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白いもふもふ

 鬼熊――正確にはカタストロフィ・アルクーザを撃退した俺は、その夜は修行が終了ということでログハウスへ戻された。道中、神埼紅覇といくつか話をしたはずだが、あまりの疲労に会話の内容はおぼろげだ。確か、ログハウスに戻って、そのままベッドへ直行したのだが、目が覚めるとふわふわの白い毛に包まれて眠っていた。

 妙に柔らかく、適度に温かい。包まれるというよりは、俺が一方的に抱きしめているに近い状況で、覚醒したての俺の脳内では、もう一時間と誰かに言い訳をしていた。


 ともかく、ここ二日間の疲れを癒やすべく、惰眠を謳歌せんと葛藤する。しかし体が完全に意識を掌握したのは、聞き慣れない童女の声が聞こえたからだった。


「全く。これだから黒崎家の血筋は全くなのじゃ。ときたま見せるうい姿が惹きつけるのじゃ。全く。これでは朕が馬鹿みたいなのじゃ」


 小さくふっくらとした幼さの残る女性の手が、俺の髪をかき分けるように頭を撫でる。

 確信を持ったのは今さっき。視界にその人をいれたわけではないが、その特徴的な話し方と一人称、加えてこの白い毛並みを見ればおおよその検討はつく。

 獣化能力、あるいは獣人化能力を持っていると思われる白犬。その人が今、どういう経緯か不明なまでも、俺に膝枕をし、なおかつ白い尾をだきまくらとさせてくれていることは確定。目覚めたことを伝えなければならないことは重々承知している。なにせ、この無人島およびログハウスには麻里奈その他二名のお嫁さん候補がいるのだから。

 あらぬ誤解を招く前に火種を潰しておくことが先決なことくらいわかっている。わかっているのだが……。


 抗えない! 手放すことができないぞ、このもふもふは!!


 そう、どれだけの理由をつけようが、危険がまとわりつこうが、このもふもふ感を味わってしまえばそれまで。人を駄目にするソファなり、クッションなりが一時期流行ったが、これはそれをはるかに超える埒外のダメさ加減。

 言うなれば、人を虜にするだきまくらとでも言おうか。

 狸寝入りを延々と続けたくなってしまうそんな代物だ。


 ふと、俺が馬鹿な考えをしていると、目をつぶった先で暗くなる。おそらくは俺の顔を白犬が覗き込んでいるのだろう。

 バレたかと思ったが、悲しいことにこういう状況に慣れてしまった俺は、焦る場面で冷静な寝息を立てることに関しては群を抜いて卓越していると言える。そうそうバレるはずが――


「お前さま起きておるのじゃ? 少し匂いが変わったのじゃ」

「…………」

「狸寝入りは構わんのじゃが、朕は少しお花を摘みに行きたいのじゃ。せめて、少しだけ待ってほしいのじゃ」

「……………………はい」


 もはや何も言えまい。見た目が幼女なケモミミ合法ロリをだきまくらにし、なおかつおトイレを我慢させるなんて変態行為がもしも麻里奈やクロエにバレてみろ。死ぬだけじゃ足りないぞ。さらに言えば、姉妹愛が強いエルシーや日巫女の耳にそれが入ればどうなる?


 日本に俺の居場所が無くなる程度の問題じゃなくなる。


 きっと持ちうるすべての戦力を導入して俺を八つ裂きにするに違いない。

 死なないとはいえ、命が惜しくないわけじゃない。ここはおとなしくトイレが終わるのを待つしか……。


「…………おっかしいなぁ。幻覚かなぁ。勢揃いしている気がするなぁ……」


 目をこする。もう一度。二度。三度。四度目をこする前に床に頭を打ち付けた。だが消えない。そも、こんなにもくっきりはっきりばっちりと幻覚が見えるものだろうか。

 俺が見ている幻覚と思しきリアルは、トテトテと部屋を出ていった白犬を除いた全員が部屋に集結し、正座をした状態で、じっとり俺を見ているというこの世の地獄だった。

 夢ならばどれほど良かったでしょう。

 まあ、これが夢なら悪夢だし、夢じゃなくとも地獄だから大した差は無いのだが。


 深呼吸を一つ。ニッコリと笑う麻里奈に向けて、俺は言い放つ。


「おはよう。麻里奈」

「……優柔不断」

「はい」

「天然ジゴロ」

「はい」

「ロリコン」

「はい」

「犯罪者」

「いやそれはちょっと――」

「ん?」

「はい……」


 単語が痛い。言葉じゃない分、かなり痛い。笑顔が怖いし、ほんと怖い。

 久々のお説教モードだ。久々な分、これまでの小さなモノまでが組み込まれているような気もするが、それは甘んじて受けよう。というか、受ける義務がある。

 麻里奈は大分怒っているが、対してエルシーとクロエはというと、あまり怒っていそうではない。その差は何か。甲斐性か、長年の忍耐力のおかげか。あるいは……。


「まあ、いいじゃない、まりな。この際、一人増えようが二人増えようが対した違いじゃないわよ」

「そういう問題じゃないの。一夫多妻なんて日本は許してないし、きょーちゃんをそんなふうに育てた覚えもないの。ちゃんと一人を幸せに――」

「だったらなおさら問題ないじゃない。ソイツは始めっからまりな一筋だし、アタシたちもそれに一々口出しするほど野暮じゃないわよ」

「そうですよ。悔しいし、いっそ殺してしまおうかとも思いましたけれど、何分立場が立場ですから、流石に私怨で人殺しはできないですし」


 怖いなぁ。エルシーほんと怖いよ? 俺を取り合うのはまあ実のところ嬉しい限りなのだが、その過程で殺人事件が起きるとかはマジ勘弁ね。

 妙に冷静な二人の魔女を見て、頬を引きつらせる俺。しかし、わざわざこんな話をするために全員が集まったのかと思うと、やっぱりコイツらはみんな暇なんだなと感じてしまう。

 だが、話はそこでは終わらなかった。


「だから、きょーすけ。あんた王様になりなさい」

「…………は?」


 俺の素っ頓狂な声は、おおよそクロエの言葉を理解したとは言い難いアホのような声色だった。

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