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これは正義とは何かを問う戦い 中

 俺が知る颯人が踏み越えられていない数少ない終末の一つ。天に浮かぶ巨大な虚無の口。原初の神であるカオスが起こした世界終末が今、その御姿を晒す。

 颯人が昂ぶるのも無理はないだろう。なぜなら、颯人は自分が踏み越えられない終末を許しはしないのだから。踏み越えられるチャンスが舞い降りたと考えているに違いない。

 だが、そんなことを分かりきっているであろうカオスが、相応に対峙してくれるとは限らない。それはタナトスの祖父に当たると話せば十分に理解してもらえると想うが、あえて言葉にするならば――。


 カオスは非常にイタズラ好きだった。


 今回のような場合。己の目的以外で現れたということは、カオスが考えているのはたった一つ。自身を倒そうとする颯人の逆鱗をあえて強引に逆撫でしようと思っているのだ。

 もちろん、そこまで考えが至ってもなお、俺はカオスを出すことを決めていただろう。カオス以外に俺が今扱える力がないということもあるが、それ以上に颯人の云う本気とはここまで引き出さなければならないものだと思ったから。


 できれば、“終末の終末論”は使わずに終わりたいが、それもおそらくは無理だ。いつかは使わなければならない。だのに、俺がそれを使わないのには理由があった。


「お互いに、まだウォーミングアップは終わってないよな?」

「気がついてたのか、俺がまだ本気を出し切れていないことを――――まあ、付き合えよ。久しぶりに全力を出そうとしてんだ。体が馴染めきれてねぇんだよ」

「ああ、いいぜ。俺もまだ本気なんて微塵も出しちゃいないんだからな」


 颯人の闘気が徐々に膨れていくのを感じる。しかも、まだ底が見えない。俺は武人じゃないから、詳しくはわからないけれど、少なくともいつか颯人が云った神を倒した程度という言葉はその場限りの脅しではなさそうだ。

 颯人にとって神を倒すなど造作もないことなのかもしれない。真に相手にすべきは世界の終末。神を想像した人間が作り出す最悪の結末なのだから。


 本当に凄い。この一年と数ヶ月で飛び抜けて力をつけた俺だけど、その凄さはわかる。俺とは根底から違うんだ。背負っているものも、それに掛けた努力の時間も、才能というポテンシャルも。何もかもが俺を凌駕する。

 それでも負けられない。負けてはならない。

 だって俺は《常勝の化け物(エウへメリア)》。勝ち続けることでのみでしか、答えを得られない愚者なんだから。


 アカシックレコードから剣、矢、鉄球のような何かなど、様々なものが放たれる。しかし、それをいともたやすくカオスは飲み込んでいく。手で、あるいは腹で。熱風だろうと、斬撃だろうと、毒も、水も、俺の頭脳では想像もできない終末の弱体化された攻撃を次々と呑み込んでいく。

 その様子を見ながら、焦りもしない様子の颯人はカオスに告げる。


「さすがは“虚無の口”だな。本物の終わりでもなけりゃ、お前を消し去ることはできないか」

「さて、それはどうだろう。試しに神殺しの劔でも使ってみたらどうかな?」


 さもそれを持っているのが当たり前のようにカオスは言う。

 表情はくちばしマスクで伺えないが、おそらくはニンマリと笑っているに違いないカオスに、颯人は呆れたように返答する。そして、それは神殺しの劔の所持を否定する言葉ではなかった。


「無理だろう? 本来のお前は神だが、今のテメェは《黙示録》に収録された終末事象“虚無の口”そのものなんだからよ。神殺しの技で竜神を殺せないように、原初の神は神殺しのそれでは殺害できない」

「であれば?」

「俺がテメェを踏み越える以外に勝ち目はねぇってことになるな」


 それは無理だ。おそらくカオスは満面の笑みでそう告げようとしたに違いない。けれど、計算が狂った。仁王立ちする颯人が地面を数回踏んで見せる。

 すると突如として地震が起こったのだ。しかも縦揺れの大きな地震が。

 このタイミングで、さらに颯人の表情に笑みを残したこの状況で。


 カオスは仄かに焦ったように笑ってみせた。そうして、背後にいる俺に謂うのだ。


「彼、とんでもないものを持っているようだ」


 声色に少しの後悔を感じさせる。

 感じ取ってしまった俺の言葉も気持ち震えてしまう。


「た、例えば?」

「君は知らないと想うけれど、惑星と呼ばれる星にはそれぞれに星霊が宿る。そして、星霊は生物と同じく意思を持つ」

「それで!?」

「端的に言えば、星霊は恋をする」


 この爺さんは何の話を始めようとしているんだ? もしやこの爺さんは俺たちが置かれている現状をご存知でない?

 この場合において、この話がどれほどの意味を持つのかを俺には理解できなかった。分かったことと言えば、この地震が颯人によって引き起こされているかもしれないという可能性のみで、ほかはまるでわからない。

 しかして、カオスは話を続けた。


「星霊に愛された者はその是非に限らず、その惑星を守るための力を与えられ、“守護者”の称号を得る。そして、この世界ではそれこそが“世界矛盾”になり得る」

「どうして!?」

「当然だろう。星と婚約するなど、生物として矛盾もいいところではないか」


 ならば。

 ならば、颯人は。

 そういうことならば颯人が今起こしているこの現象の正体は!!


