英雄は祝福の中で眠るだろう
「いやー、実際ホントに死ぬとは思わなかったぜ」
などと供述しており……。
ここだけ聞けば『やべ勢いで殺しちまったぜ♪』的な酔っぱらいの発言のようにも聞こえるが、発言しているのは死んだほうなのだから世も末だ。
なにはともあれ……いや、なにもともあれではないのだが、死んだはずの颯人が幼い姿で俺にライダーキックをかまし、大人びた由美さんが俺を抱きしめながらソファに座っているという不思議空間が突如としてできあがってしまったわけだが。
ここは落ち着こうビークール。俺は至って冷静だビーダッシュ。
記憶にあるついさっきの戦闘を思い出す。颯人は確かに死んだし、夢だったとはとても思えない。
しかし、一つ違和感があるとすればそれは由美さんの容姿の変化だろう。まるで、成長したような姿に違和感を覚えない者はいない。まして、由美さんは不老不死なのだから。
「さて、釈明を聞こう。君は死んだはずだね、黒崎颯人?」
「あぁん? ああ、死んだよ。見事に塩の塊にされて、そこにいる御門恭介の手によって殺された。それは間違いない。ああ、何一つ間違っちゃいない。その事実だけは、な」
「つまり、他に事実が存在すると?」
「事実というよりこれは、後日談ってやつだな」
まるで話についていけないが、それが平常運転である俺を捨て置いて、話は続けられていく。
俺なりの解釈では、颯人は死んだ。そして、颯人は生きている。よし意味がわからない。
颯人の説明をわかっていなさそうなことに気がついた由美さんが俺を抱きしめる腕の力を強めて俺の視線を奪う。
「結論から言っちゃうとね。私がハヤちゃんを産んだの」
「……どうしよう、まるで意味がわからないんだけど!?」
颯人は死んだ。颯人は生きている。颯人は由美さんが産んだ。今ここ。
やべぇよ。不老不死者ってめちゃくちゃって思ってたけど、ここまで来るとめちゃくちゃを通り過ぎてハチャメチャだよ。なんでもありを歪曲して理解したものだけが理解が及ぶような世界は俺にはまだ早すぎる。
理解がなおも及んでいない俺をたしなめるように困り顔の由美さんが俺の頭を撫で始める。
こんな前代未聞の話――前代未聞で言えば、不老不死者を殺した俺の所業のほうがそうなのだが――のはずなのに、柔軟すぎる最強の人間の頭脳はどうやら由美さんの説明で殆どを理解したようだ。
「なるほど。輪廻転生の概念ってことでいいのかな」
「そそ。つまりはそういうことさ。まあ、厳密には違うんだけどな。もっと的確に言葉を充てがうなら、今の俺は姉ちゃんの世界矛盾なんだよ」
と、手をひらひらとさせながら簡単ではない言葉で説明する颯人。
その様子を見ながら、神埼紅覇は額に手を当てて息をはく。そうして、目線を由美さんへと向けて……。
「とすれば……はぁ、またあなたがやったのか」
「また? またってどういうこと? え、由美さん前科あるの? 嘘でしょ?」
というか、輪廻転生ってなに。死んだ人を蘇らせたってことで理解していいもの? ねえ、誰か教えてなる早で。
死んだ人を蘇らせる。あるいは多数の人外を敵に回しても町ごと破壊するほどの戦いを見せる。見ただけであらゆるものを模倣する。などなど……。
由美さんには驚かされることばかりだが、よもや神埼紅覇にため息をつかせるほどの人だったのか。とてもそんな人に見えない由美さんが微笑みながらつぶやく。
「私の世界矛盾。君はまだ知らないよね?」
「え、ええ。まあ」
というか、全世界で知ってる人間が颯人以外にいるのだろうか。
いや、この空気。もしかして知らないのは俺だけ?
