取り戻した平穏
神埼美咲とアジ・ダ・ハークの強襲からまる二日経過した今日、俺は病院にいた。
あの後、時間をかけて身体自体は完全に完治したのだが、激闘だったということもあって俺は病院へと搬送された。もちろん、日本の元締めである神崎家が運営する病院のため不老不死に精通した医者がいるところだ。
そのため、何の不安なしに俺は入院しているわけだ。たった一つの疑問を晴らせずいる以外には。
あの日。神埼美咲が言った。あの子達をよろしくと。
あの子達とはおそらくアジ・ダ・ハークのことだろう。
アジ・ダ・ハークといえば、一番の重傷者であった遥斗は全身を火傷していたように見えたが体の温度を奪い去る灰色の炎により、ある程度の火傷で済んだと聞いた。
さらに、現場に落ちていた人の肉と同じ素材で形成された虫のような何かが黒焦げの状態で見つかったらしい。おそらくはあのとき遥斗から臭った肉の焼ける匂いはこれが原因だ。
俺はその匂いを嗅いで神埼美咲を完全に敵だと認識して、本気で戦おうと思った。
もしも。
それらすべてが神埼美咲が仕組んだことだとしたら?
神埼美咲が本当は襲いに来たのではなく、アジ・ダ・ハークを俺に預けようと考えていたとしたら。
とても考えられることではないが、そうであったならすべての辻褄が合う。今回、神埼美咲が本気であったなら、きっと一瞬もかからずに皆殺しにされていただろう。神埼美咲を《左翼の龍姫》足らしめていた炎の世界矛盾は火の粉を燃え上がらせるものではない。
あれを左目で捉え、終末論として収録した俺にはわかる。あれは任意の場所に、任意の大きさの炎を上らせるもの。人々の希望であるはずの炎が絶望に変わった瞬間を能力にしたものだ。
だから、本気であればあのときあの場所で生き残れたのは不老不死である俺と、俺が封じ込めた武装たちだけだった。
なのに、誰一人死亡者がいない。徹底的に傷つけられたやつはいたが、命に別状はないそうだ。
やられた。
俺はベッドの上で舌打ちをする。
「俺の負けだ。あの戦いで、俺は誰も救えなかった」
漏らすようにつぶやいた。
あの戦いでは、俺は救われるほうだった。
アジ・ダ・ハークの自殺を止めたのは俺ではない。自殺を知っていたであろう神埼美咲が、居場所を失ったアジ・ダ・ハークを徹底的に攻撃することで、アジ・ダ・ハークと幽王は袂を分かったと知らしめたのだ。
それにより、アジ・ダ・ハークは重傷者を出しても、死亡者はおらず。立場も追われる側から、重要保護対象に切り替えられた。
こうして彼らは大勢のものから生きることを望まれる形になったのだ。
アジ・ダ・ハークを救ったのは神埼美咲だ。
そして、世界を終わらせようとした神埼美咲の一撃を打ち消したのは俺ではない。
“暁光の焉燚”を押し返すあの一撃は、一か八かの特攻だった。失敗する可能性は十二分にあったし、むしろ成功するなど考えれないほどだった。
さらに失敗すれば俺にはみんなを守り切る策は何一つ存在しなかった。あのとき、近距離に迫らずとも封印できる《呪印のメダル》を持つ幽王が来なければ、俺は危うく誰かを失うはずだった。
数多くの人を救ったのは幽王だ。
今回の戦いで、俺は誰も救えなかった。勝ちを譲られただけだ。
「これで、なにが常勝だよ。ふざけんな。俺は……誰も……」
「客観的にはそうかもしれない。だが、結果的に君は僕らを救ってくれた。あのとき、君が一緒に来なければ僕は彼らの言葉に耳を傾けて一緒に校内から出ただろう。あのとき、君が神埼美咲と本気で戦わなければアジ・ダ・ハークが全面的に保護されるなどあり得なかったはずだ。あのとき、君が駆けなければ幽王が現れなかったかもしれない。もちろん、彼のことだから君が居なくとも、うまくことを進めただろうけれど。君がいることがベストだったのさ。僕らにとっても、彼らにとっても、ね」
ベッドの横に置かれている椅子に座る白伊がそう告げた。
