無人島の女神大戦
世の中は不思議なもので、自分で言うのも何だけど不老不死者なんていうとんでもな存在である俺だが、俺を超えるとんでもない奴らはゴロゴロと存在する。世界ごと輪廻転生を繰り返してきた黒崎颯人然り、存在するだけで周りに影響を及ぼす“人類史の祖”に属する者たち然り。
しかし、俺はまだ知らなかった。周りにもうひとり、埒外の存在がいるということを。
そいつの名前は小野寺誠。緋炎の魔女の右腕にして、世界の終末を超えて人類を率いる《選ばれし者》に属する豪傑だ。見た目がイケメンだからいけ好かないが、その強さはまだ俺の知らぬところである。
で、だ。どうして、俺がそんなことに思いふけっているかと言えば。件のイケメンが俺の目の前に現れたからなのだが……。
「ようやく見つけたぞ。何がどうすればこんなところに来るんだ、お前は」
「……俺を探してたのか?」
「ああ。紅覇ちゃんが朝からお前がいないと喚き散らしてたからな。魔女の命令で探しに来たんだよ」
紅覇ちゃん……齢百を超えるJCをして、ちゃん付けできるとはこの男一体何歳なのだろう。
本来なら人生で二、三人出会えれば多いほうだという不老不死者がどうしたことかよく会う人生になってしまったから、年齢というものに頓着が薄くなっている感覚がある。本当なら、お前何歳なんだよと呆れながら聞くところだが、どうにもそういう気分になれない。
無人島に男が二人。何かが始まる予感はしないし、起こりそうものなら全力で逃げる所存だ。
とにかく、この男が来たのならもう問題はないはずだ。帰りの用意だってできているだろうし。
と、甘い考えを持っていた。俺は忘れていたのだ。不老不死者とは何たるかを。
「開け、無限回廊」
「…………何をしてるんだ?」
右手を突き出し、何かを唱えると小野寺誠を中心に光の円が形成される。
そうして、異様な空気が頬を撫でる。嫌な予感がゾクゾクと背筋を過ぎた。これは感じてはいけない類の予感だ。
生唾を飲み、頬を引きつらせ、これから起こるであろう嫌な予感を逃げたいと思いながら待つ。すると、光の円から扉のようなものが出来上がり、それが開く。そこには……。
「俺を連れ帰るわけではないのね……」
瑞々しい、というか元気ハツラツな少女たちが現れる。麻里奈、神埼紅覇、色彩の魔女と呼ばれる四人の幼女が出てきたかと思いきや、皆々は周囲を見渡して笑う。
「アンタが遭難してるっぽいってわかったから、どうせなら皆で遊びに行こうって話になったのよ」
「どうしたらそういう考えになる? 普通助けようとか思わない?」
浮き輪なんかを抱いているクロエに呆れながら言うと、クロエこそ首を傾げておかしいと言いたげだ。
俺の言い分のどこがおかしいのだろう。俺は遭難者。皆は救出者。救出者が遭難者の前に遊ぶ気満々に現れたらそりゃおかしいと喚くだろうに。だのに、俺がおかしいと思っているクロエさんはいったい何を考えていらっしゃるのでしょうか。
クロエに変わり、長女である緋炎の魔女、日巫女=マルカブが話し始める。
「不老不死者が遭難するとは、すなわちバカンスじゃろ?」
「おい長女。しっかりしてくれよ、長女。日本の暑さでとうとう脳みそがとろけちまったのか?」
「今日はあまり妾を侮辱しないほうが良いぞ。なにせ、妾の右腕は自制がきかん」
言われるなり、俺の目の前で一瞬のうちに俺を襲おうとした小野寺誠と、人類最強と言われる神埼紅覇が対立する構図ができあがっていた。
ホント小野寺誠とかいうやつは、日巫女が好きすぎて周りに無頓着だな。常人では失神するような殺意と行動力を持っていやがる。まあ、それに対応できる神埼紅覇も十分人を逸脱しているのだが、今は護ってくれたことに感謝しよう。
「やめいやめい。妾と《常勝の化け物》は知り合いを超えた関係じゃ。少しばかりの戯れもあろう」
「…………開け、妖精郷の門――」
「やめろと言っておるじゃろ!? なんで貴様は妾の悪口を言われるとすぐに世界を滅ぼそうとするんじゃ!!」
助けて? 即刻俺を日本に帰して?
