だった。いつだって御門恭介を助け、助言を下し、強い言葉で奮い立たせてくれた。

 だが、それは少しだけ違う。事実はそうでも、過程が違う。

 目を合わせずに俺はつぶやく。


「それは、俺じゃないだろ」

「…………」

「お前の言う御門恭介は、俺であって俺じゃない――――なあ、タナトス。幽王も“御門恭介”なんじゃないか?」


 空気が凍る。タナトスは返事をしない。ただ沈みきろうとする夕日を眺めながら、静かに目を開いていた。

 やがて、完全に日が落ちる。背後から足音が聞こえた。

 振り返る必要もない。それほどまでに、俺はやつの気配を知り尽くしていた。


 やつは――仮面を被った青年は、あろうことか拍手をしながらやってくる。そして一言こう告げた。


「おめでとう。お前はようやくひとつの真実にたどり着いた」


 暗闇に栄える漆黒の燕尾服を着こなし、世界を終わらせようとする者たちの王、幽王がそこにいた。

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