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三柱の女鬼神は笑顔が怖い

 ともあれ、ベッドから開放された俺はリビングへやってきていた。

 着替えを済ませた各々もリビングへやってきて、一時俺の隣は誰になるのだと喧嘩になりかけたが、気を利かせた白伊と遥斗が俺の両隣に座ることで事なきを得た。

 俺を含めた男衆の前に陣取るのは麻里奈、蒼穹の魔女、クロエ。キッチンでは妙に慣れた手付きで奈留が朝ご飯をこしらえていた。

 青筋を立てた二人に挟まれている蒼穹の魔女は、本来であれば肩身が狭いはずなのに、奈留に淹れられた紅茶を片手に悠々としている。むしろ、それを見せつけられている俺のほうが緊張してしまう次第だ。


 時を同じくしてリビングでくつろいでいた隻腕のおっさんが額に汗を流しながら、居づらそうにしているのが伺えた。

 その人物はカンナカムイ。単なる人間であるアジ・ダ・ハークにあっけなく敗北するだけでなく、大事な時にいつも麻里奈のそばを離れていたことから、一層その存在の意義を問われる羽目になった彼だが、そんな彼を少しでも癒やしていたはずの俺の家が今では寿命を減らすほどのようだ。

 そして、俺はそんな死に体のカンナカムイに声を掛ける。


「おい、カンナカムイ。麻里奈の隣が空いてるぞ……?」

「…………いや、俺は腹が空いていな――」

「おいで、カンナカムイ」

「………………」


 もう目も当てられない。龍神ともあろう威厳あるべきカンナカムイが一人の怒れる美女の一言に震えながら従っている。

 しかし、これで俺への怒りが少しでも分散する。あとはクロエなのだが……。


 と、丁度いいところに風呂上がりか、朝の運動終わりかわからないが、タオルを首に巻いた上裸の少年、《放蕩の剣星》――天國あまくにがやってきた。

 天國はクロエの育ての親だそうだ。しかも、かなり娘に甘く、可愛がっている。そして、クロエの隣は運良く空いている。


「お、あま――」

「あん?」


 忘れていた。天國は自分の名前を他人のいるところで呼ばれるのが大嫌いだった。

 NGワードを言い掛けて、鋭い殺気とも呼べる空気がリビング中に立ち込める。


「……《放蕩の剣星》」


 すぐさま言い直し、即興で造った笑顔で笑ってみせる。すると、天國は頭を掻きながらあくびを一つしてみせる。その様子で空気がもとに戻り、怒りを収めてくれたのだと判断して話の続きを始める。


「クロエが隣に座ってほしいってさ」

「なんでぃ!? しっかたねぇなぁ、おい! いつまでも親離れができねぇでぇよぉ!!」


 と、嫌がるクロエに満面の笑みで抱きつき頬擦りを始める天國。

 本気で嫌がっているのだが、それすら恥ずかしさからくるものだと勘違いしているらしい。


「ちょお!! はっなしなさいよぉ!? き、キモいから!! いい歳して娘に抱きつくな、クソジジイ!!」

「はっはっは! 照れ隠しなんてしなくともいいじゃねぇか!」

「照れ隠しじゃ――近い近い近い近い! てか臭い!? ちょ、耄碌ジジイ、汗――くっっっっっっさ!?」


 なおも娘に過剰すぎるスキンシップを取り続ける天國にもはや俺から何かを言うつもりはない。どうぞそのままクロエを引き止めておいてほしい。

 さて、問題はあと一つ……。


 俺の目の前で紅茶の匂いを楽しむ少女。

 クロエの姉にして、色彩の名を持つ大魔女。正義の番人と恐れられる存在にして、その権利を手放した者。

 人は彼女を《蒼穹の魔女》と、そう呼ぶ。


「……それで、今日のご用件は……」

「あら、恭介さんったら、白々しい。分かっていらっしゃるでしょう?」

「いや、全然」

「…………白伊」


 ピンッと、白伊の人差し指が俺の喉の皮一枚のところで止まる。

 ゴクリと聞こえるほどに生唾を飲み込んだ。もちろん、俺の仲間たちも白伊の行動を受けて動こうとした。動こうとしたのだが……。


 一瞬。まさしく一瞬だった。

 動こうとした俺の仲間たちが足を止めた。あまりの殺意に。そして、あまりの威圧に。

 その発生が言うまでもない、蒼穹の魔女だ。


 この空気に手出しできなくなった俺は両手を上げて降参を示す。

 すると、人差し指を下げて白伊が席につく。それを見ていた蒼穹の魔女は不満そうだったが。


「人の感情を力で無理矢理に捻じ曲げるのは正しくはない。それに、彼はその程度ではなびかないよ」

「……遥斗。白伊を撃って」

「え!? いやいやいや、そんなことしたら俺殺されちゃう――」

「やって」

「ひぇぇ……」


 もはや我を忘れたと言っても過言ではない蒼穹の魔女の命令に、心底嫌そうな顔で胸に挿していたホルスターから拳銃を取り出して白伊の頭に向けた。

 こいつら、命令されたら仲間でも殺すのか……?

