常勝の化け物の性
家に帰る途中で、俺のスマホに一本の電話が入った。出てみると、相手は女性の声で、それが由美さんだとすぐに分かった。
由美さんが電話で俺に伝えたことは二つ。
一つは、俺一人で家の近くにある空き地に来るように。
もう一つは、そのことを今そばにいる誰かに伝えること。
それだけ伝えられて電話が強制的に切られた。
「由美……黒崎颯人の義姉ですか?」
「ああ」
「彼女はなんと?」
「俺一人で空き地に来いってのと、それを今そばにいる誰かに伝えろだって」
「……行くんですか?」
「もちろん。断る暇もなかったしな」
意図せずして要求されたことの半分を済ませてしまった俺は、言われたとおり一人で行くつもりだった。しかし、それを懸念するエルシーによってしばし足を止められた。
つい数分前に、由美さんに気をつけろと注意をされたばかりで、なんだったら颯人が絡んでいることは明白だ。その二人が関わっている以上、事件が起こる気しかしない。
それを分かっていても、俺は行くつもりだったのだが……。
エルシーは口には出さないが、俺が颯人たちと会うことを良しと思っていないようだ。
困ったような、怒ったような、ふくれっ面はどういう真意が込められているのかわからない。
「危険だと承知でも行くんですか?」
「あのなぁ……俺と颯人は納得はしてなくても分かってるんだよ。滅多なことにはならないって」
「彼の性格を知っていてもそう言えますか?」
「それは……まあ、どうにかなるだろ」
正直、どうかと言われると考えものである。
確かに俺と颯人は一度戦い、曲がりなりにも互いを認めた仲だ。その後に何度か共闘もしたし、直近でなにかまずいことをした記憶もない。
あいも変わらず俺は世界を終わらせられる力を持っているし、颯人は世界を生かす力を持っているだろう。相容れぬと言われれば、当然と言わざるを得ない。
しかしだからといって呼び出しを無下にするのは違うだろう。それは人としてやってはいけないことだと思う。故に、俺は向かわなければならない。
けれど、それをどう言葉にすればエルシーは納得してくれるかなど、コミュニケーション能力が乏しい俺には思いもつかない。
「《選ばれし者》とは、いずれ来る世界の終末を越えて、人類を導く存在のこと」
「はい?」
「現在、それらは世界で五人。
《大海の覇者》――ブラック=バート。
《放埒仙人》――王紫涵。
《自覚無き吸血鬼》――小野寺誠
《極東の最高戦力》――黒崎颯人。
そして――《常勝の化け物》である、恭介さん」
「お、おう?」
そう聞くと俺がとんでもない存在に聞こえるな。
しかして、俺はとんでもない存在と肩を並べていることを知る。
「彼らは“人類史の祖”にはなれずとも、同等かそれ以上の強さを有すると言われています。それはもちろん、恭介さんも。そして、七十年前に一度だけ“人類史の祖”と《選ばれし者》の間で戦いがありました。《放埒仙人》と“人類史の祖”第玖席が至極どうでもいい理由で闘い、どういう経緯かはわかりませんが、そのせいで惑星であった冥王星の質量が本来の十分の一になったそうです」
いや、ホント何があれば地球じゃない星の質量が減るんですかね!
てか、そんな奴らと同等に見られてるの、俺!? 役不足というか、純粋にそんなやつらと同じにしないでもらいたいんですけれども!
