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我が魂は願い乞う

 重い荷物が落ちたような音が耳に痛い。目に映る現実が、まるで夢のように思えた。

 でも、それはどうしようもなく現実で。代えがたい事実であることに気がつくと、俺はやるせない、声にならない悲鳴を響かせた。


「おっと。まさか、一撃で死んでしまうとは。やはり、生娘もただの人間だったか」


 黒服との戦闘中。敗北濃厚だった俺に、ただ一つ提示された勝利の希望。麻里奈の渾身の一撃が受け止められ、代わりに麻里奈に飛んだ光の雷撃は、難なく麻里奈の心臓を穿った。

 結局、どれだけの力を手に入れても、人間では神様には敵いはしなかった。学生という、大人にもなりきれない俺では、女の子一人も守れやしなかったのだ。


 そうか――――



――――なら、人間をやめてしまえば(・・・・・・・・・・)いいんだ(・・・・)……。




「……ほぅ?」


 俺の中で、何かが吹っ切れた気がした。瞬間にして体が軽くなり、思考は野生に近づいていくような感覚がある。今の俺の目には、しっかりと黒服の姿が捉えられていた。

 興味深そうに俺を見る黒服は、顎に手をやってつぶやいた。


 憎たらしい立ち姿に、俺は殺意が湧いた。きっと、殺害とはこうして起こるのだろう。殺人犯の気持ちが少しだけわかる気がする。要は気に食わないやつを力でどうにかしたいっていうことだろう?


 しかし、怒りに身を任せまいと、俺は息を大きく吸ってゆっくりと吐き出した。そうして、今にも飛び出しそうな体を抑え込むと、静かに名前を唱える。


「タナトス」

「何かな?」


 一拍も置かずにタナトスの返事が届く。見れば、タナトスの姿が俺の横に現れていた。まさか、ここまで読んでいたとは思うまい。もしもそうだとしたら質が悪いっていうものだ。

 ともあれ、こうしてタナトスを呼んだのには理由がある。感覚までもが野生に転じてしまっている体が、麻里奈の死の否定を報せたのはつい先程だ。研ぎ澄まされた聴覚で、麻里奈の心音が微かに聞こえたのだ。見たところ外傷も余り見当たらない。多少の火傷というところだろう。

 つまり、適切な手当をすれば助かるということだ。だが、致命的な問題となるが、俺は救命技術が皆無である。心肺蘇生もロクにできない。だから、タナトスを呼んだ。


「頼みたいことがある」

「戦闘でなければ最善は尽くそう」

「麻里奈を助けてくれ。また心臓は止まっていない」

「……正気かい? 自慢だが、僕は彼女が大嫌いだ。そんな僕が彼女を殺さないとどうして言えるんだい?」

「殺したってメリットがない。お前の目的は知らないけど、少なくても俺にそういう喧嘩の売り方はしないだろ? それに、死の神様なら蘇生法も知ってるってのが、漫画とかでは定番だぜ?」

「……んはは。面白い。やっぱり君は他とは違うようだね」

「できそうか?」

「言ったろ? 最善は尽くすさ」


 言って、タナトスは麻里奈の下へと近寄って具合を見始めた。これで心置きなく戦える。

 意識して抑えていた体の枷を解くと、どうにも自分が変わっていくことに違和感を感じてしまう。どうせ、これもタナトスのせいなのだろうけれど、感覚が鋭くなるというのはやっぱり気持ちのいいものではないな。

 すべての支度を終えた俺を待っていたのは、またも悠然と立つ黒服だった。


「神が関わっているとは思っていたが、あの死神と契約したのか。まったく物好きもいたものだな」

「変わった神様ってのは案外悪いものじゃないさ」

「軽口を言うものだ。内心では俺を殺したくて仕方なかろうに」

「……一つだけ聞きたいことがある」

「答えよう」

「お前にとって、この婚約はどういうものだった?」

「無論、貴様を誘き寄せるためだけのお遊びだが?」

「そうか……」


 お前が思ったとおりの鬼畜外道で良かったよ。これで、心から愛してたなんて言った日には、俺の怒りはどこへ行けば良いのかと思ってしまうところだった。その答えなら大丈夫だ。本当に心置きなくお前を殺せるよ。

 談話の途中で、紅色(べにいろ)の光色が輝く。黒服がその源へと目を向けた。果たして、黒服の目に写ったのは気絶したはずのダーインスレイヴの異常だった。


「……なんだ?」


 疑問に思う黒服の言葉に答えず、俺はダーインスレイヴの異常に答えるように右掌を上に向けて手を伸ばす。すると、ダーインスレイヴの中から紅色に光るメダルが抜け出て俺の右掌に収まった。

 同時に、俺の左目に文字が浮かぶ。


〈使用権限解除。コードネームド《ダーインスレイヴ》をインストール――完了〉

〈続けて《ダーインスレイヴ》の起源解析を開始――完了〉

〈続けて《ダーインスレイヴ》の存在証明を開始――完了〉

〈続けて《ダーインスレイヴ》の肉体着床を開始――完了〉

〈全てのタスクの完了を確認。武装化認証コードを開示。――以上〉


 最後に左目に映し出されたのは、文を見たところダーインスレイヴを武装化する合言葉みたいなものらしい。しかも、今更にわかったことがもう一つある。ダーインスレイヴが武装化するに当たり、必要な事があったようで、それが大切な人の身体的傷害(・・・・・・・・・・)だった。

 なんとも馬鹿げた代償だ。でも、武装化することができたのなら、麻里奈が傷ついたことにも少しは意味があったということだろうか。


「いいや、違うな。俺がもっと頼りになるやつなら……」

「何を言っている? それに先程の輝きは一体……」


「貴様が仲間を傷つけるなら、その怒りは何倍にもなって返って来よう。我が剣は的を過たず、貴様に永劫癒えぬ傷を与えるだろう。――――我が魂は願い乞う(ソウル・ディザイア)――――」


「なにっ……!?」


 右掌に収まった紅色のメダルを親指で宙へと弾き、左目に写った合言葉を唱える。すると、一層輝きは増していき、自由落下を始める頃には黒服が目を腕で防ぐほどに煌めいていた。

 そして、落ちてくるメダルを掴み取ると、メダルは形状を変えていく。輝きで見て取れないが、ダーインスレイヴの存在を確かに右手に感じた。ダーインスレイヴを抱きかかえたときと同じ重さが右手に掛かっていく。


 なるほど、だからダーインスレイヴは幼女の姿で現れたのか。


 きっと、神話武装の擬人化に伴う形体とは、単純に武装の重さで決まるのだろう。どうして女の子だったのかは未だに疑問ではあるが。


 全ての事象が収まると、黒服は顔を覆っていた手をどけて俺を見る。そうして、驚いたような目で俺を見ていたが、全部を悟ると再び手で顔を覆って笑いだした。


「はっはっはっはっはっ!! そうか……そういうことか!! 未だを以てしてもなお、未完というわけか、擬人神アイヌラックル!!」

「テメェの戯言は聞き飽きた。もう……黙れ」


 俺と黒服の最後の戦いが今、始まろうとしていた。

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