敵か味方か
女神の大戦に大々的に巻き込まれる前に逃げ出した俺は、宛もなく浜辺を歩いていると遠いところに一人の青年の姿が写る。小野寺誠だ。やつが何をしていようと構わないが、話し相手もいないところに出会ったとなれば話は別だ。
話したくも無いけれど、声をかける。
「何してるんだ?」
「…………御門恭介か。随分と気に入られているんだな」
はて、それは誰のことだろう。麻里奈? クロエ? エルシー? 俺から見れば嬉し恥ずかし傍迷惑な女子の争いなのだが、周りから見ればそう見えるのだろうか。
しかし、小野寺誠が指していた人は別の人だった。
「緋炎は、どうしてこんなやつを気にいるんだろうな」
「あぁ、そっち……あんたこそ随分と日巫女を気に入ってるようで」
「当然だろう。あいつは俺を作った張本人だぞ。いわば母親みたいなものだ」
見た目は合法ロリな真の姿を隠す日巫女のような女性を母親に持つとは、いったいどういう心境だろう。かくいう俺も世界の敵と成り果てた世界最後の王女を母親としているため、似たようなものなのだと思うが。
ろくな答えが返ってくる気がしないから、わざわざ聞きはしない。逆に聞かれたとしても、まともな回答ができそうもないしな。
会話が終わりそうなのをどうにか続けたいと話題を探す。こんな無人島であまり仲が良くないやつと二人で何を話せば良いのか。陰キャではないが、陽キャのようにワイワイ話す事ができない俺は話題探しが捗らない。
結果的に何も言わずに時間が経つと、何を考えているのか小野寺誠のほうから話しかけてくる。
「不思議なものだな」
「……なにが?」
「お前は世界を終わらせる女と、世界を救う男と、世界を試す男の間に生まれた子供で、人類最強と不老不死者最強の孫。生まれは異常中の異常だというのに、つい最近まで一般の中で劣等の部類に入っていた。世間が英雄を望んでお前を作ったというのに、その世間によって秘密にされ続けていたんだ。不思議という他ないだろう」
言われてみれば、俺の立場を考えるとそういうものになるのか。
人類最強の神埼紅覇の孫である神崎美咲は世界を終わらせる王女で、不老不死者最強の黒崎由美は俺を作り出した研究者であるカインの母親だ。
颯人の出自は知らないが、そちらもどうせ特別なものなのだろう。当の本人である颯人がもう普通ではないのだから、それらの血族である俺は本来であれば普通ではないはずだ。
「実感がないんだ。急にそんなことを言われても」
人類最強と不老不死者最強の血筋と言われても、俺の人生なんて平凡なものだったから、特別なことなんて本当にひとつもなかったんだ。あるとすれば、周りに恨みを買うほどカワイイ幼馴染がいるというだけ。
ニセとは言え、両親の愛情なんて感じたことはないし、今となってはそうなるのも当然だとさえ思う。でもたった一人。麻里奈だけは初めから俺に愛情のようなものを注いでくれたんだ。
「麻里奈はさ。本当に可愛いんだよ。朝に弱いのに、頑張って朝ごはんを作ってくれようとするし、家事が苦手な俺の代わりに家事をやってくれるし、家が近いわけでもないのに毎日俺に会いに来てくれた。そりゃあ、周りに恨まれてもしかないって思うさ」
「……お前が紅覇ちゃんの孫を好きなのは知ってる」
「す、好きかどうかは置いておいて……きっと、今の俺があるのは麻里奈のおかげなんだ」
昔から麻里奈がそばにいたから。一つしか違わない年齢だというのに、麻里奈はできすぎてしまったから。子供の俺には麻里奈が両親の変わりだったのだろう。おそらく、俺の本当の母親である神崎美咲の妹であることがそう思わせたのかもしれないけれど、それでも俺は麻里奈の背を見て生きてきた。
だから、俺のこの好意は、子供が母親を好きだというのと同じなのかもしれない。違ってくれていたらいいのだが、俺にそれを証明する方法は思いつけない。
海の声が聞こえる。海神を怒らせたらしいから、どやされているのかもしれないが、僅かな会話の途切れを埋めてはくれた。
小野寺誠は小さく息を吐く。それは呆れを含んでいるもので、次の言葉はそれを忠実に表していた。
「くだらない。だからなんだ。自分は紅覇ちゃんの孫を好きになっちゃいけないとでも言い出すのか。子供にも程があるぞ、幼稚園児」