俺が原因とは言え、世界終末の危機に立ち会うのは年に一回くらいで十分だ。それでも多いだろうよ。なのに、最近は三ヶ月か四ヶ月に一回は世界の終末に立ち会っている気がする。なんだったら、ことごとくを解決しろって脅されてるような気も。
というか、俺の周りに世界を滅ぼせるやつが多すぎる。知り合いの神はもちろん。黒崎姉弟、天國、魔女、そして小野寺誠。その中には当然俺も含まれる。むしろ、皆からは俺が一番危険だと思われているフシがある。
いつか見たコントのような風景を眺めていると、俺の片腕にしがみつく存在が一人。
「あの……何をなさっているので?」
「未来の夫に体を預けているのですよ?」
「へぇ、未来の旦那様はどこかなぁ?」
「ふふっ。灯台下暗しですね」
そう言って俺を見てくる辺り、勘違いではなく俺のことを指しているのだろう。
幼女のくせに妙に色っぽく微笑むのは蒼穹の魔女、エルシー=シェアト。スカイブルーの髪に濃紺の瞳。齢は詳しくは知らないが、相当お年を召していらっしゃる。決して幼女なのではなく、合法ロリというほうが正しいかも知れないが、今は関係ない。
端的に言えば、可愛らしい幼女に求婚を迫られているのだ。しかも、随分と前から。もちろん、嬉しくないわけじゃない。ただ、問題は二つほどあって……。
「エルシーちゃんダメだよ? 夫を間違えちゃ」
「そうよ。ソイツはアタシのなんだから」
「あら、負け犬が二匹。ワンワン吠えていらっしゃいますね」
バチバチと火花が散る。無論、俺の幻視だ。そうでなくては困る。
なんか曇ってきたなぁ。変に痺れる匂いがするなぁ。竜神が空を舞ってるなぁ!!
エルシーの挑発的な態度に当てられた二柱の女神が顔を出す。麻里奈とクロエは、表情こそ笑っているが、心では大噴火を起こしているに違いない。しかも、エルシーのやつわかってて更に油を投入しやがった。
もはや火に油どころの話ではない。二大大国に核爆弾を落としたようなものだ。いつからここはグラウンド・ゼロになったんだ?
ともあれ、その中心地にいる俺は、この戦争に参加していない緋炎の魔女に助けを求めるが、日巫女のやつ目をそらしやがった。
「日巫女助けろ!?」
「そうじゃ、白犬。久しぶりに再会したのだから、近況を伝えよ」
「なぜ朕が姉上に――あ、あーわかったのじゃ! わかったから、そう怖い顔をしないでほしいのじゃ!!」
色彩の魔女の三女《空白の魔女》である白犬=アルゲニブが一度は面倒そうに答えたが、俺から見えない日巫女の表情を見た途端に汗をダラダラと流しながら謝り倒している。そのままどこぞへと連れて行かれ、この場からフェードアウトしていった。
さて、残されたのは核戦争を起こしそうな女神が三柱。小野寺誠もいつの間にか消えており、最後の頼みだった神埼紅覇は嬉しそうに微笑むだけで助けてくれる気配はない。
神よ。なぜに我を見捨てたもう……。神様が皆タナトスのようなやつなら、面白いからって理由で見捨てそうだなと考えつつ、俺は事の顛末を終えるまで静かに右往左往へと引っ張られるのだった。





