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始まりの日に

 少年は絶望を知っている。

 全てを失ったがゆえに。


 少年は愛を知っている。

 愛するヒトを失ったがゆえに。


 少年は希望を知っている。

 世界の終わりを記憶しているがゆえに。


 始まりは単純だった。たった一度、世界を憎むだけで良かったのだから。






 懐かしささえ感じさせる埃っぽい場所に、彼は居た。


「人はかくして獣になる」


 一冊の手記を読みながら、仮面の青年は語る。

 主なき大図書館の真ん中で、幽王は黙々と知識を蓄えていた。彼の周りにはいつの間にやら現れていた光の粒たちが舞っている。それが何なのかを知る当人は、さして気にも留めないで。

 閑散とするそこで、幽王は何を求めているのか。それを知るのはおおよそ本人だけである。

 ただ一言いいきれるとすれば、幽王は待ち続けていた。何を、というのは少々難題ではあるのだが。


「シロちゃんのお家に勝手に入るのはどうかと思うけどなぁ」


 そこに優しい微笑みを見せる神埼美咲がやってきた。本人はそう言うが、神埼美咲自身も勝手に入っていることについての言及はない。

 神埼美咲の登場になにか思うこともなく、幽王は会釈をする。

 再び手記に視線が落ちると、神埼美咲は何も言わずに歩み寄る。そして、その手記について知り得る限りを口にした。


「レオナルド・ガーフェンの遺した最後の手記。神々の創造せし唯一神による、世界の絶対的支配についての考察。結局、その人は真実に到達する前に殺されちゃったんでしょ?」

「だとしても、これが唯一の希望だ」

「君にとっての?」


 嫌な聞き方だというふうに視線を神埼美咲へと戻す。すると、そこにはイタズラな笑みを浮かべた可愛げのある表情が伺えた。

 小さな息を吐き出し、手記を閉じるや幽王は言う。


「この世界にとっての、だ」

「世界を壊す。それがこの世界にとっての唯一の生存方法、だっけ?」

「そうだ」

「でも、世界を壊しちゃったら元も子もないよね?」

「真実はあなたが知らなくていいことだ」


 手記を内ポケットにしまい、大図書館をあとにする準備を始める。といっても、引っ張り出した本をしまうわけではない。

 右手を伸ばし、先程から周りをちょろちょろと飛び回る光の胞子に触れる。そうするや、数ある光の胞子たちが寄り添い、集まり、やがてひとつの形を作っていく。しかし、維持能力が弱いのか、形を作っては崩れるを繰り返していた。

 それを見ながら、幽王は仮面の下で笑む。


「準備は整った。カインの左目と四大魔女の心臓が三つ手に入った今、残す要因はあと二つ。四大魔女の最後の一人“空白の魔女”の心臓と、“最後の星”を抜き取ることだけだ」


 胸ポケットから一枚の漆黒のメダルを取り出して、それを指で弾く。

 目標は形を作りきれない光の胞子だ。幽王が弾いたメダルはキィィンと高い悲鳴を上げながら真っ直ぐに光の胞子の中へと潜り込んでいく。そして、すかさず彼は声を届かす。


「――――我が魂は渇望する(ソウル・ディザイア)――――」


 光の胞子を更にまばゆい極光が飲み込んでいく。そうして、最後には人の形へと変わり果て、それはどこか見たことのある幼女へと変貌した。生まれたばかりの幼女は静かな寝息とともに、幽王の胸元へと飛び込む。

 幼女を抱き寄せ、乱れた髪を払いその頬を一撫で。

 その様子を見ていたのは、もう神埼美咲だけではない。終わりを始める号令を聞くために、幽王が率いた者たちがぞろぞろと現れ始める。彼らの集結を持って、幽王はその言葉を放った。


「行こう。世界を終わらせるために、永遠の夜闇を迎えよう」


 幽王の言葉を受けて、皆が一斉に闇に溶ける。

 残った幽王の影は、そっと虚空に視線を向けながら。


「待っていろ。もうすぐだ。もうすぐお前の願いが成就する。絶望を希望に。希望を極光に。俺たちの願いはたった一つ。あの日から何一つ変わらない。一点の曇りなき純粋な願望――この終わりの見えた世界における“完全なる人類救済”。俺は、何一つ忘れてはいないよ。そうだろう、麻里奈・・・?」


 陽炎が溶ける。その声色は、たしかに柔らかく温かみのあるものだった。

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