白伊が俺の病室にいるのは事件の事後報告を記した書類を俺に手渡しに来たからだ。その書類に目を通して俺はすべてを知って今に至る。
すべてが上手くハマりすぎていた。アジ・ダ・ハークの身の安全は保証された。幽王は強力な武装を手に入れ、その力を誇示することに成功した。さらには俺の失われた記憶を神埼美咲を通して取り戻すこともできた。
初めから計画されていたのだ。すべて。
神埼美咲の心臓を取り戻すことから、俺が《終末の終末論》を発動して記憶を失うことも。
アジ・ダ・ハークが望みを叶えて自殺することから、それを止めることまでも。
幽王はすべてを手に入れていった。まるですべてを知るかのように。
それがどうしても悔しいのだ。なぜか、俺はあいつに対する激情を抑えられないでいた。
俺が整理できない気持ちを隠そうとすると、白伊が立ち上がり掛けてあった上着を身に着けた。
もう帰るのかと聞くと、白伊はいつもの無表情で返す。
「ああ。あまり長居すると彼女が怒るからね」
「あー、蒼穹の魔女か。お前達ラブラブだな」
「? 何を言っている。彼女は君に会いたがって仕方ないからね。今日もあまり大勢で行くと迷惑だと言って部屋に押し込んできたんだ」
「そうなのか? 俺はてっきり、お前に会えない時間が恋しいのかと思ったけどな」
「馬鹿を言え。彼女が真に愛しているのは君じゃないか。だから婚約も喜んで二つ返事したんだろう?」
…………おや?
頬がひきつる。そう言えばそのような話をクロエから聞かされたような記憶がある。
同時に病室のドアが勢いよく開かれ、そこから焦った顔の幼女が飛び込んでくる。
「ちょ、きょーすけ! あんたどうにかしなさいよ!? 蒼穹の魔女が一緒に式を挙げるからいつがいいってうるさいんだけど! ねえ、聞いてる!?」
…………あれ?
今にも泣きそうになりながら、しかしまんざらでもなさそうな顔でクロエが抱きつくように俺のベッドに乗っかった。
そうしてさらに中学生ほどに見える無表情の少女が一人――一枚の紙を手に入室してくる。
「今回も相当破壊してくれたね。一般人にけが人がいなかったとしても修理費は君持ちだよ? はい。とりあえず一兆円ね、……全く。核爆弾でも無傷を誇る校舎なのに、どうして半壊させられるんだ……」
…………おぉう!?
あまりにも見に覚えの有りすぎることが一気に押し寄せてきた。白伊はというと面倒事から逃げるように存在を希薄化させていつの間にか消えている。
面倒なことには蓋をしよう…………つまり逃げてしまおう。
偶然にも俺の病室は一階。まあ、二階だろうが三階だろうが不老不死の俺にはさしたる差はない。
馬乗りになっているクロエから抜け出し、まだ俺のベッドと距離がある神埼紅覇とは逆の方向……窓ガラスへと掛けて俺は窓ガラスを割って外に飛び出す。虚を突かれた二人は一歩遅かった。その時間だけでも十分だ。あとは《完全統率世界》に潜って逃げ切ってみせよう。
簡略化された言霊をつぶやこうとする。が、目の前にいた花束を持つ少女に目が取られる。
「………………何してるの、きょーちゃん?」
「や、これは違うんだ。麻里奈!! って、帰りは来週なんじゃ――てか、なんで小さくなってんの!?」
「……言いたいことはたくさんあるけど。とりあえず、これだけは先に行っておくね?」
「お、おう……?」
「さっさと部屋に戻れ」
凄みが凄い。
なぜか少女と呼ばれるまで小さくなったミニ麻里奈が放つそれは、紛うことなき殺気だった。
やっぱり、幼馴染が最強だ。きっと母さんより怒らせたら怖い。
ビシィッと気をつけをして、俺は大きく叫ぶ。
「イエス・マム!!」
考えなければならないことは多い。だが、今は取り戻した平穏を満喫しよう。
正直結婚とか怖くて考えられないし。
すべてが落ち着いてからでも遅くはないはずだ。だって俺は不老不死。死ねない人間なのだから。
次回更新日は活動報告でお知らせいたします。