 止めようとも考えた。だができなかった。目の前で笑顔のままにブチギレている蒼穹の魔女がそれをさせなかった。無言の威圧は俺の視線をずらすことすら許してはくれなかったのだ。

 しかしながら、俺が止めに入らなかった理由はもう一つ。


「……恨むなよ?」

「恨みはしないよ」


 白伊はアジ・ダ・ハークの中に限らず、人類として強すぎたから。


 引き金が引かれる。弾の速度なんて速いという事しか知らない俺でもわかる。常人が銃弾を避けることがどれほど馬鹿げていることなのかを。

 そして、白伊と戦ったことのある俺ならばわかる。白伊が銃弾を避けるだけに留まらず、一瞬の間に銃撃者の顎を打ち上げて無力化できることくらい。


 左目を発動していたとしても見れたかどうかわからないほどの僅かな時間。白伊は二つのことをやってのけた。

 一つはこめかみに押し付けられた銃口から発射された弾丸を避けたこと。

 そうしてもう一つはその銃撃者である哀れな遥斗が顎を打ち上げられ天井に突き刺さったこと。

 以上、二つをおこなって、白伊は静かにテーブルに座っていた。


「……お前なぁ。ここ俺んちなの。あんま壊さないでくれる?」

「君が彼女と結婚すれば修理費は出してもらえるだろうさ。なにせ家族なのだから」

「何だったら改修費も出して差し上げますよ、あ・な・た♪」


 ぞわわわ、と。悪寒が背中を駆け巡る。

 別段、蒼穹の魔女が嫌いというわけではない。むしろ可愛らしい少女だから両手を上げて喜びたい気持ちなのだが、それはこの場に二柱の鬼神がいなければの話になる。

 今のやり取り、主に蒼穹の魔女の最後の言葉を聞いた二人、麻里奈とクロエが髪を逆立てて怒りを顕にする。カンナカムイはすでに吐きそうな顔になり、《放蕩の剣星》は未だに照れ隠しと勘違いしているようだ。

 まさしく混沌カオス。行くも地獄戻るも地獄となれば、ここは人類史の終着駅のよう。行く手を阻む三柱の女神はどれも武闘派だ。命がいくつあっても足りはしない。

 だが諦めるわけにはいかない。けれど、俺にこの三人の内、誰か一人を選んで外二柱から逃げ切る勇気はない。

 さて、悩ましい選択ではあるが、どれを選んだとて結果はさして変わりはしない。ただ、お嫁さんが変わるくらいだろう。


「…………」


 悩みに悩む俺に、蒼穹の魔女が前のめりで俺の顔を伺う。

 そうして言うのだ。魅惑的な……蠱惑的な声色で。


わたくしは…………可愛く、ないですか?」

「うぐっ!?」


 心臓がはち切れるかと思った。

 可愛くない? いいえ、可愛いです。可愛いですとも! そりゃあもう、そこらへんのクラスメイトがみんな石に見えるほどに可愛らしいですとも!

 ただ、この場に麻里奈とクロエさえいなければすべてが丸く収まっていたのだ。いや、まだ言い訳が立つのだ。しかし、ここには二人がいる。二人がいるからこそ、俺は困っているのだ。

 なぜなら、蒼穹の魔女は――。


「私も、麻里奈さんやクロエと同じように愛してくれればいいのです。三人目・・・の妻にしてください」


 そう、蒼穹の魔女は麻里奈とクロエを俺が妻として貰っていると勘違いしているようなのだ。白伊の方からも俺と麻里奈やクロエの関係はそういうものではないと言ってもらっているはずなのに一向にその勘違いが収まらないのだ。

 しかも、その輪に入れてほしいと言うものだから困りものである。


「だから、そういうのじゃないって言ってますよね……そろそろ分かってくださいよ、蒼穹の魔女」

「……? エルシー=シェアト」

「はい?」

「私の名前です。エルシー=シェアト。私、未来の旦那様にその呼び方はされたくありません」

「あ、ああ……分かったよ、エルシー」

「では、結婚の日取りはいつにしますか?」

「あーえっと…………だーもう! だから、結婚とかそういう話は理解してねぇよ!?」


 まるで人の話を聞かない。

 世界に無い法則を見つけ出す異常者は皆、そういう素質を持っているのかもしれない。しかしながら、今日この瞬間だけはその素質をかなぐり捨ててほしいものだ。

 俺が頭を抱えて叫びを上げていると、料理が完成したらしい奈留が、なんだこいつらというジト目で皿をお盆に載せてやってくる。

 そうして、極めつけには。


「何を馬鹿みたいな話をしているのか想像も付きませんが。行き詰まったのならば、朝食にしませんか?」


 おそらく。いや間違いなく、今この瞬間において最も大人なのは奈留だった。

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