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眠れない無人島の朝

 無人島二日目。といっても、太陽が昇り始める頃に布団に入ったため、全く眠れていない。けれど、睡眠不足にはならないだろう。なぜなら、ここは無人島。学校もなければ仕事もない。よほどの事件がなければ俺は永遠に眠っていられるはずだ。

 もちろん、問題はある。半日も掛けずに造ったログハウスだから、部屋数が圧倒的に足りていない。リビング、ユニットバスを除けば完全な個室は二つ。一つは日巫女と白犬と神崎紅覇、リビングに設置されたハンモックには小野寺誠が眠り、最後の一室には麻里奈、エルシー、クロエ、さらには俺という超絶狭い状況になっている。

 それでも睡魔には敵わない。小野寺誠の半ば無理やりな修行につきあわされ、クタクタになった体は普段なら眠っている皆を触ることすら憚るのに、今日は押しのけるように布団に入る。


「ちょぉっとぉぉぉ」


 すると、無理やりな行動で半分意識が戻ってきたらしいクロエが眠そうに声を上げる。

 面倒なやつが起きたかと思いきや、むにゃむにゃと小さなお口をムニムニさせて、再び眠りにつく。加えて、クロエの両腕と右足が俺の体に巻き付くように強く抱きしめられる。


「…………おや、これはわたくしも抱きしめたほうがいいかしら?」

「起きてんのかよ……」


 エルシーが右肘を枕に立ててそこに頭を置いて話しかけてくる。仰向けに眠ろうとする俺の顔を覗き込むようにしているものだから、見た目が幼女なのに妙に色っぽさがある。

 互いに他の二人を起こさないように最小の声で会話を始める。


「クロエはお寝坊さんね」

「……お前が早いんだよ」

「私、お前って言われるのあまり好きじゃないの。エルシーと呼んで」

「んじゃ、エルシー。俺は今の今まで修行という拷問を受けていたんだ」

「それで?」

「眠いの。わかる?」


 エルシーの表情が少し微笑んでいるため、おそらくはわかっているし、わかっている上で俺を寝かさないように話しかけているに違いない。本当にひどいやつだ。睡魔に負けて襲っても仕方ないほどだぞ。

 ともあれ、このログハウスには絶賛魔女四姉妹が揃っている。しかも、長女である日巫女は姉妹たちのことが大好きと来たもんだ。もしも、俺が妹たちに手を出したとあれば、後で何をさせられるかわかったものではない。

 そんな恐ろしい未来がわかっていて、手を出すような愚かなことは流石に――


「ここは狭いでしょう? あちらのソファで膝枕をしてあげましょうか?」


 ささやくように、くすぐったい言葉が俺の耳を犯す。

 意識があと少し飛んでいたのなら、俺は囁きのとおりに体を動かしてソファで至福の時間を過ごして、目を覚まして麻里奈とクロエに尋問されたことだろう。

 しかし、そうはならなかった。なぜか。鬱陶しかったはずのクロエのホールドのおかげで、辛うじて俺の意識が強く出れた。そのおかげで俺は悪魔の言葉から逃れることができたのだ。

 首を振り、左に横たわるエルシーを左腕で抱き上げる。驚いた表情のエルシーだが、すぐにいつもの淑女たる顔に戻り、少し頬を朱に染めながら言う。


「ま、まったく。夫のあなたが望むのでしたらこういうこともやぶさかではありませんが、急にするのは少し……驚きます」

「いや、そろそろそこから退かないと、麻里奈に怒られそうだったからな」

「え?」


 頬を染めていたエルシーがバッと右を向く。俺から見て左の方向には、エルシーが元寝ていた場所のさらに先、そこに麻里奈が眠っていたはずだ。けれど、今の麻里奈はにっこりと笑ってこちらを見ている。なまじ薄暗い部屋だから、一見すればホラー映像のようではある。

 その表情を見たエルシーがヒィと小さい悲鳴を上げたかと思うと、両手で小さなお口を押さえた。どうやら、淑女たる威厳を守ろうとしたらしい。寝込みを襲おうとする辺りで、すでに俺の中でエルシーは淑女の姿が随分と崩れていることは内緒だ。


 にっこり笑顔の麻里奈に恐る恐る声をかける。


「起こしちまったな」

「まあ、うん。そうだね」

「……怒ってるよな?」

「そう思うなら、そうなんじゃない?」

「…………えっと、ごめん」

「謝る理由がはっきりしてないのにとりあえず謝ろうとするのは私、嫌いだなぁ」


 ザ・ご機嫌斜め。不機嫌と言い直してもいい具合に、麻里奈はどうも文句がありそうだ。

 無論、それがエルシーと俺がイチャコラしていたからというのはわかっている。しかしだ。別に、俺からイチャコラしたわけではなく、エルシーが幼女のわりに色っぽい声で誘惑してきたのだ。そこのところを十分に理解してもらいたいものだ。

 俺の行動で結果的にエルシーが退いたことで、麻里奈がその空きスペースに転がり込むように寝転んできた。おかげで現在の俺は、右にクロエ、左に麻里奈、腹の上にはエルシーが居座っている。見る人から見ればハーレムの朝、みたいな感じだろう。しかし、本人である俺からすれば、一触即発のグラウンド・ゼロだ。

 地獄の一丁目って胃が痛くなる場所でしたっけ? と思うほどに俺の精神がマッハで削られていく。

 やがて口から血でも吐くのではなかろうかと震えていると、左に寝転んだ麻里奈が俺の左腕を抱いて、腹の上に居座るエルシーに言う。


「きょーちゃんは私のだから」


 まるで、自分の匂いを着けるように。ベッドの上限定で裸族な麻里奈が体を擦り付けてくる。

 それに対抗するように、眉間にシワを寄せたエルシーが俺の体を抱きしめる。


「まだ結婚していないのだから、あなたの人になったわけじゃないわよ?」

「あのぅ……ふたりとも俺を寝かせるつもりは……」


「「ない(よ)(わ)」」


「ですよねぇ……」


 修行終わり。迎えてくれたのは可愛い少女たち。けれど彼女らは、俺を寝かせてくれそうにない。

 もうね。さすがの俺も溜息が漏れちゃうよ。

 とりあえずまあ……。


「寝かせてくれ……」


 心の声は、やっぱりどうしてこぼれ落ちてしまうようだ。

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