「え、今の流れで普通バカにされる? 待って、シリアスシーンだということをお分かりでない?」
「シリアスシーンもなにも、男が二人で海辺で会話するなんていうのがすでにナンセンスだ。やめてくれ、俺が好きなのは不老不死の可愛らしい美幼女だ。青臭いガキじゃない」
なかなかの問題発言だと思うけれど、それは良いのだろうか。いや、真面目そうな顔だからきっと問題とすら思っていないのだろうけど。
小野寺誠がロリコンだという純然たる公開発言を受けて、驚きを隠せない。しかし、それを顔に出すと変なふうになる気がしたので、ここは黙っていることにした。
「いいか。お前はなにか勘違いしているようだから言っておいてやる。好きなやつに理由をつけて嫌いになろうとするのは、石橋を叩いて渡るような慎重なやつじゃない、テメェの心に嘘をつく愚鈍で馬鹿で最低なやろうのことだ。お前は愚鈍で馬鹿だが、最低なやろうじゃないはずだ。これは俺の思い過ごしか?」
「なんか心をすんごいえぐられていく気がするんだけど……」
「俺は前に聞いたな。魔女の敵になるのかと。そしたらお前、なんて答えたか覚えてるか?」
「…………?」
そういやそんなこともあったなぁくらいにしか覚えていないな。でも、それをそのまま伝えたらどうなるかわかったものではないから口を噤む。
「答えなかったんだよ、お前は。あのときのお前の精神状況を把握していなかったとはいえ、お前は迷っていたんだ」
その目は迷いなく、ただひたすらに日巫女のことだけを思い続けている。その在り方は日巫女のために。その歩みは日巫女の道を作るために。小野寺誠の強さは、日巫女を護るためにあるのだろう。
その男が目で訴える。答えろと迫る。
あのときは後ずさった。逃げようとしてしまった。けれど、今日の俺は引かない。真っ直ぐに小野寺誠の目に視線をぶつけ、かすかに笑ってこう答えた。
「日巫女が誰かのために動くなら、俺は味方だ。日巫女が間違った道を行こうとしたなら、俺は敵だ。認めてくれるかはともかく、俺は日巫女の友達だよ」
「…………それは魔女も喜びそうな言葉だな」
初めて小野寺誠が微笑んでいるところを見たかもしれない。いつもはムスってしているものだから、いつ怒られるのかとビビっていたが、こいつもこんな顔ができるのか。
長らく無回答だった問に回答を成し、それがどうも正解だったようで俺は胸をなでおろす。
と、意外にも長く話をしてしまったようで、麻里奈たちが俺がいなくなっていることに気がついたらしい。遠くからみんなが俺を呼ぶ声が聞こえる。逃げるかどうするか悩んでいる俺に、小野寺誠が話しかけてくる。
「強くなりたければ、夜中にここに来い。俺がお前を強くしてやる」
「……それは自分の血を俺にぶっかけるとかではなく?」
「それで強くなれるなら楽だったんだがな。手ほどきしてやるだけだ」
カンナカムイと違い、やはり人間ベースの不老不死者は己の血を掛けるだけでは強化できないらしい。俺としては嬉しい限りだが、どうして急にそんなことを言いだしたのか。いや、そういえば、以前にも同じようなことを言われたような……?
ともかく、今は逃げるかどうするか。逃げるなら退路を確保しなければならないわけで。
周囲を見回していると、足元が白く光る。
「まさか……」
「開け、無限回廊――――俺は迷惑ごとを持ち込まれるのは嫌なんだ。それにいつか解決しなくちゃいけないことを長々と引きずるな。話せばわかる相手には見えないが、面倒なら全員を娶ればいいだけの話だろ」
いや、どこぞの大王の考えだよ、それ。
というか、今の詠唱って確か皆をこの島に連れてきたときと同じやつ……。
「てめ、ふっざけんなぁぁぁぁ――」
白い光に飲み込まれ、俺の体は別の場所へと移動していた。
その先で少し怒ったような顔で、全身砂や水で汚れている三女神が俺を見つけて迫りくる。後に散々説教を食らった挙げ句、逃げないように三人でホールドされる羽目になったのは言うまでもないだろう。
小野寺誠。次会ったら絶対に許さない。と、心に決めて、逃げられそうもない至福のときを今は満喫するのだった。





