天國守夜鴉
ひと目小野寺誠を見る。やつは勝手にしろと何も言わずに態度で示した。
砂浜に刺さる、一振りの刀はとても練習用とは思えず、ましてどこかで買えるような代物にも見えなかった。何より、俺をひ孫と可愛がるようになってしまった神埼紅覇は最強の人間だ。つまりは一般人とのズレが半端ではない。
そんな人物がプレゼントだと言って武器を与えてきたらどうなる。
この刀がエクスカリバーだと言われても俺は驚きもしないぞ。
一歩一歩進み、刺さる刀に手を伸ばす。刀などテレビでしか見たことはないし、持ち方だってわかるはずもない。だのに、刀に触れた途端にその扱い方がみるみるうちにわかってしまう。
「…………ホントお前ってチートだよな」
〈武装解析――――完了〉
〈モデル:サムライソードと認識。使用法を脳内へコピー――完了〉
〈サムライソードの特異性を感知。不朽不滅、断絶、汚されぬモノ、星の加護のパッシブを発見〉
…………な? 普通の刀じゃないでしょ?
「ちなみに、これって……」
「ん? ああ、その刀は処女の血と私の長年寄り添ってきた愛すべき刀、更には黒崎由美の肋骨を砕いた粉末を混ぜて溶かし、私が知る限りで最大にして最高の刀鍛冶である“放蕩の剣星”に打ち込んでもらい、《極東の最高戦力》に星の加護を授けてもらった一級品だ。なぁに、可愛いひ孫のためならば、私の刀なんて何本でも溶かしてあげるよ」
愛が重い。というか、なんで皆して愛が重いの? 由美さんなんて肋骨を差し出しているとか尋常じゃないよね。
その丹精込められた刀は未だ鞘に納められている。むしろ、今の話を聞いて抜刀したくなくなってきた。過度の期待は人を駄目にするのだとそろそろ気がついてもらいたい。
しかし、小野寺誠を見る限り、そうも言っていられない。わかってる。今の俺には打倒の手札がないのだ。これを引き抜いて、皆の重すぎる愛情に答えなければならないことくらい言われずともわかっているつもりだ。
…………待て、処女の血って誰の血だ?
「処女の血って誰のものですかね……?」
「麻里奈だよ。言われずともわかるだろうに」
「わっかんねぇよ!?」
「あの子もいずれ夫にする甥が可愛いようだ。リスクのない武器を作ると言ったら二言目には手伝うと言い出してね。君は愛されているよ、本当に」
麻里奈が処女……違う。論点はそこじゃない。つい最近白日のもとになった俺の血族が総出で俺に何でもかんでも与えようとしてくれるのはわかった。でもなんかさ。くれるものがマニアックすぎない? もっとこう、マネー的なものがほしいんだけれども。
文句を言えば、怖い曾祖母さんが何をするかわかったものではないので、ここは引き下がるしか無い。夜闇で表情がいまいち伺えないが、いつもどおり無表情なのだろう。いいや、微かな期待なんかを見せているのかもしれない。
どちらにせよ、俺にとっては迷惑千万である。なのに、少しだけ嬉しいと思えてくるのは、家族というものに期待をされたことが無いからだろうか。
柄を握る。鞘を持ち、その刀身を顕にするように引き抜いていく。本当に僅かな刀身が見えたとき、辺り一面が明るくなっていった。あらわとなった刀身が小野寺誠のタバコに付けられた火の光を吸収し、光度何倍にも引き上げているようだ。
「これは……」
〈マスターの生体情報をサムライソードが認証中……当機との連動を開始――完了〉
〈続けて同期を開始――完了〉
〈銘|“天國守夜鴉”のスタンドアローンモードを解除。システムオールグリーン。おまたせしました、マスター〉
どうやら、この刀は相当特殊なものだったらしく、俺の左目との連動が可能だったらしい。どういう原理かなど考えただけ無駄だし、俺ではどれだけ掛けても答えは出そうもないからやめた。
もういいと言われたので、刀を一気に引き抜く。続いて構えてみせた。
重い。本物の刀というものを持ったことがないため、率直な感想がそうなってしまう。けれど、俺はその刀身を振らさずに構えられる。全ては《黙示録》が俺の頭に刀の扱い方を書き込んでくれたからだ。今の俺は初めて刀に触れたのに剣術を納めている状態にある。
二度三度と振るう。重さによろけることもない。言っちゃあ何だが、見事な腕前である。
「どうだい、“放蕩の剣星”が鍛えた本物の刀の具合は?」
「いい刀だよ。俺にはもったいないくらいの」
「そうか。それはよかった」
満足そうな声が聞こえる。“天國守夜鴉”の刀身が輝いているおかげで先程よりも夜闇が少なく、神埼紅覇の顔がよく見える。いつもどおりの仏頂面だろうと思っていたが、それは俺の勘違いだった。
俺は今日に至るに、ここまで神埼紅覇の表情がわかりやすかったところを見たことはない。
彼女は笑っていた。満足そうというよりは、誇らしそうに。まるで、子供の成長を見届けているかのように。
あぁ、そうか。麻里奈をカンナカムイの嫁にしようとしていたから、黒崎颯人をけしかけて俺を殺そうとしていたから、勘違いしていた。
神埼紅覇は俺たちが嫌いなんじゃない。俺たちが好きだから、一人前にしようと奔走してくれていたんだ。ありがたいとはまだ思えない。きっと、それは俺がまだ子供だから。
でも、この期待にだけは答えたい。
柄を握りしめる。目に映るのはすでに呼び出されていた昨夜の鬼熊。荒い息をして、俺を睨むその姿に昨日ほどの恐怖はない。武器があるからか。それとも家族に期待されているからか。あるいは、守るものを正確に見定めたからか。
どちらにせよ、俺は小野寺誠の出す壁を乗り越えなければならないのに違いはない。
「行け、アルクーザ」
小野寺誠の合図とともに、鬼熊が駆け出す。その速度と重量から、トラックを思わせる。その正面に立ち、俺は刀を構える。やがて俺と鬼熊がぶつかる。交差する。
「――見事」
波の音が響く中、その一言だけが砂浜に立つ俺の耳に届いた。