神埼紅覇は言っていた。かつて颯人に喧嘩を売ったと。その際、由美さんの世界矛盾を知ったのかもしれない。そうであるなら先程の神埼紅覇の発言にも頷ける。
では、神埼紅覇にまたと言わせる黒崎由美の世界矛盾とは一体どのようなものだろう。模倣は違うと調べはついている。だとすれば、一体……。
「私の世界矛盾はね。神の教え、世界の在り方、定められたあらゆる秩序を覆すの。ホントはあまり使いたく無いんだけど、今回は例外で」
朗らかに微笑んでいるがとてもじゃない聞き捨てならない言葉が聞こえたような気がする。
なおも由美さんの話は止まらない。
「それで死んだハヤちゃんの魂が召される場所を私の子宮にして、美咲ちゃんが見つけちゃった、本来子を成せないはずの不老不死者が子供を成すっていう世界矛盾を模倣して、魂となったハヤちゃんを記憶をそのままに私の子供として孕んだの。あとは一秒の定義を引き伸ばしてハヤちゃんが生まれるまで安静にして、出産したの」
それはチートと言うんです、由美さん。
ようやく理解が追いついた。要はこうだと言えば、そうなってしまうという恐ろしい世界矛盾だろう。通りで本気を出せば一瞬で人外を御せるわけだ。さらには相手の技を模倣することができるともなれば、なおさらに危険だ。
もしかしたら、本当に危険なのは颯人や幽王などではなく、怒った由美さんなのではないかとさえ思う。
説明を終えたはずの由美さんの発言はそこでは収まらなかった。
「そして世界から頂いた御銘は《堕落の秩序》。でも、私の世界矛盾は強すぎるから、大きなハンデがあるんだよ」
「それは……?」
「何かを覆す際に元の秩序と覆した秩序の情報量が膨大すぎて普通の人間の脳だと一瞬で細胞が焼き切れるの」
「うげぇ」
考えるだけでも痛そうなことを平然と言いのける由美さんに心底呆れる。
子供をあやすように撫で続ける由美さんが“だから”と付け加えるように告げたことが、俺に再び耳を疑わせた。
「だから、私の頭にはもう一つの脳――“カインの思慮”があるんだよ」
「あはは……なんかもうなんでも有りになってきましたね」
つまるところ、由美さんの能力は絶大であるがゆえに、脳への負担が大きすぎる。だったら、“カインの思慮”とやらで呼ばれる脳みそをもう一つ増やして出力に耐えられるようにすればいいと考えたのだろう。
考え方が脳筋というかアホ丸出しだが、それを押し通してしまうのが不老不死者で、それを可能にしてしまったのがカインと呼ばれる者なのだろう。
到底分かり合えるはずもないのに、さらにさらに由美さんの一言が驚きでお腹いっぱいの俺を驚愕させた。
「かわいい孫だからついでにこれも教えてあげるね。私の立場は“完結させる者”。私の子供であるカインを殺す集団を率いる“人類史の祖”の第壱席なんだよ」
ふふんと、こちらも決して小さくない胸を張ってそう告げるが、それどころではない。
由美さんが致命的な気象トラブルを起こす“人類史の祖”の筆頭で、カインとかいうやつが由美さんの息子で、しかも“人類史の祖”の目的はカインを殺すことで? しかもしかも、今由美さん、俺のことを孫って言わなかったか?
ここに来てさらにわけのわからない状況に陥りかけているが、少し整理しよう。
颯人を殺害した。だが、殺害された颯人は由美さんによって輪廻転生して由美さんが颯人を産んだ。
俺は颯人と神埼美咲の息子で、なぜか由美さんの孫で。
由美さんはとんでもなく強くて可愛くて胸が大きいと。
後半別の内容が入っていた気がしないでもないが、それは置いておいて。
俺ってもしかしてやばい家系の生まれになっちゃう!?