「“蒼き星の守護者”とでも云うのかな、彼は。あのスーツの正体が真に婚約を認めたと言う意味になるのなら、彼は今、この星の防衛本能のことごとくを扱えることになる。それはつまり……地球を守るために人類を排除するという行為それすらも」


 再び左目が反応を示した。危険信号とともに《蒼き星の怒り》という言葉が記されていた。同時に収録されたところを見るに、颯人が今やっていることは俺の気がついたことと同じ――――世界の終末を引き起こしているのだ。

 世界を愛するがゆえに世界を破壊する力を手に入れた。人類を守りたいがゆえに、世界を見捨てる覚悟をしたというのか。

 こういう決断の速さは非常に厄介だ。特に不老不死者ともなるとなおさら。


「くそっ! カオス、どうにかできないか!!」

「今の私ではどうにも。本来の姿に戻り、星ごと喰らえば収まるがどうする?」

「却下だ!!!!」

「ではどうすることもできないね」


 あっけらかんと諦めてしまうカオスを捨てて、俺は必死に頭を悩ませる。この間にも揺れは大きくなる。このまま行けばおそらくは地割れやなんやかんやで星自体が壊れてしまう。それは防がなければならない。だが、防ぐ手立てを瞬時に思いつけるのなら、俺はこうして颯人と戦ってはいないだろう。

 なにか方法はないか。こればかりは“終末の終末論”を使ったとしてもどうにもできない。壊れゆく星を修復できるような終末論を俺は知らないのだから。そもそも、修復するならそれは終末論では――


 ………………修復?


 俺は自身の体を見つめた。どのような傷を負おうとも瞬時に回復してしまう。だが、その正体はある一定の時間への逆行作用だった。もしも、もしもの話だ。それが人体ではなく、無機物にまで及んだとしたら?

 できない話ではない。なぜなら、俺の世界矛盾はなにも人体のみに向けたものではないから。

 しかし、そんなことが本当にできるのだろうか。いや、してもいいのか。俺の一存で、星を不滅の惑星にしても本当にいいのか。

 悩む声に、前に立つカオスが呆れたように問う。


「何かに悩んでいるようだけれど、君のことだからまたくだらないことだろう?」

「くだ……お前なぁ」


 大きな地震の中で、身動き一つせずに凛と立ち続けるカオスに、片膝を付きながら言葉を返す。

 そして両手を広げて告げるのだ。


「やってしまえ。悩むことなど何一つ無い。君は《常勝の化け物》。神々が仕立て上げた最大の平等システム。君の下で正義が成り立ち、君が望んだことこそが強制的に正義になる」

「それは……いいことなのか?」

「さぁてね。私は神だった。神に良いも悪いも無いからね。あるとすればそう……この判断が繁栄するか衰退するかの二択に分かれることだけ。だから、君はこう考えればいい。君の決断によって、君以外の誰かが幸せになるか、あるいは不幸になるかを」


 俺の決断……。

 俺は未だに何かを決められたわけではない。ただ、こうしなければならないと感じたのだ。こうすることで誰かが笑ってくれると思ったんだ。

 右手を揺れる地面に置いて念じる。


「どうなっても知らないからな」

「どうとでもなるさ。君はそういう存在だ」


 感覚は分かっていた。エルシーを不老不死者に戻したときのようにすればいい。逆行させる地点を探り出し、そこに固定する。たったこれだけで、肉体はあらゆる損傷をなかったことにし、精神はあるべき場所へと戻る。

 けれど、今回の肉体は惑星――地球というとてつもなく大きいもの。成功するかどうかなどわからなかったが、不思議と失敗するとは思わなかった。なぜなら、カオスの一言。惑星には星霊が宿るという言葉で、俺は星をある種の生命体と認識できたから。


 できる。できてしまう。俺は地球を任意の時間に固定することが可能だった。

 そして、それは起こる。地震は途端に止まり、揺れによって起こった地割れが見る見るうちに修復されてしまう。

 それを見た颯人が目を丸くして口を開く。


「これも……越えたか」


 すると、颯人の背の翼の一枚が弾けて消える。ともすれば、スーツも弾けて空き地で再開した時と同じ服装へと戻っていた。どういうことなのかなど考えなくとも理解できた。

 おそらくはあの羽根と世界矛盾が結びついていたのだ。ということは……。


「あと四つか……」


 あと四つ。“アガートラム”“アカシックレコード”“右翼の天使”そして《終わりの出発点》。これらを越えなければ、颯人を止めることはできそうにない。

 一つ世界矛盾を失った颯人だったが、それを忘れさせるほどに快活に颯人は右腕を突き出して試合再開を口にする。


「さあ続けようぜ、戦いはここからだ。そうだろう、御門恭介?」


 勢いを失わない颯人に、俺は苦しい笑みを浮かべた。

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