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燕尾の影

 御門恭介がいる限り、どのような形であれこの世界は確実に救われる。


 人類、神々、星々の願いを集積させた秀逸にして醜悪な正義の英雄。未熟過ぎる力を持ちながら、強大な敵に立ち向かい、被害を出しつつも収束を迎えるその実力は、言うに及ばず。

 見せ続けた未完の背がすべてを物語る。

 故に、彼を王として迎え入れようと考えるのは当然の帰結であり、必然な行動だ。


 しかし、それを彼が受け入れられるかどうかは、別問題である。




 これが神崎家および神崎家を支援する日本神話の神々、さらには神崎家の後ろ盾となっている緋炎の魔女率いる魔女たちの総意である。

 俺は期待されている。幽王という未曾有の危機を目前にして、その行方の一切を俺に押し付けられようとしていた。


「王様って……俺はただの高校生で――」

「ただの高校生は死んだら死ぬんだが?」


 神埼紅覇が小首をかしげながら返す。


「それに結果的に生き残ってきたってだけで、俺が強いわけじゃ――」

「二度三度の脅威を退けたなら奇跡かもしれない。しかし、それ以上を退けたなら、それはもう実力だ。もちろん、足りないところは俺が鍛えてやる」


 小野寺誠がため息交じりに告げる。


「い、今の王様は麻里奈だろ? 俺にその席を譲るなんて普通しないだろ――」

「王様のお仕事ってね。すっごく疲れるの。私はきょーちゃんのベッドでゆっくり寝ていたいな」


 本来は仕事を投げるようなことをしないはずの麻里奈が死んだ魚の目の様子で訴える。

 生唾を飲み込む。滲み出た汗はきっと良くない兆候だろう。奥歯を強く噛み締めて、やんごとなき現状を見る。


 俺が王様? 意味がわからない。確かに何度か世界を救うようなことをしたかもしれないし、結果的に不特定多数の命を救ったかもしれない。でも違うんだ。俺の行動の一切合切はすべて、俺が死ぬべきなのか否かを問うためのものなんだ。

 だから、俺が一国の王様になんてなっちゃいけないんだ。どれだけ強かろうと、いかに賢かろうと、自分の命の価値を疑う生き物に何かを任せてはいけない。

 断ろうとする。なのに、みんなはそれをやめさせようとする。なぜか。


「みんな、きょーちゃんに生きてほしいんだよ」

「……は?」

「長年一緒に過ごしてきた私なら辛うじて、まして同じ境遇の不老不死者なら一瞬でわかる。きょーちゃんの世界矛盾は命の価値を問うものだって」


 ついさっきまで怒り狂っていた麻里奈が俺を優しく抱きしめる。

 バレていた。その事実を受け止められず、俺は目だけでみんなの顔を眺める。

 麻里奈の声が近く感じる。


「異常過ぎる回復速度は死ぬことが許されない不老不死者から見ても尋常じゃない。それにきょーちゃんは死ぬしか無い人を蘇らせることすらしてみせた。これで命の価値を問う矛盾だって気が付かないわけがないでしょ? そして、きょーちゃんの性格上、他人の命に価値は付けない。だったら、自分以外に考えられないよ」


 おそらく俺を最も知る人物である麻里奈がそう結論を付けた。さらに、俺を見てきたであろうみんなもそれに同意した。そうして今、俺を取り囲むようにしてここにいるのだ。

 俺を王様にする。つまり、俺に守るべきものを作らせる。俺の性格をよく知る麻里奈なら、俺が大切なものを捨ててまで死を選ぶとは考えられないからこういう事になったのだろう。

 実際、俺は大切だと思った人たちのためにここまで走ってきた。立ち止まりそうになったこともあったけれど、その度に自らを奮い立たせてきたはずだ。


 包容する麻里奈を退ける。視線は日巫女へ。声は少しだけ震えていた。


「俺じゃ日本を守れないかもれないぞ?」

「貴様に守れないなら、誰にも守れはしないじゃろう。貴様は自らを過小評価しすぎじゃよ。貴様にできることは、やってきたこれまでは、決して誰にでもできるものではなかった。最適解を続ける必要など無い。貴様が満足できる決断をし続けよ。妾にはできなかったことなだけに、少しだけ癪じゃけれどな」


 それだけ告げると日巫女は部屋から出ていく。眠そうに小野寺誠もそのあとに続いた。

 残ったエルシーとクロエは少し安堵したように息を吐く。麻里奈も肩の荷が降りたというふうに力が抜ける。

 答えは決まった。やれというならやってみよう。あまり怒らせたくない人たちだし。それに、期待されるのは案外悪い気はしない。


「では麻里奈。現当主として最後のお役目を告げなさい」

「うん、おばあちゃん……神崎家現当主、神埼麻里奈の名において、汝、御門恭介に王命を下します。私に変わり、この国の統治をしなさい」

「…………あぁ。やれるだけやってみるよ」


 すべてを了承した。あるいはすべてを諦めたとも言えるが。ともあれ、俺は差し出された手を取ろうと右手を伸ばす。手と手が触れようかというところで、その契約が成就するのは先延ばしにされた。

 体勢が崩れるほどの地震。思わず手を付き、転びそうな麻里奈を守るように抱く。

 地震が収まると、エルシーとクロエ、神埼紅覇の安全は確認できたため、残りの三人の安否を確認するべく俺は部屋から駆け出した。

 しかし、部屋を出てすぐにいたのは――。


「久しぶり。こんな無人島で会うなんて、やっぱり君と私は運命で結ばれてるんだね」

「どう……して……美咲さんがここに?」


 《左翼の龍姫》を発動した状態の美咲さんの姿が目に映る。それだけではない。吹き飛んだのか、あるいは剥がされたのか、不自然に消え去った天井の更に先には燕尾服の上からボロボロのロングコートを羽織った女性がそこにいた。


 誰だ? 幽王の仲間なのか。それに、この状況は一体……。


 動揺する俺に、美咲さんが答える。


「ごめんね。時が来たの」

「何を言って……」

「世界を終わらせる。そのために、彼女たちの心臓が必要なんだ」


 何を言っているのかはわからない。だが、美咲さんたちが――幽王がとうとう世界を終わらせようとしているのだと、それだけはちゃんと理解できた。

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