「そ、その……孫ってどういう……あ、颯人の母親になったからって意味ですか?」
「え? ううん? だって恭介くん。私の息子――カインの血も引いてるんだよ?」
「そろそろ、頭がパンクしそうなんだけど誰か説明してくれない?」
急務である。
「つまりテメェは俺と美咲、そしていけ好かないがカインの野郎の血を引いてんだよ。そして、カインは由美姉の子供だから、由美姉はお前の婆さん――ってぇな!? 姉ちゃん説明のためなんだから仕方ねぇだろ!? とにかく! テメェは俺と美咲とカインの息子なんだよ! んで、ここにいるのはテメェの親族だ! 分かれ!」
おばあさん呼ばわりに苛ついたらしい由美さんの不可視の攻撃が颯人の頭を小突いたらしい。痛がりながらも説明を続けた颯人のおかげで、ようやく俺は理解が及んだ。
つまり、俺はとんでもない子供というわけだ。それ以上の言葉は許せ。俺には無理だ。
まあ、なにはともあれ。
「親殺しはもうしたくねぇな」
「させるかよ。そのために一度死んだんだ」
ぼふっと子供の手が俺の頭に置かれる。目の前には子供の無邪気な笑顔の颯人が慰めるように立っていた。やははと笑う姿に、つい俺もつられて笑う。
そして、何もかもが解決した頃。ずっと閉じていた部屋の扉が破られた。同時に包帯やら松葉杖やらをした各々がなだれ込んでくる。
「たたた……だからそんなに押さないでって…………」
「るっさいわね……聞こえないんだからしかたないじゃない……」
「そもそも扉の前を独占する神埼麻里奈さんが悪いのよ」
「朕は知らないのじゃ。朕は悪くないのじゃ! だから、そう怒ったような顔をするでないのじゃ、チミっ子ベルセルク!」
どうやら、今の会話を聞いていたらしいみんなが、扉に体重を掛けすぎて起きた事件らしい。若干一人必死に弁解するが、その甲斐なく小さくなった颯人に頭を鷲掴みにされていた。
しかし、その行為は何も怒るためではなさそうで。
「うぅ、ごめんなのじゃ。ごめんなさいなのじゃ! ちょっと、気になっただけなのじゃ。だから――」
「ありがとな。俺のワガママに付き合わせてすまなかった」
「…………やばいのじゃ。一瞬クラっと来たのじゃ。こいつよく見たら可愛いぞ!?」
などと、一瞬で空白の魔女を虜にした颯人。俺の目の錯覚か九本の尾と犬耳が見える姿になって空白の魔女――もとい白犬が颯人に頬擦りを始めた。
颯人がお礼と謝罪をする姿を見たのは初めてだったため驚いていると、麻里奈とエルシーとクロエが俺に飛びついてくる。そうして、俺の体の異常を確かめようというらしい。
「大丈夫、きょーちゃん!?」
「その悪魔から速く離れなさいよ、きょーすけ! 殺されるわよ!?」
「だから言ったのです! 黒崎姉弟と関わりを持つべきじゃないと! ホントに死ぬかと思ったんですよ!?」
「お、おう。一旦落ち着こうな? 俺はとりあえずは大丈夫だから……」
三人の嵐のような口撃に取り乱しながら、俺はずっと由美さんの腕の中で、そしてソファに座って対応した。それを白犬を押さえつけながら眺めていた颯人が微笑みながら見ている。
見てないで助けてほしいものだが、そうも言っていられない。腕やら足やら、果ては頭まで引っ張られながら、俺はあらゆる手段で由美さんから離そうとする三人をどうやって止めようかと頭を悩ませる羽目になっていた。
それに決定打を加えたのは、殺害された恨みを持っているのかと疑いたくなる颯人の非情な言葉だった。
「それで、お前はその三人のうち誰と結婚すんだ? 父親として嫁候補が多いのは大いに喜ばれるけどよ。そろそろ一人に決めてやれよ」
「今その話をすんじゃねぇ! ややこしく――だーもう、由美さん離して!? 逃げるから。ここにいる結婚願望者たちから即刻逃げるから!!」
「やーだよ♪」
「悪魔しかいねぇのか、ここにはよぉ!!」
その後五時間にも及ぶ誰を選ぶのかという不毛な口論に巻き込まれて、くたくたになりながら俺は一日を終える事となる。出自を知り、親を殺し、家族を得て、家を失った。
俺の家、ホントどうなるんだろうなぁ。
ただまあ、今日は……。
嫌にぐっすりと眠れる気がする。何故とは言わないけれど。





