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諦めた者、手放した者

 恭介たちが居なくなって数秒。颯人の目の前には“絶世の魔女”と呼ばれる災厄と、仮面を被った終焉の王、幽王。さらには最愛の妻である神崎美咲が立ちはだかる。

 ボロボロになったログハウスの中で、三人の目が颯人を睨む。

 幼くなった颯人の姿を見て、幽王は少なからずを察したようで、それを言葉にした。


「乗り越えた……いいや、運命を手放したということか」

「どちらも同じさ。次の世界に未練を持っていかないっていう点ではな」


 その解答は正しかったのか。今でも考える時がある。されど、それらを正しいと思わなければ、長年の思いを、積み重ねてきた願いを、たった一人の子供に預けてしまったその罪を償う事はできない。

 颯人にとって、この旅路を預けることは、自分が犯してしまった罪をなすりつけることと同義だった。そして、それを受け入れられてしまったから、颯人にとっての希望が未来ではなく、御門恭介に変わったのだ。

 故に、颯人は今ここで無理とわかっていても戦わなければならない。壊れかけている希望の帰りを待つために。


「あいつはその程度じゃ折れないぜ?」

「……お前に何がわかる。何もかもを捨てられなかったお前に」

「捨てられなかったからさ。あいつは俺にそっくりだ。俺と同じで、何もかもを救いたがる」


 それが無理だと、とうの昔に知ったのに。

 それこそが無謀なのだと、かつて恭介に伝えたはずなのに。

 それでも恭介は立ち上がって、藻掻いて、足掻いて、歪な正義をこれでもかと振りかぶる。


神埼麻里奈それだけがあいつの全てじゃない。神埼麻里奈はあいつの始まりであって、終わりじゃない。それは、お前だってわかっているはずだろう、幽王? 他でもない、お前自身が」


 動かず。

 幽王はただ聞いていた。その傍らに死体と成り果てた神埼麻里奈だったものを抱きながら。

 やがて、ふつふつと笑いが漏れる。仮面の下からくぐもった笑いが、ひたすらに反響する。


「……だから言っている。お前に何がわかる(・・・・・・・・)とな。お前に御門恭介を語る資格はない。未来への切符を手放した、お前にはな」


 話は終わりだと、幽王は背を向ける。待てとは言えない。なぜなら、幽王を守るように神埼美咲が立っていたから。どうあっても、この世界ではわかり会えることはできないと知り、颯人は苦笑いをしながら息を吐く。

 神埼美咲も、その表情を濁らせた。戦いたくないという感情が見え透いている。けれど、戦わなければならないという想いも、たしかに感じる。その矛盾した行動の意味は、すでに颯人の知るところにある。

 幽王という謎の存在。その正体を、ある程度まで知り得た颯人だからこそ……。


「美咲……どうしても俺の邪魔をするんだな?」

「理由は……もうわかってるんでしょ?」


 首を縦に振る。優しく微笑み、理解している旨を暗示させる。

 神埼美咲の背にある翼のような炎が迸る。チリチリと火花を散らして、戦意を見せた。

 対する颯人も翼を大きくしならせる。


「あの子は殺させない。颯人にだけは絶対に」

「俺が幽王を殺す? ははっ。そりゃあ、どんな冗談だ。あいつを倒すのは俺じゃない。俺の……俺達の息子だ」


 すなわち御門恭介。心を折られ、戦意を失ったばかりの子供に、全てを託す。

 少し前の颯人ならば出るはずのない言葉。しかし、颯人は知ってしまった。御門恭介の境遇を。神埼美咲が残した愛子を。御門恭介が持つ、誰も予想打にしなかった英雄たる所以を。

 きれいだったログハウスの床を踏みしめて、颯人は告げる。


「世界はいつだって絶望だった。俺たちの見る景色は、いつだって燃えていた。人はそれを絶望といい、俺たちはそれを終末と名付けた。それを……超える時がやってきた。わかるか、美咲。終焉を超える時が来たんだ。俺たちはようやく、報われる(・・・・)


 先の見えない絶望の闇にたった一つだけ光があるとすれば、それは希望足り得るのだろう。颯人と神埼美咲にとってのそれが御門恭介だったのだ。そうあれと、誰かが望んだのだ。

 神埼美咲に手を差し伸べる。和解ではない。共闘でもない。ただ触れたいと、そう告げるように。

 その手を取ってはならない。取れば、何もかもがめちゃくちゃになってしまうから。神埼美咲にとって颯人は一人の大切な人で、神崎美咲にとって幽王は守らなければならない絶対の人。傲慢に胸を締め付けられながら、やがて弱々しい手が伸ばされる。


 しかし。


 深く。鋭く。抉るように、颯人の胸に赤い花が咲く。

 その正体を知る由はない。けれど、それをした人物ならわかる。神埼美咲は振り返った。


「それはいけない。美咲さん。あなたはもう、そちらには戻れない」


 仮面の主、幽王が語る。そのような傲慢は許さないと。その怠惰なる行動だけは感化できないと。

 神埼美咲にはもう、愛しき人に戻る資格は剥奪されたのだと。


「は、はは……そりゃあ、いい、な」

「は、颯人……?」

「幽、王。お前は、何か……勘違いを……しているぜ?」


 駆け寄ろうとする神埼美咲を振り切り、颯人は幽王へと近づいていく。

 少年のように小さくなった手が真赤に染まりながらも、その手をゆっくりと幽王へ伸ばしていく。純白の翼が赤く染まる。おぼつかない足でもって、進むその様はまさしく死を忘れた化け物だった。


「お前に、俺は……止められない。何もかもを諦めた……お前には」

「不老不死者になって間もない証拠だ。回復が遅すぎる。その体たらくで、よく俺たちの前に――」


「実際、よく時間を稼いでくれたよ。まあ、この様子じゃあ話し合いをしていたようだがな」


 割り込む。その声は静かに怒りに震えていた。

 声の主は小野寺誠。その横には黒崎双子がいて、さらにその背後には……。


「遅ぇぞ、バカ息子(・・・・)


 傷つきながらも立ち上がった、愛子の姿があった。

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