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希望が絶える

 砂煙が大きく舞う。鬼熊の一撃一撃が、あるいは一歩一歩がありえないと言わざるを得ない威力を誇って恐怖を増長させる。そも、日本人は熊みたいな強敵と戦うなんていう習慣がないせいで、こういった緊張感には特に弱くなってしまっている。

 かくいう俺も、何度目かの窮地だというのに、未だに戦場には慣れそうにない。だからこそ、今こうして走りづらい砂浜を逃げ回っているわけだが。しかし、それにもやがて限界が訪れる。

 心臓がはちきれそうなほど鼓動がうるさい。全力疾走を初めて早十分。日頃から運動をしていないせいもあり、もうギブ気味になり始める。けれど、鬼熊はそんなことお構いなしに追いかけてくるし、なんだったら小野寺誠はどこから取り出したのかチューハイに手を出し始めた。


「お気楽だなぁ!?」

「俺は追いかけられてないからな」

「だろうね!? お前が追いかけさせてるんだもんね!? てか、何かないわけ!?」

「叫ぶ元気があるなら反撃でもしてみたらどうだ?」


 ご尤もで! でもね、聞いて? 四メートルもある熊とやりあってただで済むとお思いで!?


 もちろん、小野寺誠の言う反撃とは俺の思っている真っ向の反撃ではないことくらいわかっている。しかしながら、敵の隙きを見つけて反撃する技術などあろうはずもない。

 いったい、小野寺誠は俺に何を期待しているのだろう。どのレベルの戦いを望んでいるのだろうか。

 俺が小野寺誠の期待や望みを聞いてやる義理はないが、とにかく鬼熊をどうにかしなければ一生こうして逃げ続けるわけにもいくまい。


 迫りくる鬼熊から逃げるのをやめ、右手を引いて鬼熊の突進に合わせて突き出す。ド素人の右ストレートだ。街角のガラの悪い兄ちゃんには聞いても、どうも鬼熊には驚きの感情すらなさそう。

 まるでダンプカーに轢かれたように俺の体が宙を舞う。


「むやみに突っ込んで倒せるような相手に見えたのか?」

「るっせぇ……」


 ここが砂浜でよかった。落下時のダメージを砂浜の柔らかい地面が和らげてくれた。まあ、それでも背中に伝う鈍い痛みまでは緩和されてはイないから、まるっきりゼロというわけではないのだが。

 服についた砂をはたき落とす暇もなく、再び突進を開始した鬼熊と目が合う。


 さて、俺の非力な右ストレートでは、あの鬼熊をひるませることすらできやしない。《終末の終末論(ラスト・エンブリヨ)》を発動すれば敵うだろうか。可能性はなくはない。だが、あの極悪非道そうな小野寺誠が果たしてそれでクリアできるような相手を出すだろうか。

 いや、うだうだ悩んでいる暇など俺にはない。《終末の終末論》を発動するしかない!!


「《終末の終末論》――――多重定義連続稼働オーバーロード!!」


 暗かった砂浜が一気に明るくなる。俺の左目から発せられた虹色の炎がまばゆくなったのだろう。ただ突進をしていただけの鬼熊が初めて警戒するように立ち止まった。じっと視線が俺の変貌を凝視する。


〈――――エラー〉


 左目にそう印字される。

 驚きすぎて、なに!? という声が出てしまう。まばゆく光る虹の炎が急速に収束していく。やがて完全に輝きを失った左目が、エラーなる理由を語り始める。


〈リヴァイアサンおよびベヒモスの許可が降りませんでした〉


「…………え、発動するのにあいつらの許可いるの? てか、許可制だったの?」


〈代償:大切なヒトとの記憶を支払えば発動できます。発動しますか? YES/NO〉


「却下だ! クソッ、電話で叩き起こしておくべきだったか!?」


 スマホの電源が切れていることを思い出して、それすらできないのだと理解して小野寺誠を見る。

 飲み終えたチューハイ缶を握りつぶし、観察するように俺を見ている瞳にもはや恨みすら感じさせる。

 もしも、そこまで計算してこの時間を選んでいるのなら、小野寺誠は本当にたちが悪いと言わざるを得ないだろう。


 《終末の終末論》が発動できない。他に俺にできることと言えば……。

 代償のある終末論の再現あるいはメダルに封印されたイヴたちの武器化か。後者は本人たちがいなくともできるのかが未確認のため、あまり当てにできそうにない。ならば、前者なのだが……。


