殺意の日
絶海の無人島。どうして、俺たちがここにいるのがわかったのか。いいや、それを議論しても意味は無いことだ。なにせ、美咲さんも、空に浮いているあの美女でさえも、俺達の話を聞くきなど全くないのだから。
それが当たり前であるかのように、俺は臨戦態勢を整える。が、事はすでに次のステップへと進んでいるようだった。美咲さんを挟んで向こう側、すなわち小野寺誠と日巫女がいるほうから、声が聞こえる。それはあるいは悲鳴だったかもしれない。怒りのような感情を交えて、こう告げていた。
「逃げろ、《常勝の化け物》!!」
逃げろ。美咲さんに敵わないから、ではない。小野寺誠の目に写っているのは、ただ一人。空に浮かぶ美女のみ。
知り合いか。それも出会いたくないほうの知り合いなのかもしれない。だって、その表情はいかにも恐怖を色濃くさせていたのだから。
「なぜ……なぜじゃ……どうして貴方がここに……母様」
かあさま? お母さんなのか、あの人が? いや待て、ならどうして彼女がここにいる。どうして、娘の心臓を奪い去ろうとやってきた!?
わからないことだらけで嫌になってくる。状況をすべては判断するには何もかもが足りなさすぎた。
そうこうしているウチに背後から麻里奈とエルシー、クロエがやってくる。少し遅れて刀を持った神埼紅覇も現れ、明らかに神埼紅覇の表情が歪む。
「絶世の魔女! それに神埼美咲まで……どういうことかな」
「久しぶり、お婆ちゃん。どうもこうもないよ。ただ時が来ただけ。世界を終わらせる。そのために、魔女の心臓が必要なの。だから、ちょーだい?」
「たとえ可愛い孫の頼みと言えど、その願いだけは叶えられない。それに非行を繰り返す悪い者には相応のお仕置きが必要というものだろう!」
神埼紅覇が駆ける。
通り道にいる俺に刀を預けて、速度を落とすことなく美咲さんの懐へ。そのまま両手で美咲さんを捉えようとするが、美咲さんの背に大きな時計が現れた。
心臓が強く鼓動する。それと同時に世界が停止した。
どういうわけか、俺は美咲さんの世界矛盾である停止世界でも辛うじて動くことができる。ただ、大して動けるわけではないため、あって無いようなものだが。
その世界で美咲さんの手が神埼紅覇へとゆっくり伸びる。その手には蒼い炎が纏っており、俺はその炎の能力をよく知っていた。幽王がメダルで封じ込めた焉燚と似ている炎と知り、俺はとっさに声を出す。
「ダメだ……!」
「…………やっぱり、君は動けるんだね。さすがは私の子、ってことかな。えへへ。ちょっとこそばゆいね」
「その人を……殺しちゃ……ダメだ……」
「うん。そうだね。それが正しい。家族を殺しちゃいけない。それはひどく悪いことだもんね。でもね?」
しかし止まらない。伸ばされた手は神埼紅覇の胸へと到達し、徐々に肉を裂きながら中へと入っていく。
「私は悪い子なの。家族を殺して、妹を殺して、大好きな人も殺す。そうまでして欲しいものがあるの。私にとっての禁断の果実が、世界の完全な終わりなんだよ」
「やめろ…………やめろぉぉぉぉ!!」
感情が高ぶる。それに呼応して神埼紅覇に渡された刀が震えた。その振動はやがて鞘を砕き、その刀身から妙な気配を醸し出す。
異常な気配を感知した美咲さんが俺に目を向けた。そして、その正体に検討をつけたようで、クスリと微笑んでみせる。
「颯人は君に力のすべてをあげたんだね」
「なっ……どうして……?」
動ける。自由に動くことが可能となった。
しかしなぜ? 美咲さんのいう颯人の全てとは、一体どういうことだ。
刀身を伺う。そこには何やら文字が浮かんでいるではないか。
「“愛子に力を”……?」
《“天國守夜鴉”とのリンクを開始します――完了》
《“地球の星霊”とのホットラインを確保――完了》
《以降、“天國守夜鴉”の許可申請を地球に移譲し、能力発動時の処理的負荷をマスターの脳から地球に代行。許可申請――――黒崎颯人の仲介を経て許可。システムオールグリーン》
「なんだなんだ!? てか、颯人のやつが許可を……って、もしかして、今初めて“星の加護”とかいうやつがアクティブ化されたのか!? あいつ……そういうのは一番にやっておくべきだろうが!」
文句はあるが、ギリギリ間に合ったから良しとしよう。
なぜかはわからないけれど、これで停止した世界でも動けるようになった。つまりは、美咲さんと対等に戦うことができるようになったのだ。
刀を構える。《終末の終末論》が黒崎双子が起きてないと使えない以上、期待するだけ無駄だ。今はこの刀とあまり使いたくはないが《終末論》を発動してどうにか美咲さんを倒さねば。
今にも飛び出そうとする俺を見て、微笑む美咲さんに何かがおかしいと周囲を見渡したその瞬間。俺の横に何かが飛んできた。直ぐ側に落ちた何かから飛散した液体のようなものを拭う。ねっとりとした熱い液。キツめの鉄臭さから、俺はそれが何なのかわかってしまう。
恐る恐る直ぐ側に落ちたものを見ると……。
「どう……して……」
見知った栗色の髪が赤く濡れている。目に生気はなく、見間違いであってほしいが腰から下が存在しない。赤い液体が血液だとわかる頃には、ログハウスの床に大きな血の池を造っていた。
心臓がうるさい。思考がぼやけ、視界が薄っすらと赤くなる。
よろける足でそれに近づいて、手をのばす。触れるが冷たく、死体であることが愕然と俺の心に書き記されていく。
「麻里奈……嘘だ。麻里奈、麻里奈ぁぁぁぁ!?!?」
神崎麻里奈。俺の大切な人。俺の目標。失ってはいけない、俺が俺であるための人――だったもの。
それを抱きしめながら、見下すように微笑む美咲さんを睨む。
「神埼…………美咲ぃぃぃぃいいいい!!」
俺は、初めて誰かを殺したいと、そう思った。