ともあれ、このことからエルシーが伝えたいことは一つ。
黒崎颯人と争ってはいけない。というものだった。
“人類史の祖”と《選ばれし者》はほとんど同じ実力である以上、それ以外の違いは俺にはわからない。しかしながら、かつてその間で戦いが起こり、地球外にまで及ぶ被害が出たのは確固たる事実である。
もしも、俺と颯人が本気で戦い合うようなことになれば、地球にのみならず、太陽系にどれほどの影響を及ぼすのか想像もできないのだろう。
無論、俺にも想像ができない。なぜなら、俺はそこまでの力を持っていないと思っているから。
故に、エルシーが考えているほどの大事件を想像もできないのだ。
しかして、俺は告げた。
それでも会わなければならない理由があると。
「でも、俺は行くよ」
「…………最愛の嫁の忠告も無視して、ですか?」
「最愛かどうかは置いておいて、エルシーみたくかわいい女の子に行くなって言われるのは正直惜しいけど。それでも行かなくちゃ」
「なぜ?」
「なぜ……って。きっと俺が行かなくちゃいけないと思うから、かな」
俺が行かなくてはいけない。自信はないし、自惚れかもしれない。俺が行かなくとも颯人なら自分で解決できてしまうかもしれない。
でも、行かなくちゃいけないと思ったんだ。電話越しの由美さんの声色のせいか。あるいは颯人が珍しく俺を呼び出したからか。どちらも適当ではない。それでも行くべきだと思ってしまった。
これはきっと予言のようなものだ。見ようと思えば見える未来を、無意識の中で見てしまっているのかもしれない。ただ、それを表面上の記憶にしていないだけで。
俺はただの人間ではない。そして、それは颯人も同じだ。
何が言いたいかというと、
「俺がほしい答えの一つを、きっと颯人が持ってる気がするんだ」
「…………《常勝の化け物》としての性、ですか?」
「いいや、そんなものじゃなくて……何ていうんだろうな。すんげー嫌なんだけどさ。俺とあいつってどこか似てる気がするんだよ。だから、もしも俺とあいつが本気で戦うことがあるのなら、その勝利の先で、俺はきっと答えの一つを手に入れられると思うんだ」
これは俺のわがままでもある。
俺が今日日戦ってきた理由は一貫していた。全ては自分のため。あの日、失うはずだった命を生きながらえてしまった俺の魂は、延々と生き死にを悩み続けていた。その決着がつくとき、俺は初めてあの日から本当の意味で時間を進めることができる。
それは、おそらく颯人も。
死にゆく運命を背負った神埼美咲を生かすため。颯人は終わりゆく世界をそれでも救わんと、終わりの時間を引き伸ばす。
俺と颯人は、生き死にに悩んでいるという点で似た者同士だった。
だからだろうか。俺がこんなにも颯人の境遇に固執してしまうのは。
どちらにせよ。俺は進める足を止める気はない。
そして、行った先で俺と颯人が戦うのは定められているとも思える。なぜなら、俺のそばにいる人に伝えてくれというのは、その人を介して俺の仲間に伝えさせるため。
颯人と会うことを知れば、俺の仲間たちなら一斉にやってくるはずだ。そこで互いの戦力が揃い次第……。
「馬鹿です。恭介さんは馬鹿ですよ」
「おいおい。そう面と向かって本当のことを言われるとさすがの俺でも傷ついちゃうんだけど?」
「……私は手を貸しませんよ?」
「これは俺の戦いだからな」
「……負けても知りませんからね?」
「勝つさ。でなきゃ、俺は俺でいられない」
「……本当にやるんですか。日本に被害が出たら、姉さんが黙ってませんよ?」
「そりゃ怖いな。今からでも謝れば許してくれる?」
引き下がらない俺を見て、とうとうエルシーは諦めた。
大きく肩を落として可愛らしい顔を曇らせる。と思いきや、すぐさま腰に手を当てて仕方のない子供を見つめるようにエルシーは怒鳴りつける。
「じゃあ、勝手にすればいいじゃないですか。もう心配するだけ無駄だと理解しました!」
「あー、なんかすまん」
「謝る時は、その原因をはっきりさせてからにしてください。まあ、あなたの強さは曲りなりに私も知っていますし、《常勝の化け物》ならば負けるはずもないと思います。ですが――」
「ああ十分わかってるよ」
颯人はまだ俺の知らない本気を多数に残している、なんてことはな。
地球を救うにはあの程度では足りない。
世界を守るならばあの程度では拍子抜けだ。
何より、颯人は常に余裕を残して戦っていた。
俺はまだ本気の颯人を知らないでいる。
「んじゃま。行ってくる」
「気乗りはしませんが、……いってらっしゃいませ。お帰りになった暁には愛撫してくれないと拗ねますからね」
魔女の頂点とも呼ばれる色彩を名に冠する魔女の一人である蒼穹の魔女ともあろう者が拗ねるとは。それすなわち一国が傾くことと同義である、と俺は認知している。
であれば、俺が取るべき行動は唯一つ。
「あ、はい」
気迫の感じられない返事を返しつつ、負けることは許されないと心のなかで強く思うのだった。





