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俺は先に行く

 塩となって散ろうとしている悪に墜ちた英雄を前に、静かに怒れる美女は告げる。まだ終わってはいけないと。

 死力を尽くして、己が持ちうる正義を返上してまで戦い抜いた英雄に美女は無情にも言い放つのだ。まだ死んではいけないと。

 闘気を纏う戦美女が歩みを進める。まっすぐに颯人へと。俺の前を悠然と、あるいは堂々と、もしくは忽然と。そうであるように、由美さんは確かな存在を振りまいて死にかけの颯人を視界に入れていた。


「由美さん……終わったんだ。俺たちの戦いは――――」

「終わらない。君たちの戦いはこんなところでは絶対に。こんな悲しい結末では確実に。私は認めないよ、ハヤちゃん。何一つ救えていない姿を私は何があろうと認めない」


 俺の横を通り過ぎ、天を見上げる颯人の目前へ立ち、由美さんは謂った。

 認めないと。

 右手を颯人の頬へと伸ばし、塩っぽくなった肌を撫でる。ドクンと、颯人の体に鼓動が戻る。

 それでも無理だ。颯人の体は現在過去未来と塩に成り果てるという事象の絶対決定権が働いている。不老不死であろうと、前提が塩に変えられれば復活のしようがない。

 だのに、由美さんは諦めそうになかった。


「起きて。起きなさい、颯人くん(・・・・)。君の歩みは、この程度で止まってしまうほどに簡単な決意だったの?」

「が……」

「まさか……そんな、まさか……」


 不思議と俺は気がつけば構えていた。動けないはず、戦意を失った颯人に向けて、俺は構えていた。なぜなら、死にかけの颯人から感じられるのは闘争の空気。下半身を失い、髪の一部が塩となり白髪へと変わりつつあるというのに、颯人から再び戦意が吹き返す。

 欠損したはずの腕が、塩の塊として生えては砕けるを繰り返し始める。


「まだ戦えるのか。そんな体になっても、事象の絶対決定権で存在を塩に変えられようとも!?」


 おかしい。こんな事があってはならない。ただの塩となるはずの体が、人間の体を取り戻そうとしている。欠損した腕の形を取り戻しつつあるのがその証拠だ。

 ここに来て、俺は初めて颯人に恐怖した。颯人という人間――――英雄の在り方に畏怖を覚えたのだ。


「誰かを守るために必死に駆ける勇者が、ただの勇者のわけがない。愛する人を守るために傷つく英雄が、ただの英雄であっていいわけがない。颯人くんはまだ何ひとつも手に入れられてないはずだよ」

「お……レ……は……ま、だ……」


 勝利に固執しているわけではない。

 正義を欲している姿では決してない。

 敗北を許さないという容易なものではない。


「ま、ダ……オ前、を……――美咲ぃ!!」


 あれは執着だ。勝利でも、正義でも、まして平和や平穏と言ったものではない。これまでの歩みを否定させないという醜悪なまでの執着だった。

 目の闘気は颯人のそれではない。まるですべてを奪おうとする敵を命を賭して消し去るという獣のそれ。

 再生と崩壊を繰り返す姿は異質で、恐怖を覚えるものだけれど。その在り方はまさしく颯人だった。簡単に行くなど初めから考えてはいなかったさ。分かっていた。俺が越えるべき壁の高さは初めから。

 まだ、颯人にはなにかある。そう思わせるに十分な威圧だった。


「それでも…………俺は――――」


 負けたくなかった。

 どれほどの強大な存在であろうとも。颯人が強いことなど初めからわかっていたのだ。それでも勝ちたかった。勝たねばならなかった。俺が俺であるために。俺と颯人が前に進むためには。

 どうなろうとも構わない。そういう覚悟で戦っていたはずだ。

 俺は自らを震え上がらせる。闘志を蘇らせ、左目を隠す包帯から再び虹の炎を滾らせる。


「お前を倒して先へ行く」


 純白の龍と天使の翼が背中いっぱいに広がる。五組の翼がはためき、羽が舞う。

 その姿を見た颯人がハッとした顔になって止まる。

 そして、砕けそうな体で呟いた。


「なんだ…………そこにいたのか――美咲・・

「……え?」


 回りを見るが神埼美咲の姿は存在しない。というよりも、颯人はまっすぐ俺を見つめながらそう呟いたように見えた。指先から砕けていく右腕を俺へと伸ばし、愛おしそうに見つめてくる。

 颯人に先程感じた闘気はもうない。本当に燃え尽きてしまったのだ。俺の姿を見て、颯人は満足したように目を瞑った。

 そうして、そのまま息をすることもなく真っ白な粉――――塩へと変わり果てて地面へと砕けた。


「……良かったね。最後に会えて」

「一体……どういう……」


 颯人だったものを抱き、由美さんは涙を流した。

 何が起きたのか理解が及ばない俺はその場にへたり落ち、しばらくの間その様子を見ているしかできなかった。

 ようやくして、願いを馳せた由美さんが俺へと向き直り一言。


「ごめんね。付き合わせちゃって。最後くらい、ハヤちゃんに幸せに逝ってほしかったの」

「それはどういう……?」

「その翼。ハヤちゃんと美咲ちゃんのものだって知ってた?」

「え、ええ。まあ……ああ(・・)なるほど(・・・・)


 つまり、死にかけの颯人に美咲さんの翼を見せて、美咲さんに会わせてあげたかったと。そういうことなのだろう。

 由美さんも俺の返事に首を縦に振った。


「持ちうるすべての世界矛盾を破られて、美咲ちゃんとの繋がりであった《終わりの出発点》の理論解消をした時点で、ハヤちゃんに次の世界へ渡る権利はなかった。そこまでしていいって思ったのはね。思わせたのはね。君なんだよ、恭介くん」

「俺……?」


 俺が颯人を決断させた? あの正義第一の男を? バカを言うな。俺はそんな大層な人間じゃない。未だに何一つ自分じゃ決められないまるっきり子供の……。


 困惑する俺に由美さんが一通の手紙を手渡してくる。

 嫌な予感がする。この手紙を開けてしまったら、引き返すことができなくなってしまうという確信が持てる。無理矢理俺に持たせると、最後に由美さんが言った。


「それを読もうが捨てようが恭介くんの勝手にすればいいよ。ただ、その手紙の中身はハヤちゃんも知らないよ」

「それはどういう――」


 返事は届かなかった。声を発するよりも速く、由美さんの姿がかき消えてしまったから。

 おそらくは一秒の定義を引き伸ばすに近いものでどこかへ行ってしまったのだろう。だから、俺が受け取った手紙の行方は本当に俺の選択次第となってしまったわけだ。

 何一つ決めてこなかった俺が、嫌な予感のする手紙を持ったまま、戦場に残された。《終末の終末論》も戦闘が終わった瞬間にはいつの間にか解除されており、《黙示録》はだんまりを決め込んだ。

 生まれてはじめて、俺は自らの決定で嫌な予感へと足を踏み入れる。もらった手紙の封を開け、中身を見る。

 手紙――というよりは通知に書かれていたものは、親子鑑定の結果通知のようなものだった。


「…………なんだよ、これ。これじゃあ……」


 鑑定対象は三件。神埼美咲と黒崎颯人、そして黒崎由美。

 神埼美咲、黒崎颯人はともに三三パーセントで、黒崎由美は一六コンマ三三パーセント。これが何を示すのか。俺は直感的に理解した。


 俺は、本当の親父を殺害してしまったのだ。

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