「駄目だ、この熊を倒せる終末論がわからん……」


 左目に命令を出してパターンを出してもらえばあるいは見つかるのかも知れないが、俺の嫌な予感が先程からビンビンに働きかけている。

 こいつは俺の天敵かもしれない。なぜかはわからない。だが、何故かそう思う。

 鬼熊の凶悪な前足の一撃を辛うじて避けると、小野寺誠が一声かける。


「ようやく気がついたようだな」

「な、なに……が……」

「アルクーザは地獄で生まれ育った特殊な熊だ。死者の魂を餌として食い続けたせいで、閻魔に見つかり地獄の最下層に追いやられ、そこで更に死者の魂を喰らい続けた化け物だ。果ては地獄の門を食い破り、地上に這い出ようとしたものだから、緋炎の魔女が己の眷属として使役したんだ」


 …………え、そんなのと俺を戦わせてるの? 馬鹿じゃないの!?


 そんな大物とは露知らず、ただ変な教育をされた熊だと思っていたら、まさか地獄生まれでいらっしゃったとは…………ん? 待てよ。それって……。


「な、なあ。俺の勘違いならいいんだけどさ……」

「ん?」

「地獄の門を食い破って地上に這い出ようとしたって……それ、終末論じゃない?」

「そうだが?」


 あぁ(・・)なるほど(・・・・)。通りで倒せそうな終末論が思い浮かばないわけだ。

 だってこの鬼熊は終末論そのものなんだ。俺はまだ、終末論を一度だって越えられたことがないじゃないか。メダルで封印する。もしくは幽王や颯人の手によって止められたことしかない。故に、俺はまだ終末論を越えたことがない。

 頼みの綱であるメダルは自宅に置いてきてしまった。そして、俺を助けてくれそうなやつはこの場にはいない。俺には、この鬼熊は倒せないのかもしれない。


 諦めかけたその時。小野寺誠が手を叩く。すると、鬼熊の足元に大きな門が現れ、それが開くや鬼熊が落とし穴に引っかかったように落ちていく。

 何事か。それを引き起こしたやつの方を見た。そいつは呆れたように首を振って、こう告げる。


「今日はここまでだ。明日も同じ時間にこの場所に来い」

「ま、待て……ハァ……どうして、あの……ハァ……熊を……引っ込めた……?」

「俺は別にお前を殺したいわけじゃない。俺の目的はいずれ緋炎の助けになるお前の強化だ。疲れ果てて、アルクーザの餌になるのを容認するのはやりすぎだと思ったまでだ。今日は休め。ただ、思考はやめるな。お前に必要なのは、強大な敵の倒し方じゃない。己自身の戦い方を見つけることだ」


 言うなり振り返って歩きだしてしまった。

 先程から妙に疲れるのは気のせいではないだろう。おそらくはあの鬼熊に精力を食われているのだ。さすがは死者の魂を食らった熊というべきか。俺は本当にあれを倒せるのか。不安でしかないが、今日のところはお言葉に甘えて休ませてもらおう。

 他に心配な事があるとすれば、今から麻里奈やクロエ、エルシーらが眠っているベッドに潜り込まなければならない現実と、若干明るくなりつつある空くらいだろうか。

 早く小野寺誠が目指すレベルの強さにならないと、睡眠不足で死んでしまうかもしれないな。不老不死だから、あまり関係はないだろうけれど。

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